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学園。
魔法協会の初代長の名を冠したその学園は、つい先日まで。年端もいかぬ少年少女たちが集い切磋琢磨し、時間をかけ心と身体を成長させていく剣と魔法の学舎だった。
"「魔法は人を護る心。剣術は人を護る身体。それ二つを極めた者こそが真の強者なり」"
掲げられた建学の理念。
それは幾時を重ねても決して、崩されてはならないもの。
カトレアの遺志。
それは、そこに学園がある限り礎として存在し続けなければならなかった。
だが、その礎は砂上の楼閣のように脆く。
そして時代という風に吹かれ浸食され今や見る影もない。
重ねられた不正。
蔓延した虐め。
そしてその結果、一人の被虐者が終わり一人の魔王がはじまった。
決して消えることのない復讐という名の闇焔。
それを、"加虐勇者"という名の火種と共にその胸に宿しながらーー。
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魔王は、ソレを見上げ佇んでいた。
人気も活気もない校舎。
壁面には魔王の残した爪痕が刻まれ、近寄る者を畏怖させ忌避させるような禍々しい雰囲気に包まれている。
その校舎の中に、ジークは捉えていた。
己の闇の瞳に。
"「……」"
瞼を閉じ。
なにかを決意した、たった一人の創造勇者の姿を。
最期の勇者。
いや、ジークにとっては最期の加虐者。
自らの意思で学園を選んだのか、それとも他にもなにか理由があるのか。
足を踏み出し、ジークは考えを巡らせる。
しかし、その思考も自身の"復讐"という思いにかき消されてしまう。
どんな理由があろうと。
魔王は、加虐者を赦さない。
どんな詭弁を弄そうとも。
被虐者は加虐者への復讐を果す。
ジークの意思に呼応し広がる、闇。
その闇は校舎を飲み込み、魔王の色へと染まっていく。
「始めるぞ。最後の復讐を」
漆黒に堕ちた校舎。
それに向け呟かれる、愉悦に彩られた魔王の声。
同時に陰る日の光。
それはまるで、"終焉"という名の風に吹かれ風前となった"希望"という名の灯火のようだった。
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魔王の力。
それをその身に感じーー
ガイアは、ゆっくりとその瞼を開けた。
そして、ちいさく。
しかし、思いのこもった声をこぼす。
「始めます。新たな世界の創造を」
揺らぐ髪。
瞬く、蒼色の瞳。
ガイアの身を包む、金色のオーラ。
それは、勇者に芽生えた創造の力。
血に塗れた教室。しかしそこに死体は無く、有るのは魔王によって蹂躙された残り香のみ。
その中にあって、神々しくもまた儚げにガイアの光は闇を散らしていた。
闇に閉ざされた、校舎。
その最期の舞台で、今。創造勇者と魔王の創造と復讐という名の、互いに揺るがない思いがぶつかり合おうとしていた。
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魔王の残滓。
それが残留する、校庭。
その中央で、拳聖は鼻唄まじりに節々の間接を伸ばしていた。
胸中で、「これは魔王が有利だね。まっ、魔王派も勇者派もこっから先は通さないけど」と呟きながら。
シオンの背後。
そこに佇む校舎。それは、魔王と勇者の最期の戦いの舞台。
「ふぅ」と息をつき、シオンはその闇色の校舎を仰ぎ見る。
そして改めて、己の意思を反芻した。
どっちが勝とうが負けようが、この世界が選んだ道。
そして、拳聖のやるべきことは、選ばれた道の先に広がる世界で平和を守ること。
ならば、魔王と勇者の戦いに邪魔者たちを介入させるわけにはいかない。
こきり。
