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アレンは、ジークに気圧され後退りをはじめる。
こちらを見据える、ジークの目。
その目は、自分たちが虐め続けてきた弱者のソレではなかった。
圧倒的な力。
抗いようもなく途方もない力の壁。
「な、なぁジーク」
アレンの声は怯えている。
「す、す、少し話をしないか?」
「……」
ジークはしかし、反応を返さない。
いや、返す価値もないと判断した結果だった。
燃える女子生徒。
だが、肉の焼ける臭いはしない。
なぜなら、ジークは二人の女子を“殺す”ことよりも“苦しめる”ことをその目的としていたからだ。
殺すのは、勇者であるアレン。
のうのうと人生を謳歌しようとする焔勇者。
魔王として。
いや、被虐者としてジークはそのアレンを殺すことを胸に誓っていた。
ダークフレア。
その魔法の真髄は、“意識をしたモノ”を燃やすことができるということ。
ならば、直接身体を燃やさずともその精神を燃やすことも可能なのだ。
延々に焼かれ続ける苦痛。
それを想像しただけでも――
ジークは、楽しくて仕方がなかった。
自然と綻ぶ頬。
お前らが弱者をいたぶり虐めたように、魔王もまたそうしてやる。
いたぶり虐め、一生後悔させてやる。
それが、いじめに対する報復。
それが、被虐者としての決意。
「ふぁッ、火球!!」
苦し紛れに。
アレンは、ジークに向け魔法を撃ち放つ。
だが、その魔法をジークは瞬きひとつで霧散させる。
そして、はじまる蹂躙。
「まずは右の足からだ」
ジークの声。
それが響くのと同時に、アレンの足がちぎれ飛ぶ。
まるで雑巾を捻るかのように、ジークの目に見えぬ力の餌食になるアレン。
「――ッ」
貫く激痛に、アレンは声すらもあげれずその場に崩れ落ちる。
そして、あがるはアレンの情けない声。
「じ、ジーク……頼む、助けてくれ。お、お、俺を助けてくれたら、勇者として……ジークの地位をあげてやる。そ、そうなりゃもうジークを馬鹿にする奴なんていな――」
「……」
アレンの戯れ事。
それを足蹴にし、ジークは更に意思を表明する。
捻り切れるは、アレンの左手。
鮮血が散り、再び響くは悲鳴。
「じ、じ、ジーク!! 頼むッ、やめ――ッ」
「……」
魔王として。
被虐者として。
やめる訳にはいかない。
愉悦。
もっと乞え。
もっと、泣き叫べ。
それでこそ、オマエを虐め殺す愉悦が込み上げる。
「……っ」
「痛いか、勇者様」
「ど、どうして……ジーク、お前。こんなことを――」
「魔王っつう存在は知ってるよな、アレン。知ってるよな? この世界に生きる者なら誰だって知ってるよな?」
そのジークの言葉。
それに、アレンは悟る。
「ま、魔王……まさか、お前」
「勇者様。俺を虐めてくれて、ありがとう。これからは……遠慮なくぶち殺してやるから、覚悟しろ」
「……っ」
ジークの言葉を聞き、踏まれた女子生徒は小刻みに震える。
それに倣い、アレンもまた顔から生気を無くしジークに対する畏怖をあらわにしてしまう。
魔王。
最凶の存在にして、勇者が倒すべき最大の敵。
その存在が今自分たちの前に居る。
しかもそれが、自分たちがいじめ底辺のゴミクズと罵っていたあのジーク。
そんな現実が、今いじめっこたちに突きつけられていた。
そしてそれが意味することは、ひとつ。
それは――
「今回の魔王は今までの魔王とは違う。てめぇらが勇者に選ばれた以上、俺はなんの躊躇いもなく“いじめ”に対する報復ができちまう。はははッ、あははは!!」
そう言い、ジークはアレンの顔面に手のひらをかざす。
そして、歪んだ笑みをたたえ更なる弄びを再開しようとする。
絶望に落ちたのはいじめっこたち。
特に勇者に選ばれた者たちは生きた心地がしなかった。
「勇者様。ほら、かかってこいよ」
