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魔王の声。
その余韻に抗うようにガイアは身体を反転。
そして、再び。聖光勇者の力で鎧を創ろうとした。
だが、そのガイアの腹に叩き込まれる焔を帯びた拳。
「ぃ……ぐっ」
嗚咽を漏らし、ガイアは火傷による痛みと殴打による苦しさに腹を抑え膝をつきそうになる。
だが、ジークはそれを許さずその頭を掴み、持ち上げた。
そしてーー
「今のは焔勇者の力だ」
そう呟き、魔王は矢継ぎ早に勇者の力をガイアへと放っていく。
「五感と両手両足で丁度9人分。焔は使ったか……なら、残り8人分だ。休む暇なんてねぇと思え」
「つ……つくり。わたしは、世界を」
「魔王が世界を創り変えてやる。てめぇの望む世界じゃなく……俺の望む世界にな」
吐き捨て、魔王は始める。
響く、ガイアの悲鳴と絶望。
魔王ではなく、勇者の力により弄ばれ蹂躙されるガイア。
次第に色を無くしていく、ガイアの両目。
それは最後の勇者の死が、目前に迫っていることを意味していた。
「わた……わ……しは。わた……し」
仰向けに倒れ、なおも譫言のように声を漏らすガイア。
その姿に、ジークは最後の手向けとばかりに言葉を残した。
見下ろし、その瞳に魔王を宿しながら。
「これが虐められるってことだ、ガイア。理不尽だろ? 抗えないだろ? 人がこの世界に存在する限り、虐めはなくならねぇ。だとすればーー」
顔をあげ、魔王は屋上から見渡すことができる"世界"へと視線を向ける。
そして続けた。
「人が居ねぇ世界を創る。それしか方法はねぇよな」
「……っ」
「この魔王の力をもってすれば容易いこと。どうだ、ガイア。俺の望む世界のカタチ。その感想は?」
ガイアはなにも答えることができない。
もはや、応える術など持ち合わせてはいないのだから。
ただその瞼を力無く閉じ、魔王の為そうとすることに対し、絶望することしかできなかった。
そんなガイアへと、魔王は手のひらをかざす。
これまでの加虐勇者たちにそうしてきたように。その命を、無慈悲に狩り取る為に。
呟かれるーー
「闇焔」
という、魔王の声。
そこには、はじまりの時から揺るがない被虐者の加虐者に対する復讐の思いが宿っていた。
燃える、ガイアの華奢な身体。
だが、ガイアは声をあげることすらしなかった。
なぜなら、ガイアの命の鼓動。
それは、闇焔が放たれる前に、既に途絶えていたのだから。
最後の加虐勇者。
その死を見届け、魔王はその身を翻す。
ジークの表情に後悔などない。
あるのは、復讐が終わったという満足感と達成感のみ。
これで、魔王としての使命は終えた。
残るはーー
被虐者としてのこの世界に対する後始末。
拳聖。
唯一、魔王の障害にならなかった存在。
その姿を脳裏に浮かべ、ジークは校庭へと"転移"の意思を表明した。
~~~
勇者が途絶えた瞬間。世界は一瞬、影に包まれた。
その世界の見せた闇の片鱗。
それを、拳聖は敏感に感じとった。
闇に彩られた風。それに己の髪を揺らしながら。
静かに校舎を仰ぎ見。
「……」
なにかを悟り、シオンは握っていた拳を解く。
そのシオンの姿。
それに反勇者の面々もまた、掲げていた武器を下ろし膨れあがっていた闘争心を収めその場に立ち尽くす。
言わずとも。皆、理解していた。
残ったのは創造勇者ではなく、魔王だということを。
空を覆うべき白の雲。それは闇へと衣を変え。
降り注ぐべき日の光。
それは温かさを失い、冷たささえ感じられた。
そして、響いたのは拳聖の声。
「これで、反勇者たちの目的は達せられた」
抑揚のないシオンの言葉。
同時に振り返り、シオンは反勇者の面々へと仮面のような笑みを向ける。
「だから。もう、やめてくれるよね?」
問いかけ。
即座に、言葉を繋げるシオン。
「この世界を乱すような真似を」
シオンは笑っている。
しかし、反勇者たちは拳聖へと声をかけることさえできなかった。
なぜならーー
こちらを見つめる拳聖の瞳。
そこには一切の光も宿っておらず、まるで人のカタチをした中立のように見えてしまったからだ。
息を飲み。
人々は、その場から後退り忌避していく。
そんな人々の姿。
それをシオンを見つめ、再び拳を握る。
そして、背後に感じた気配。
それに向けて、声をかけた。
「魔王」
「……」
気配の主は、名を呼ぶシオンに応えない。
しかし、確かにシオンは感じていた。
魔王の。いや、被虐者の。
揺らぎようのない力と思いを。
「貴方はこの世界をどんな世界にしたいの?」
視線を空に向け、シオンはガイアと同じように問いかける。
まるで独り言のように。ジークに向けて。
その問いに、ジークは応えた。
これまでの己の果してきた復讐。
それを思いだしながら、しかし後悔することなく。
「為るように為る」
短い、魔王の言葉。
だが、その言葉の意味をシオンは理解する。
「為るように為る……か」
ジークの言葉。それを反芻し、噛み締めるシオン。
そして「うん」と頷き、流れるように体を反転。
シオンのほんの数歩後ろ。
そこに、立つのは闇を揺らす魔王。
しかし、その表情に敵意はない。
あるのは、復讐を果たし為すべきことを為した達成感に満ちたジークの表情だった。
「拳聖」
「はい」
飄々と、シオンはジークへと声を返す。
いつも変わらぬ中立の意思。
それをその瞳に灯らせ、屈託のない笑みを浮かべながら。
「俺はあんたの命に用は無い。だがな。カタチを変えようとする世界。その障害になると思えばーー」
殺意を現し、シオンへ手のひらをかざす魔王。
「直ぐに、てめぇを消す」
「その時は自分で命を絶つから安心して。私は世界にとっての中立。カタチを変えようとする世界の意思に抗うようなことはしないから。ただ私はーー」
言葉を区切り。
「世界が"平和"になればそれでいい」
言い切り、シオンは軽やかに踵を返す。
だが、その振り返ったシオンの視線の先。
そこに、シオンは見知った姿を捉えた。




