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日蝕に堕ちた太陽。陰る下界。
その光景はまるで、これから世界が迎える結末を予期しているかのようで禍々しくも神秘的だった。
そんな堕ちゆく空。
それを、魔王は見上げていた。
剣聖。魔聖。拳聖。
そして、創造勇者。
脳裏にその四人を浮かべ、しかし魔王の決意は微塵も揺らぐことはなかった。
いくら頭数を揃えたところで。いくら、有象無象が寄せ集まったところで。
ジークの加虐者への復讐。
その障害になりはしない。
自身の闇。
それに身を委ねーー
「独り残らず殺ってやる」
胸中で、ジークは呟く。
当初から変わらぬ思い。
それを、己の瞳に殺気として漂わせながら。
~~~
魔王を信奉する者。
その反勇者を掲げる者たちに穢された王都。
そこに、剣聖は聖騎士を率いて足を踏み入れた。
崩れ落ち、焼け焦げた家屋。
周囲に漂う生臭い血の香り。
そして、遠くから聞こえる悲痛に満ちた嗚咽と愉しげな狂笑。
その光景に唇を噛み締めーー
「手段は問わぬ。一刻もはやく暴徒の鎮圧を急げ。これ以上、犠牲者を増やさぬ前に」
背後にい並ぶ聖騎士。
それを仰ぎ見、ディルは強い口調で命を下す。
応える、聖騎士たち。
皆、腰から剣を抜いて表情を引き締め街へと散っていく。
ディルもまた己の瞳に決意を宿し、剣を抜く。
そして、その歩を再び進めようとした瞬間。
開かれた窓。
そこから、風を切り、ディルめがけて飛来する一本の矢。
その先端は黒く濁り、明らかに普通の弓矢ではない。
だが、ディルは僅かに身を逸らしそれを避ける。
死角からの攻撃。ディルの鎧の隙間を狙った的確な射出。
それが失敗し、矢を放った者はしかし笑いを響かせた。
「流石、剣聖。この程度じゃ殺れねぇか」
「……」
声の聞こえた方向。
そこに視線を向け、ディルは殺気を露にする。
それを受け、その者は窓から飛び降り石畳に着地。
その顔には蔑みが滲み、剣聖をまるでゴミを見るような眼差しで見つめていた。
「何者だ?」
身体を反転させ、ディルは問いかける。
その声音には慈悲の欠片もない。
「何者? 元弓兵って言えば通じるよな」
ディルに応え、キルクスは背中から矢を抜く。
そして更に言葉を続けた。
「元っつうことは既に弓兵じゃねぇってことだ。その意味、わかるか?」
「……」
声を発することなく、静かに剣の刃先をキルクスへと向けるディル。
その瞳に剣聖としての誇りを宿しながら。
「はははッ、答えねぇなら俺が応えてやるよ剣聖様!!」
矢を弓に込め、引くキルクス。
そして勢いよく吐き捨てる。
「寝返ったのさッ、反勇者に!! 国の為? 世界の為? んなもんもうどうだっていい!! 俺は俺の殺りたいように殺ってやる!!」
響く、嗤い。
余韻を残し、再び放たれるは、悪意という名の猛毒の塗られた矢。
「国の兵士だと信じ俺らにすがりついてきた奴らも居たっけな。はははッ、そんな奴らの手を踏みにじり弄び殺した時はそりゃ楽しかったぜ!!」
同時に吹かれる、キルクスの口笛。
それと呼応し、建物の陰から姿を現す悪意に染まった者たち。
その者たちは、キルクスと同じ元王国兵士。
だが今は、己の本能のままに剣を奮う人の形をした獣たち。
矢を掴み捨て、剣聖は呟く。
「貴様らにかける慈悲もなし」
刹那。
血を吹きーー
「な……に?」
その場に崩れ落ちる、男。
その眼前。
そこには、血の滴る剣を握る剣聖の姿。
剣を振るい、鋭き眼孔で周囲に視線を巡らせるディル。
「……っ」
凄まじいディルの縮地。
畏れ、息を飲む面々。
だが、未だキルクスは引かない。
「殺れッ、一斉にかかれば殺れねぇことはない!!」
その声に押され、駆け出す元兵士たち。
しかし、剣聖の力はその遥か上をいっていた。
瞬きの間。
その僅かな時間で、剣聖はキルクスを除く全てを斬り伏せた。
血に染まった己の鎧。
返り血の付着した頬。
そして未だその瞳から消えることのない剣聖としての殺意。
「残るは貴様だけだ。国を裏切り、かつての勇者様たちが造り上げたを平和を侮辱した罪。その命を持って償ってもらうぞ」
「……っ」
まさか、ここまでとは。
そう内心で呟き。
キルクスは、こちらを見据える剣聖を心の底から畏れる。
下がる、キルクスの足。
キルクスの額。そこに滲む汗。
対照的に踏み出されるは、ディルの殺気のこもった一歩。
「恥を知れ、獣」
呟き、ディルは再び縮地を発動させる。
キルクスは素早く矢を抜きーー
「く……ッ」
歯を食い縛り、弓を構えようとした。
だが、そのキルクスの"遅すぎる挙動"は剣聖の縮地には全く通用しない。
気づけば腹に剣が突き立てられ。
「……」
冷徹な剣聖。
その姿が眼前に有り、キルクスを底知れぬ絶望へと叩き落とした。
「ごほっ」と血を吐き出し、頭を下げるキルクス。
キルクスの足下。
そこを彩るは、己の赤黒い血。
そしてそれが、キルクスの見た最後の光景だった。
痙攣をし、止まるキルクスの生の鼓動。
だらりと垂れ下がり、物言わぬ亡骸となった元弓兵。
その亡骸から剣を抜き。
頬に浴びた返り血。
それを軽く拭うディル。
そして、握る剣を振り払いーー
「残りの獣共もさっさと始末してやらぬとな」
そう吐き捨て。
ディルは、血で赤く染まった鎧身を翻し穢れた王都へと意思を向けた。
だが、そのディルの背にかかる声。
「剣聖」
聞き覚えのある声。
それに意思を遮り、ディルは後ろを仰ぎ見る。
果たしてその剣聖の視線の先に佇んでいたのは、ディルにとっては宿敵と呼べる存在だった。
「掃討か」
声の主。
その名を呟き、ディルは再びその身を元に戻す。
ディラン。
かつて、ディルと並び剣聖の座をかけて争った剣士が一人。
そして、ディルに敗れ剣聖になれなかった剣士の一人。
「何故、貴様がここに居る。先の勇者と共に世界を救い、その役目は終えたと聞いていたが」
ディルの声音。
そこに込められているのは、静かな闘志だった。
「よもや、再び。勇者と共に世界を救おうと言うのか? この剣聖を差し置いて先の勇者様に選ばれ、一度世界を救っただけでは満足できぬと言うのか?」
そのディルの感情のこもった問いかけ。
それを、ディランは噛み締める。
かつて見た、ディルの姿
それを思い出しながら。
ディランは知っていた。
"「すげぇな、ディラン。勇者様に選ばれるなんて」"
笑い、ディランを褒め称えた若き日の剣聖。
だが、その笑顔の裏で。
"「……っ」"
拳を固め、ディルが泣き崩れていたことを。
剣聖の自分ではなく、敗れたディランが勇者の仲間に選ばれた現実。それに悔しさを露にし、ディルが涙をこぼしていたことを。
ディランは知っていた。