「くッ、くそ!! くそったれ!!」
アレンは叫び、懸命にジークから這い逃げようとした。
死んでたまるか。
これからは、勇者として活躍し華々しい人生を迎えるはずだった自分。焔勇者として、炎を操り脚光を浴びるはずだった自分。
そんな将来を約束された自分が、歯牙にもかけずいじめの対象にしていたジークに弄ばれ殺される。
そんなこと。
そんなこと。
あり得てはならない。
「勇者が魔王から逃げるのか?」
「ひぃっ」
アレンの進行方向。
そこに現れ、アレンを鼻で笑うジーク。
そしてその頭に足をふりおろし。
「ほら、勇者様。少しは戦ってくださいよ。目の前に倒すべき魔王が居るんだぜ? なぁ、勇者様」
そう吐き捨て、ぐりぐりとアレンの後頭部を踏みにじる。
その光景に女子生徒は頭を抱え、「夢。こ、これは悪い夢。は、ははは……そうよ、きっとこれは夢なのよ」そう呟き現実逃避をするだけで精一杯だった。
同時に響くは闇の炎に焼かれ続ける二人の女子生徒の呻き声。
魔王により弄ばれる、愚かな人間の縮図。
それが、室内には広がっていた。
まさしく、地獄絵図。
「じ……ジーク」
「……」
「た、たの……む。いのちだけは……たすけ――」
「てめぇが“勇者”じゃなかったら、殺しはしなかったかもな。まっ、それでも半殺しにはしてやったか。恨むのなら勇者に選ばれた己の運命を恨むこったな」
情けないアレン。
それを嗤い、ジークは魔王としての責務を果たそうとする。
勇者は殺す。
それは即ち、いじめっこを殺すということ。
躊躇いや後悔などあるはずもない。
足をあげ、ジークはアレンを見下ろす。
まるで、ゴミを見るようなジークの眼差し。
かつてジークに向けられていた数多の侮蔑に満ちた視線。
それと同じように、ジークはアレンを見下ろしていた。
「さて、そろそろ一人目の勇者様にはご退場いただきましょうか」
染み渡ったジークの声。
そこに、愉悦以外の感情は一片も宿ってはいなかった。
勇者に死を。
魔王として、被虐者としてジークは“奴等”に決して情などかけない。
「死ね、勇者」
紡がれるジークの意思。
アレンは目を見開き、絶叫する。
「しッ、死にたくない!! 嫌だッ、俺はまだ――ッ」
そのアレンの思い。
それを遮るは、耳障りな音。
べきっ。
骨が砕け。
「し……じにたくないっ。しにたく……な…ぃ」
アレンの首がじわりじわりと捻られていく。
アレンは打ち上がった魚のようにその身を痙攣させ、声にならぬ悲鳴を漏らす。
「ぁ……ぐ」
そして――
ぶちっ。
そんな音を響かせ、アレンの首はジークの目に見えぬ力の行使により捻り切られてしまう。
床に染み広がる、赤黒い血。
それは紛れもなくアレンの死を現実のものとして彩っていた。
そのアレンの死。
それを見届け、ジークの心に踊るは“歓喜”の二文字。
そして込み上げる。
「ざまぁみろ」
という、思い。
全く情など沸かない。
逆に、すぐにアレンを殺してしまったことにジークは少し後悔してしまう。
「もうちょい弄んでやればよかったな。ははは。まっ、残りの勇者共で遊んで殺るとするか」
わざと。
ジークは残った女子生徒に聞こえるように声をあげ、その身体を反転させる。
その身から迸るは、闇。
その両眼に宿るは赤々と輝く、魔王の力の焔。
これからはじまるは――
魔王による一方的な勇者共の蹂躙。
これから幕を開けるのは――
被虐者による加虐者への慈悲なき復讐。
「殺ってやる」
ジークは嗤う。
その足を踏みしめ、高らかに嗤いを響かせる。
その魔王の名は、ジーク。
勇者に慈悲などもたぬ、最凶の魔王。
「勇者は皆殺し。弄んで、ぶち殺してやる。覚悟しろッ、ははは!! 全員ッ、絶望に叩き落としてやる!!」
ジークの声と共に渦巻く漆黒。
そして、その最凶なる魔王は――
今、その邪悪なる産声をあげた。