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寂れた旅の宿屋。
その殺風景な室内に、時勇者は居た。
なにかを決意した眼差し。
それを、仲間たちに向けながら。
「もう、この世界で魔王を倒すことはできない」
その勇者の言葉。
そこには諦観が滲んでいる。
いずれ、世界の人々は自らの手で終末の鐘を鳴す。
残る勇者はたった二人。
今この場に立つ時勇者と、選定以降行方をくらませた創造勇者のみ。
それに加え、世界は反勇者に染まり魔王側へと傾きつつある。
“魔王こそが正義”。
そんな言葉をそれぞれの胸の内に掲げながら。
“「正義は我の内にのみある」”
剣聖。
“「世界が魔王の闇に染まるのも愉しそうじゃない」”
魔聖。
“「勇者。魔王。どっちにつこう」”
拳聖。
聖騎士団と魔法協会。そして、孤高の拳聖。
大聖堂の崩壊以来、その三大勢力は力を蓄えるかのように行動を起こさず傍観を貫いていた。
そんな混沌とした世界。
この劣勢からの挽回。
それは不可能。
それを悟った、勇者とその仲間たち。
皆、その表情を固く引き締め――
「で、でも。だからって貴方が“過去”に戻る必要なんてない」
「まだ未熟な勇者。そんな勇者がたった一回過去に戻ったところで魔王が変わると思うのか? それに、こっちに戻ってこれなくなる」
「……っ」
それぞれの思い。
それを吐き出し、或いは唇を噛み締めた。
剣術士。魔術士。そして、治癒術士。
勇者を支え、魔王を倒すと誓ったかけがえのない存在。
力は未だ、発展途上。
しかし、その心だけは揺るぎない信念で固められていた。
“魔王討伐”という信念に。
だが、勇者の思いは変わらない。
いや、変えることなどできない。
その拳を握りしめ、カイトは声を発する。
自らの責任。それを、その胸に刻みながら。
「魔王。俺はあいつを虐めてた」
「虐めてた?」
「カイトが、魔王を?」
「……」
カイトの言葉。
それに、仲間たちは信じられないといった風に反応を示す。
小さく頷き、カイトは更に言葉を続けた。
「俺だけじゃない。勇者に選ばれた奴全員がジークを虐めていた。ジークが魔王になるなんて知らずにな」
カイトの脳裏。
そこに思い返されるのは、虐められっこのジークの姿。
いつもズタボロにされ、先生たちからも嘲笑され見捨てられていた被虐者の面影。
「だから、俺はジークを」
「たった一回しか使えない遡行を使って、ジークを変えるのか?」
カイトの言葉。
それを遮る、剣術士の問いかけ。
それに、カイトは応える。
首を横に振り――
「いや、違う。ジークを消す」
揺らめく、カイトの瞳。
「あの頃のジークならまだ俺にも倒せる」
「……」
押し黙る、剣術士。
「それしか――」
「方法はないの?」
不安げな表情を浮かべる魔術士と治癒術士。
だが、カイトの思いは微塵も変わらない。
「他になにかいい方法があれば俺もそうしたい」
そう声を発し、カイトは意を決する。
時勇者。
その力は、記憶のみ時を遡ること。
だが、その力は未熟。
たった一度しか、その遡行は使えない。
「必ず、この世界は守る」
そう言い残し、時勇者は世界を後にする。
眩い光。それに包まれながら。
仲間たちはただ見送ることしかできなかった。
そのカイトの姿を。
ただ、見つめることしかできなかった。
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崖の上。そこから時勇者の居る宿屋を見下ろす、魔王。
そして、そこから放たれた眩い光。
その余韻を見送り、ジークはその瞳を赤く瞬かせた。
過去に戻り、魔王になる前のジークを殺す。
そんなカイトの意思。
それを見透かし、魔王の表情はしかし一切変わらない。
時勇者。
魔王に対し、通用するはずもない手段を用いようとする勇者。
それに、魔王は舌打ちを鳴らす。
“「ジークを消す」”
聴こえた、意思のこもったカイトの声。
それを胸中で反芻し、ジークは自身の拳を握りしめる。
その瞳に魔王の力を宿しながら。
やれるものならやってみろ、勇者。
その程度の力で、この魔王を殺せるものならな。
胸中で響く自身の呟き。
それと呼応し、ジークの周囲を取り巻く闇もまた大きくその範囲を広げる。
それはまるで、魔王の感情を汲み従う従者のようでもあった。
そして――
「消せるものなら消してもらおうじゃねぇか」
そう殺気のこもった声を発し、ジークは“遡行”の意思を表明した。
“「魔王の記憶を過去の自分に飛ばす」”
その魔王の意思。
それは形をとり、時間跳躍という名で実現される。
眩い光ではなく、漆黒の抱擁。
それに包まれ、魔王は時勇者への復讐の幕をあげた。
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遡行。
それを果たした、ジーク。
「おーい、ジーク」
「……」
「なんだよ、その目。喧嘩売ってんのか?」
頭上から降り注ぐ聞き覚えのあるアレンの声。
それにジークは魔王の眼光をもって見上げる。
夕闇の教室。
そこで、ジークは踏みつけられずぶ濡れになっていた。
そしてそのジークを取り囲み――
アレンを中心に、後に勇者になる連中。
そのいじめっこたち。それが、その顔に嫌らしい笑みを浮かべジークを見下ろしていた。
クロエとガイア。その二人を除いて。
しかし、ジークは動じない。
その胸中で、「カイト。カイトはどこだ」と呟き、時勇者の姿を探る。
そして、ジークは立ち上がろうと腕に力を込める。
だが、その背を踏みつけ嗤うアレン。
「誰が立っていいって言った? 玩具の分際で勝手なことすんじゃねぇぞ」
「そうですわ。玩具は玩具らしく大人しく虐められていなさい」
続くサファイアの蔑み。
同時に、ジークはその背をアレンの足で圧迫される。
「クズ共」
「は? なにか言ったのか?」
「俺を、舐めるな」
小さく呟き、ジークは再び腕に力を込める。
アレンは鼻で笑いこちらもまた踏つける力を強めていく。
しかし、ジークの微かに揺らめく闇。
それにアレンの本能が死を悟る。
汗を滲ませ、アレンはジークから足を離し一歩二歩と後退してしまう。
そのアレンの姿。倣い、サファイアは首を傾げる。
そして、「アレン? どうかしましたの?」そう声をかけ、ジークを見つめた。
ゆらりと立ち上がる、ジーク。
ぽたりと滴る水滴。
濡れた髪の毛。その隙間から覗くのは、明らかに被虐者のモノではない赤い瞳。
「……っ」
サファイアもまた、ジークに気圧され後退。
なに者だ。
この存在は。
周囲のいじめっ子たち。
その表情も、アレンとサファイアと同じように焦燥に満ちていた。
だが、その怯えるアレンたちの相手をする為にジークはここへ戻った訳ではない。
「……」
身を翻し、ジークはその場を立ち去る。
魔王の邪魔をするなら、この世界でもてめぇらを殺す。
そんな揺るがぬ思い。
それを、その胸の内にたぎらせながら。




