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剣聖の死。
それから少し遅れ、ペルセフォネは王都へと現れる。
魔王の位置。それを禍々しい魔力の位置から特定し、転移魔法を使って。
そして、ペルセフォネが見た光景。
それは、大方予想通りのものだった。
血溜まり伏せた、剣聖。
そしてその側に立つ、魔王。
だが、その二人とは距離を置き立ち尽くすディランの姿だけが、ペルセフォネの予想とは違っていた。
ジークを一瞥し、声をかけることなく。
ペルセフォネはディランの側へと転移を発動。
「どうしたの、ディラン」
「……」
「らしくないじゃない。なにかあったの?」
「半端者」
「半端者?」
「結局、俺は半端者だ。剣聖をこの手で倒すことができなかった」
紡がれるディランの言葉。
そこに含まれているのは、自身に対する懺悔。
そのディランの懺悔。
それを、ペルセフォネはしかし一蹴する。
「ディラン。貴方の目的はなに? 剣聖に勝つこと?」
ディランに問いかける、ペルセフォネ。
そして更にペルセフォネは続けた。
「違うでしょ? かつての勇者様の為。ふさわしくない者に世界を託すぐらいなら、此度の魔王様に世界を託すこと。そうでしょ?」
「……」
懺悔を噛み締め、ディランは頷く。
ペルセフォネはそんなディランに微笑みーー
「だったら、最後まで見届けてあげましょ。魔王様の従者として。まっ、魔王様がそれをお望みになるかどうかはわからないけど」
そう声を発し。
かつて勇者に向けていた羨望の眼差し、それを佇む魔王へと向けた。
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剣聖。その亡骸の側に立ち、魔王は来るべ
き者を待ち受けていた。
揺らぐ漆黒。朧気に光を宿す深紅の瞳。
そのジークの姿。
それは紛れもなく、歴代最凶の魔王そのもの。
そんな魔王を、剣聖を失った聖騎士たちはただ呆然と見つめることしかできない。
皆、手から剣を落としーー
その表情には戦意の欠片も宿ってはいなかった。
そんな聖騎士たちへと、ジークは一言だけ言葉を残す。
「剣聖の仇をとりたい奴はかかってこい。全力で相手になってやる」
だが、そのジークの言葉に応じる者は一人も居ない。
いや、存在し得ないといったほうが正しいのかもしれない。
一人。
「……っ」
また一人とその場に崩れ落ち、聖騎士たちは魔王の生み出した絶望に飲み込まれていく。
その光景はまるで、圧倒的な軍事力を前に反旗を翻した革命軍がなすすべもなく平服する様であった。
もはや、魔王の障害に成り得ない聖騎士たち。
そんな聖騎士たちに対し、ジークは敵意も殺意も向けることはしない。
「……」
瞼を閉じ、ジークは待つ。
何れ、いや直ぐに魔王に敵意と殺意を剥ける存在が現れる。
それは疑念ではなく確信。
果たしてその確信はーー
「魔王」
「この王都から逃がさぬぞ」
「この都ごと、消し去ってくれようぞ」
そんな嫌悪に満ちた無数の声によって、揺らぎようのない現実となる。
その声にジークは応えた。
「逃げも隠れもしねぇよ。消し去る? やれるもんならやってみろ、魔法協会」
瞼を開け、魔王は吐き捨てる。
同時に石畳にはしった、白光の刻印。
それはジークを中心に巨大な六芒星を描き、王都をその中に収める。
その光景に、ペルセフォネは口を開く。
「大規模結界」
そんなペルセフォネの言葉。
それにーー
「ご名答。流石、先の勇者様のお仲間さんね」
凛と透き通った声が返される。
そして、魔王の視線の先。
そこに、魔聖と従者である魔法使いたちがローブを揺らし姿を現した。
しかし、魔王は動じない。
魔聖をその瞳に収めーー
「こんな脆い結界で魔王を捕らえられるとでも思ってんのか。わざわざ"待ってやった"ってのに、このザマか」
そう呟き、カレンへと手のひらをかざす。
その先に凝縮される漆黒。
それは、ジークの"お前らと遊んでいる暇はない"という意思の現れでもあった。
「この街ごと俺を消すとか言ったな。消えるのはこの街だけになるかもしれねぇが……その辺、理解してんのか?」
問いかけ、魔聖の覚悟を聞くジーク。
その問いかけに、カレンは応える。
「この街に残っているのは反勇者と貴方のお仲間。そして、戦意を失い使い物にならない聖騎士たち。それと数少ない善良な市民だけ」
指を四本たて、カレンは更に言葉を続けた。
「剣聖が生きていたらこんな"まとめて始末する"なんて作戦とらなくてもよかった。王の手前、ね? でも、現実には間に合わなかった。だからーー」
「端から街ごと消すつもりだったの間違いだろ」
カレンを遮り、ジークは声を発する。
「剣聖が生きていたら……だと? てめぇの気配は剣聖と対峙した時から感じていたんだよ。コソコソ結界なんて張り巡らせやがって。魔王を舐めるなよ、魔聖風情が」
殺気を散らし、凝縮された闇を撃ち放つジーク。
その一つの漆黒の球体。
それに、魔法使いたちは余裕をもって迎え撃つ。
「魔王よ。なにか勘違いをしているのではないか?」
「この結界は単に貴様を捉えるものではない」
「外に我らの魔法が漏れ、被害が出ないようにという意味もあるのだ」
笑い、魔法使いたちは全力で最上位魔法を発動させていく。
「炎龍咆哮」
赤々とした魔力が炎となり龍の形をとり。
「水竜槍」
青々とした魔力が槍の形をとり。
「雷神鉄槌」
閃光となった魔力が槌の形をとり。
魔王の放った漆黒の球体を相殺すべく、撃ち放たれていく。
カレンもまた、続く。
「魔王は、ここでこの街もろとも消える運命なの。勇者様はこの街には居ないから思う存分できるわね。貴方も、そのことはわかっているでしょ?」
そう声を発し、魔王ではなくディランとペルセフォネへと意思の矛先を向ける。
はだけるカレンのフード。
そこから見えたのは、悪意に満ち色を失った銀色の瞳。
「貴方たちには失望したわ。まさか魔王に寝返るなんてね……風の噂で聞いた時には冗談だと思った。だけど、剣聖からそれが真実だと聞いた時は吐き気がしたわね」
カレンの感情。
それに呼応し、揺れるカレンのローブ。
そして、銀色の魔力が翼のかたちをとり、カレンの背後で神々しく光を発する。




