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勇者の力。
それは、闇を創造しそして従える。
侵食されるクロエの足元。闇はクロエを中心にし、じわりじわりとその領域を広げていく。
闇に吹かれ。クロエの纏った漆黒のローブ。
それが激しく波打つ。
呼応し、クロエはその瞳に影を落とす。
そして――
「魔王を殺して」
クロエは己の闇に命を下した。
淡々とその表情を一切変えることなく。
そんな、闇刃勇者の意思。
それを体現したのは、クロエに創造された闇という名の敵意だった。
ジークの真下。
その灰色の石畳に、ぽっかりと穴が開く。
否、それは。
闇が円形に形を変えただけ。
魔王は、その闇を見下ろす。
「……」
無言で、しかしその顔には焦燥も危機感も宿ってはいない。
じわりと、ジークを侵食する闇。
立ち止まったジーク。
その存在を、抵抗できぬ獲物と捉え闇はジークを爪先から飲み込もうとした。
だがそれを、魔王の瞬きが遮断する。
漏れる深紅の眼光。
それは、明らかに“抵抗できぬ獲物”のそれではなく“獲物を見定めた捕食者”のソレ。
クロエは、視た。
己の闇。それが自分の意思に反し、魔王を畏れ忌避する様を。
そうそれはまるで、天敵に牙を剥けられた被捕食者のようだった。
だが、クロエは退かない。
己の背後。
そこに居る、狂った世界に大切な存在を奪われた幼い被虐者。
その為に、同じ被虐者だった自分が退くわけにはいかない。
ジークに勝てない。
そんなことは、端から理解している。
未熟な勇者は、魔王に届かない。
そんなことは、ジークと視線を合わせた時から悟っている。
だが、勇者として。償わなければならない。
たとえ、この命を失おうとも。
「私はもう、逃げない」
魔王を畏れる心。
それを抑え、クロエはジークを見つめた。
そして、再び闇を創造し――
「闇刃勇者」
「……っ」
「俺はお前を殺す。情なんてかけねぇぞ」
魔王の言葉。
それは、クロエの心を抉る。
その足を一歩二歩と踏みしめ、ジークはクロエを標的にし意思を表明する。
“捻じれろ”
刹那。
クロエの左足が、軋む。
クロエはしかし、耐える。
唇を噛み締め、懸命に堪える。
まだ倒れるわけにはいかない。
私はまだ、やらなければならないことがあるのだから。
しかしそのクロエの背後。
そこに、魔王は現れる。
転移。
それを発動させて。
「少しは楽しめたか?」
響くジークの声。
そこには勇者に対する敵意しかない。
「随分とご立派な勇者様を演じているじゃねえか、クロエ。どこでその経験を積んだか知らねぇが……他の勇者共より、多少はできるみてぇだな」
その声に合わせ、ミシリと鳴るクロエの膝の関節。
呼応し、クロエは小さな悲鳴を漏らした。
「ぃ……っ」
しかし、クロエはまだ倒れない。
常人ならば卒倒し、その痛みに悶え苦しむにも拘らず。
そのクロエの姿。
それに、魔王は問いかけた。
冷徹に、冷酷に。まるで、死刑を宣告することを決めた審判人のように。
「なにがてめぇをそうさせる? 勇者としてのプライドか? 受けた虐めに対する反骨か?」
そんなジークの言葉。
クロエはそれに応えた。
痛みを堪え――
「贖罪」
そう呟き、クロエはその瞳をかつての被虐者へと戻す。
そして、言葉を続けた。
「見捨てた。自分が虐めから逃れる為に。貴方を私は、見捨てた」
“「なに、クロエ。できないの?」”
“「で、できます」”
“「ならさっさとやれよ、根暗。また弄んでやるぞ?」”
“「……っ」”
嗤う加虐者たち。
それに抗えなかった、自分。
「あの時。私が――」
「俺を見捨てなかったら。どうなった? てめぇが俺の代わりに虐められ続けて、それで満足だったのか?」
「……」
「贖罪? 贖罪するべきは嬉々として虐めをしてきた連中だ。まっ、魔王は贖罪ごときで奴らを赦す程甘くはなかったけどな」
