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王城。その威厳に満ちた城を背景に広がる広大な石畳。そこは、王城の中央広場と呼ばれる場所だった。
日は朝日。地平線から差し込む朧気な白光。
それは、これからはじまる“人類と魔王の決戦”という名の舞台を照らすスポットライトのようでもあった。
そこに、吹き抜ける風と共に声が響く。
「暴徒の鎮圧及び、創造勇者様への加勢。それが我が騎士団に与えられた王命だ」
い並ぶ精悍な聖騎士。
その前に立ち、剣聖は高らかに声を張り上げた。
腰から剣を抜き、そしてそれを掲げ、ディルは更に言葉を続ける。
「我らは決して魔王に屈しない。かつての勇者様がそうであったように最後まで決して希望を捨ててはならない」
歴戦の勇士。
その言葉がディルを現す、最も的確な表現。
幾多の死線をくぐり抜けてきたという自負。それがディルの自信に満ちた雰囲気を更に強固なものにしていた。
“魔王討伐”という決意。
“絶体勇者”という信念。
その2つの思いが宿った心は、ディルの瞳を揺らぎようのない光で彩っている。
「さぁ、いくぞ。 この世界の為に我ら聖騎士の命を捧げてやろうではないか」
声と共に揺れる銀髪と、輝く琥珀色の瞳。
それと呼応し、聖騎士たちの声もまた天高く轟く。
皆、剣を掲げ――
その心は、“魔王討伐”一色に染まっていた。
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「剣聖は、もう出たの?」
「はい。今朝、聖騎士を引き連れて」
「ふーん。じゃ、わたしも行こうかしら」
フードを深く被り、その女性は声を発する。
顔は見えない。見えるのは、赤い口紅が塗られた唇のみ。
深紅のローブ。それを揺らし、女は窓際へと歩み寄っていく。
その背から滲むは、底知れぬ魔力と自信。
その背にかけられる従者の声。
「魔聖様。魔法協会として、剣聖に加勢をなされるのですか? それとも、御自身のご判断で?」
「魔法協会としては魔法学園の仇。私としては剣聖への助っ人って形で動こうと思っているのだけれど?」
「かしこまりました。ではその旨、皆に」
そう言葉を残し、従者は転移魔法を発動させる。
そして、部屋に残されたのはカレンただ独り。
窓を開け、風にローブを揺らすカレン。
だが、その口元はなぜか愉しそうにつり上がっていた。
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「でぃらん。せしる。ぺるせふぉね。じーく。うーん、と。魔王以外なら、せしると殺りたいな」
指を四本たて三本下ろし、拳聖は鼻唄を歌う。
見晴らしのいい丘。そこに転がる大きな岩。
その岩の上に、シオンは腰を下ろしていた。
風に髪を揺らし、心地よさそうに深呼吸をしながら。
服装は軽装。
黒髪は後ろで束ねられ、自らの動作の邪魔にならないようにされている。
まだあどけなさが残るシオンの顔つき。
そこには、拳聖としての強さは微塵も感じることができない。
しかしーー
そのシオンの瞳の奥。
そこには確かに、"勇者にしても魔王にしても。世界の秩序はこのシオンが守る"という強き決意が宿っていた。
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魔王に蹂躙された大聖堂。
その死の充満した空間に、最後の勇者は佇んでいた。
金色の髪の毛に、碧色の瞳。
髪は頬にかかる程に切り揃えられ、その容姿からは凛々しさと可憐さが漂っている。
全身を軽装鎧に包み、その腰には一本の剣。
それは、自らの力で"創りあげた"装備でまた創造勇者の力の賜物でもあった。
鼻孔をくすぐる世界の焼ける臭い。
風に乗り、創造勇者の髪を揺らすは魔王の闇の残滓。
しかし、ガイアの表情は変わらない。
だがその胸の内にはーー
この世界を創り変える。
という、強い思いが焔となって揺らいでいた。
魔王。勇者。光と闇の均衡。
そんな概念など存在しない世界。それを自らの力で。
喩え、神を敵に回してでも。
閉じられる、瞼。
その裏で、ガイアは思い出す。
自らの兄。その最期の姿を。
***
"「この世界に俺の居場所はない」"
それが、自ら命を断った魔王の最期の言葉。
紙吹雪が舞い、祝福の声がこだまする外の世界。
それを遮断するように、兄は自らの闇で外の光に帳をかけ己の世界に塞ぎこんだ。
死に物狂いで、兄は努力した。
勇者に選ばれる為に。勇者になり、世界に光をもたらす存在になる為に。
だが、そんな兄に突きつけられたのはーー
"魔王"という、勇者に敵対する存在。
それに、己が選ばれたという現実だった。
溢れる圧倒的な闇の力。
内に響く、勇者になれなかった自身への諦観と絶望。
それに苛まれ、兄は自らその命を絶った。
勇者を倒すという選択。
それが、兄にはとれなかった。
憧れ、なりたいと思い続けた勇者という存在。
そんな存在を倒すことなど、兄にはできようもなかった。
自害し、勇者たちの前に膝をついた魔王。
その姿は、魔王としての使命を放棄した自身を懺悔するかのように深く深くその頭を下げていた。
***
開かれる、勇者の瞼。
「魔王」
ガイアの口。
そこからこぼれたのは、かつて被虐者だった者の名前。
だがその声音には、どこか哀愁が含まれていた。
そして思い返されるのは、自身がジークに対して発した言葉。
"「ジーク、この世界は貴方には冷たい。こんな無意味な世界じゃなかったら貴方はもっと自分の生を楽しめた」"
その言葉をかけた時のジークの顔。
そこには、なにかを決意したかのような表情がたたえられていた。
腫れた頬に、切れた唇。
濡れたローブに、虚ろな眼差し。
しかしその拳は、強く強く握りしめられていた。
今、思えば。
あの時既に、被虐者はその心に決めていたのかもしれない。
加虐者に対する復讐。
どんな手を使ってでも、それを成し遂げると。
「……」
様々な思い。
それを押し殺し、ガイアはその身を翻す。
私が、世界を変える。
天上の意思に踊らされ、歪んだこの世界。
それを、変えてみせる。
勇者たちが消えた今。
魔王が、最後の障害。
創造勇者。
その最後の勇者は、一歩を踏み出した。
世界を創り変える。
その思いを、その胸の内で反芻しながら。




