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自身の選択で過去に戻り、そして魔王に半殺しにされた記憶。それを保ったまま元の世界へと記憶が戻される時勇者。
それは、カイトの自尊心を粉々に打ち砕き。
同時に、決して逃れることのできない魔王の影。
それに怯えることが約束されたことを意味する。
「あっちではこの程度じゃ済まねぇぞ、カイト。精々素敵なお仲間さんたちに守ってもらえよ。泣きつき土下座してな」
カイトの心を抉る、魔王の言葉。
その言葉に、カイトは懇願した。
「ご……ころしてくれ」
自分がここで死ねば、別の誰かが時勇者に選ばれる。
そうすれば、まだ世界は救われる可能性はある。
だが、魔王にそんな思惑は通用しない。
「勇者の指図は受けない」
カイトの懇願。
それ足蹴にし、ジークは今一度拳を固める。
「あっちの世界でてめぇが魔王の影に怯え絶望するには、まだ足りない。せめてその顔の原型がなくなり声が出なくなるまでは……弄んでやる」
「……っ」
ジークの闇色の瞳。
そこに揺らめくは、愉悦の灯火。
そしてはじまる、魔王の戯れ。
足払いをかけられ、「ひぐっ」と床に叩きつけられるカイト。
「だ、たすけて。ここで……この世界で、死なせてくれ」
カイトは震え掠れた声をこぼし、這いずりジークの下から離れようとする。
その様は、助けを乞い加虐者の虐めから逃れようとした被虐者の姿とそっくりだった。
そんなカイトの元へと歩み寄り――
ジークは、芋虫を踏み潰すかのような感覚で足を振り下ろす。
その顔には一欠片の情も宿っていない。
「ひ……ぃ」
「……」
無言で、淡々と。
ジークはカイトを仰向けにし、そしてその腹の上に腰を下ろした。
カイトの表情に希望はない。
今の時勇者にできることはたった一つ。
それは、たった今振り下ろされたジークの拳。
それを己の顔面で受け、嗚咽と共にジークの頬に返り血を飛ばすことだけだった。
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眩い光。
それが収束し、カイトは元の世界の自分へと記憶を戻す。
いや、魔王によって強制的に戻されたといったほうが正しいか。
瞼を開ける、カイト。
そして、その視界には――
心配そうにカイトを見つめる、仲間たちの姿があった。
皆、その表情は暗い。
「……っ」
「か、カイト」
「お、おかえり。は……ははは。どうやら失敗しちゃったみたいだね」
努めて明るく、仲間たちはカイトを迎える。
だが、そのカイトの表情には生気はなくその心には希望もない。
あるのは、カイトの脳裏に鮮明に刻み込まれた魔王に対する恐怖のみ。
ベッドから身を起こし、そして頭をかかえ踞る時勇者。
「怖い。怖い。怖い。ま、魔王が。じ……ジークが。み、みんな。みんな死ぬ。死ぬんだ。なにが勇者だ。あんな存在に、は……はじめから抗えるはずなんてない」
“「あっちの世界ではこの程度で済むと思うなよ」”
魔王の眼光。
決して逃れることなどできない、圧倒的な死と絶望。
「お、おい。時勇者」
「少し落ち着いて」
「そ、そうだよ」
「だッ、黙れ!! どうせお前らも死ぬんだ!! ははは……は……ははは」
虚しく響くカイトの笑い。
それは、仲間たちの心を深く傷つける。
そして更に続くカイトの声。
「くそっ。くそッ、くそ!! こんなことに。こんなことになるんだったらッ、ジークじゃなくあの加虐者共をぶち殺しておけばよかった!!」
自暴自棄になり、毛布にくるまるカイト。
そしてその身を震わせ、仲間たちの心配を拒絶し完全に自分の殻にこもってしまう。
しかし、仲間たちはそんな時勇者を見捨てない。
「も、もう一回。考えようぜ、カイト」
剣術士は明るく声を発し。
「そッ、そうよ!! まだこの世界には“三聖”と創造勇者様が残ってる!! その方たちを頼れば――」
「希望は、まだある」
魔術士と治癒術士の少女はカイトの側に駆け寄り、懸命にカイトを励まそうとした。
自分たちも時勇者の姿に心が抉られた。
だが、諦めるわけにはいかない。
最後の最後まで。
魔王を破る可能性のある限り――
「お前らはいいよな」
響く、カイトの声。
「お前らは魔王に殺されない。だって勇者じゃないもんな。希望? 能天気でいいよな、全く」
「ち、違う、カイト。わたしたちは貴方の――」
「仲間。だから」
魔術士と治癒術士。
その二人の少女の目には涙が溜まっていた。
「仲間?」
毛布を二人に投げつけ。
「どうせ見捨てるんだろ。失敗した俺を。どうせそうだ。どうせ魔王に殺される俺なんてッ、てめぇらから見たら道化みたいなもんだろうな!!」
カイトは感情のままに言い切った。
それに、二人の少女は悲壮に落ちる。
「ひ…ぐっ。わたっ……わたしは……ただ――っ」
「カイ、ト」
魔術士はカイトの罵声に泣きじゃくり。
治癒術士はその場に立ち尽くし、ぽろぽろと涙を溢す。
その光景。
それに唇を噛みしめる、剣術士。
そして、その腰から剣を抜き――
「魔王に殺されるのが嫌なら俺が時勇者を殺してやる」
震えながら、カイトの仲間としての決意を露にする。
そんな剣術士の決意。
それをもはや魔術士と治癒術士は止めない。
「カイトの仲間として。けじめはつける」
そう言い、剣術士はカイトの元へと歩み寄っていく。
感情を堪え、その目に哀情を宿しながら。
だが、時勇者は退かない。
ベッドを後にし――
「はッ、ははは!! 上等だッ、どうせ死ぬなら皆殺しにしてやる!!」
そう叫び、仲間たちに向け時勇者の未熟な力を発動させた。
“時間停止”
今のカイトは、たったの数秒しか時は止めれない。
だが、数秒さえあれば。
ただの人間など、時勇者の相手にもならない。
止まった時間。
その中で、カイトは剣術士の手から剣を奪い取る。
そして、動く時間。
刹那。
カイトは剣を振り上げ。
その顔に歪んだ笑みを浮かべながら、眼前の剣術士を斬り伏せようとした。
あがる、悲鳴。
死を悟る、剣術士。
だが、そこから先に時勇者は進むことができない。
「……っ」
石像のように、カイトはその身を硬直させる。
そして、そのカイトの全身。
そこにはいつの間にか漆黒の闇が纏わりついていた。
同時に、カイトは感じる。
魔王。
その禍々しい力が室内に充満していくのを。
カイトの手から滑り落ち、音をたてる剣。
それを合図にくだけ散った窓。
そして――
その壊れた窓の向こう。
広がるは、深い夜の闇。
そこに、魔王の深紅の瞳。
それが二つ鮮明に瞬いた。