うわべだけの贖罪をし、赦しを乞うた勇者も居た。
だが、魔王はその全てを赦さなかった。
全員、その命を弄びこの世から消してやったのだから。
「だから、俺はてめぇも赦さない。心からの贖罪したところでな」
「私は許してなんて言わない」
「……」
「貴方に殺されるなら、私は後悔なんて……ない」
「てめぇが後悔しようとしまいと。俺の意思は変わらねぇ」
べきっ。
捻り折られるクロエの膝。
関節が砕け、その場に崩れ落ちるクロエ。
そんなクロエに寄り添うように、意思持つ闇はクロエの元へと収束していく。
闇刃勇者。
闇を創るその存在を、自らの創造主として理解しながら。
震える、クロエ。
しかし、その口から漏れるのは悲鳴ではなく「ごめん……なさい」という消え入りそうな謝罪だった。
「もういい。もう、喋るな」
手のひらをかざし、ジークはクロエにトドメを刺そうとする。
もはや弄ぶ気も失せた、魔王。
他の勇者共と違い、この勇者はどこか扱いにくい。
ジークの意思。
それを受け入れ、クロエは瞼を閉じた。
そしてジークが、「闇炎」と意思を表明しようとした――瞬間。
「ゆ……ゆうしゃさまから……はなれろ」
幼い少年の声。
それが、周囲に響く。
ジークは振り返り、少年を視る。
震える、少年。
だがその手のひらは握りしめられ、固く拳がつくられていた。
「く、くろえ……は……ぼくのたいせつな、ともだちだ」
「……っ」
クロエは、ぽたりと涙を溢す。
勇者のせいで、大切な存在を奪われたにも関わらず。
勇者である私を、友達といってくれた。
たった一度。
“「……」”
ただ微笑み、その頭を撫でただけ。
なのに――
「……」
表情を変えず、ジークは少年に意思を表明しようとした。
“記憶抹消とこの場からの忌避”。
という意思を、魔王は表そうとする。
だが、その刹那。
魔王の背。
そこに、ぴくりと痛みが走る。
「闇刃勇者。やはり、てめぇは扱いにくい」
忌々しげに吐き捨てる、ジーク。
そして、後ろを仰ぎ見、舌打ちを鳴らす。
闇刃。
クロエの闇。
それは、刃へとその形状を変え魔王へと敵意を露にした。
「だが、後少し足りねぇな」
魔王は呟き、身体を反転。
しかしその表情は、今までと違い引き締められている。
だが、クロエにはもはや残されてはいなかった。
「はぁ……はぁ」
一瞬だけその瞳に灯った勇者の力。
しかし、その力は一時的なもの。
「少年を守りたい」そんなクロエの感情の起伏。
それがもたらした産物だった。
霧散する、闇刃。
それと同時に、魔王はクロエの前に片膝をつく。
そして、その白く透き通った頬に手をあて――
「魔王は、加虐者を一匹も逃さない」
そう声をかけ、“闇炎”と意思を表明。
燃える、勇者。
しかし、そこから悲鳴はあがらない。
それはこうなることを望んだクロエの思い。
少年は、そんなクロエの元に駆け寄ろうとした。
だが、魔王はその少年の頭を掴み――
“全て忘れろ”
と意思を表し、少年の記憶を抹消する。
へたりこんだ、少年。
その眼前でクロエは燃え続けた。
しかし、少年はなぜか逃げようとはしない。
「くろ……え」
少年の意思とは無関係に紡がれる、名前。
そして同時に、少年はその目から涙をこぼした。
クロエとの記憶。
それは既にない。
だが、なぜか少年は悲しくて仕方がなかった。
震える、少年。
その被虐者の姿に、しかしジークの意思は微塵も変わらない。
身を翻し、魔王は内心で呟く。
「加虐者は全て消す。一匹残らずな」
そのジークの思いは、最初から変わらない。
例え、どんなことが起ころうとも。
ジークは魔王として、奴らに復讐すると誓ったのだから。
赤く赤く染まった空。
その火の粉に彩られた夜空はまるで、ジークの心を鮮明に表しているかのようだった