拳を鳴らし、シオンは視線を前方へと戻す。
そのシオンの視線。
その先には、勢いを増した"反勇者"を掲げる暴徒。
いや、暴徒というより統制のとれた反乱軍のようにシオンの目にはうつっていた。
皆、その手には武器屋から略奪した剣や槍といった武器をもち、その身は鎧に包まれている。
だが、シオンは余裕そのもの。
「剣聖と魔聖が殺られて勢いづいたのかな? 魔王への加勢と最後の勇者の討伐が目的だよね、きっと」
そう声を発し、再び拳を鳴らすシオン。
「でも、まぁ。セシルたちがくるまでの時間潰しにはなるか」
シオンは頷く。
その表情には、いつもと変わらぬ純粋な笑みがたたえられていた。
***
闇に侵食された校舎。
その屋上に、魔王と勇者は対峙し視線をかわしていた。
互いの瞳にこもるのは、譲れぬ思い。
それは、破壊と創造という名の決して交わることのない二つの思いだった。
そして、先に口を開いたのは勇者。
「魔王」
名を呟き。
「貴方の望む世界はどんな世界?」
ガイアは、ジークへと問いかける。
視線を逸らすことなく、じっと。まるで、あの時の被虐者を見つめるように。
その、ガイアの問い。
それに、ジークは答える。
はっきりと。
そして微塵も、己の"復讐"の意思を隠すことなく。
「俺が望む世界……だと? んなもん。俺の復讐が成就した世界に決まってんだろ。そうだな。加虐者共が一人残らず消えた世界って言ったほうがわかりやすいか」
大気を揺らす魔王の声。
「偽善。保身。嘲笑ーー此度の勇者様たちの長所をあげたらキリがねぇな。まっ、元が加虐者だけに仕方ねぇか」
自らの手で葬り去った勇者たち。
その最期を思いだし、ジークは嗤ってみせる。
炎。水。雷。風。闇。光。地。時。空。
カタチは違えど、ジークを虐めていた9人の加虐者。
ジークにしてみれば、勇者に選ばれる器などない者たち。
しかしそのおかげで。
ジークは、一欠片も慈悲もかけず果たすことができた。
"加虐者の死"という被虐者にとって最高の復讐。
それを果たしてくることができた。
そしてーー
「後は、創造勇者。てめぇだけだ」
声音を変え、嗤いを止め。魔王は最後に残った加虐者へ殺気を向ける。
その殺気。
それは、復讐という名の焔。
それに研ぎ澄まされた刃のように鋭い被虐者の思い。
それを受け、ガイアもまた声を発する。
「私はーー」
胸に手をあて。
「この世界を創り変える」
響く、勇者の声。
それはどこまでも透き通り、ガイアの意思に微塵の揺らぎがないことを物語っていた。
同時に満ちる、創造の力。
その金色の光はゆっくりとガイアの全身を覆い、次第に鎧の形を為していく。
それと呼応し響くはジークの嗤い。
そして続く、ジークの声。
「世界を創り変える? どんな世界にだ?」
「勇者。魔王。光と闇。そんな天上のモノが決めた理に縛られない世界」
"「この世界に俺の居場所はない」"
魔王に選ばれ、自ら死を選んだ兄。
その姿を浮かべ、ガイアは唇を噛み締める。
「貴方が天上に選ばれた最後の障害。神託をもって選ばれた勇者は、魔王のおかげで。皆、消えてくれた」
金色に輝く鎧。己の力により創られた聖剣。
それを身に纏い、そして手に握りしめ。
ガイアは、聖剣の刃先で魔王を指し示す。
向けられた、刃先。
ジークは、しかし動じない。
「理に縛られない世界? てめぇの望む世界の間違いだろ、ガイア」
手のひらをかざし。
「てめぇも他の勇者共と変わらない。善人ぶってんじゃねぇぞ、偽善者。てめぇにどんな経緯があるか俺にはわからない。だがな、あの時あぁしてればよかった。あの時、助けていればよかった。あの時あの時……そんなてめぇの見え透いた思いだけで、この世界をてめぇの望むカタチに変えようとしてんじゃねぇぞ」
忌々しく、魔王は吐き捨てる。




