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とある街の酒場。
そこで、二人の男が世間話に勤しんでいた。
話題は、勇者と魔王について。
特に、勇者の悪行にその焦点があてられていた。
「聞いたか?」
「あぁ、聞いた聞いた。なんでも勇者が一般人を虐め殺してたって話しだろ?」
「ひでぇ話しだよな。勇者って大聖堂で“神託”によって選ばれた人たちのはずなのに」
「その大聖堂も今や崩壊。勇者様も全滅間近まで追い詰められてるって話しだぜ?」
「ははは。こりゃ今回は魔王様に軍配があがるかもな」
「なに笑ってんだよ。魔王が勝ったらこの世界がどうなるかわかったもんじゃねぇだろ」
「はっ。今回の勇者が勝ったところで世界がいい方向に進むとは俺は思えないけどな」
「そりゃ……そうだけど」
会話が途切れ、二人は同時に溜め息をつく。
「まっ。どっちに転んでもなるようにしかならねぇな」
「そうだな。どっちに転んでも俺たち一般人にはなにもできねぇし」
響く声に勢いはなく、その男たちの表情もまた諦めに彩られていた。
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「おいッ、どういうことだ!!」
「なぜあのような者たちを勇者に選んだのだ!!」
「聞けばあの魔王という者。勇者共からひどい虐めにあっていたそうじゃないか。それをよく調べもせずに……罪は重いぞ、お前たち」
生き残った大聖堂の関係者。
その者たちが集められた収容所。
そこに、暴徒と化した人々が殺到していた。
皆その目の色を変え、鉄格子の向こう側に居る大聖堂の関係者に罵声を浴びせていた。
そんな人々に向け、白いローブを纏った女性は声を返した。
その身を震えさせながら――
「か、神様の御言葉を。きょ……教祖様がお受けになられ、そ、それで――」
その声を遮る、人々。
「神託を言い訳にするなッ、お前たちはいつもそうやって神という言葉を盾に都合の悪いことから目を背けていたな!!」
「そうだッ、ふざけるな!!」
「今回は世界が終わるかもしれないのだぞッ、お前たちにも責任の一端があることを忘れるなよ!!」
鉄格子を握り、人々は殺気を散らし興奮する。
そして、事態は起こってしまう。
「こいつらの首を魔王様に掲げッ、怒りを鎮めてもらおう!!」
「女であろうと容赦はするな!!」
「そッ、そんなことをして一体なんの意味があると言うのですか!? わたしたちの首を魔王に掲げたところで意味などありません!!」
両膝をつき、涙を流す女性。
しかし、人々は止まらない。
「まずはお前からだッ、綺麗事ばかり抜かしやがって!!」
「魔王様は穢れた身がお好きだからなッ、てめぇの身体も存分に穢して首をはねてやる!!」
「おいッ、鍵があったぞ!!」
収容所の番人を脅し、鍵を奪った人々。
「ひ……っ。お、お願いします……ど、どうかご慈悲を」
その女の懇願を踏みにじり、嗤う人々。
鉄格子の扉。
それを開け、人々は中へとなだれ込む。
そしてはじまる、地獄。
女はローブを剥がれ――
「まずは目玉から抉ってやる」
「はははッ、自業自得だ!!」
そんな狂笑の中で、凄まじい凌辱と拷問に晒される。
人々に囲まれ、悲痛な悲鳴と共に飛び散る鮮血。
その様は、この世の終わりの縮図にして人の持つ嗜虐心の体現でもあった。
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「いいのか、ペルセフォネ」
響く、ディランの声。
その声にペルセフォネは嬉しそうに応えた。
「えぇ、もう心は固まったわ。わたしは魔王側につく。セシルもそうでしょ?」
「……」
ペルセフォネの問い。
それにちいさく頷く、セシル。
その二人を見つめ、ディランはちいさく笑う。
そして――
「今回は魔王に正義がある。俺はあの一件からそう思った」
そう呟き、ディランはその拳を固める。
疾風勇者。
その勇者との一件を思いだす、ディラン。
そんなディランに、二人も続く。
「あんな勇者たちに世界は任せられない。今までの勇者様たちとなにもかもが違うもの」
「うん……今までの勇者たちとは、なにもかも違う」
ペルセフォネとセシルの思いのこもった声。
その声はどこか、儚げでもあった。
それにディランは同意し、最後に声を残した。
「まさか俺たちが魔王に正義を見いだすなんてな。“元勇者の仲間”だった俺たちがな」
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頬に跳ね返った血。
それを指で拭い、己の口に含む少女。
広がる生臭い鉄の味。
「……」
しゃがむ少女の眼下。
そこに転がるは、自分を虐めていた者たちの亡骸。
学園から逃れ、闇刃勇者に助けを求めてきた身勝手な人達の死体だった。
瞼を閉じ、クロエは思い出す。
脳裏に。これまでの出来事を。
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“「クロエ。良かったね、あんたから虐めのターゲットが変更されてさ」”
“「ジークに感謝してあげなよ。あいつが居なきゃあんたはまだわたしたちの玩具だったんだからさ」”
“「ほら、はやくそのバケツの水をこのゴミにかけなって。さもないとまたあんたをターゲットにしちゃうよ?」”
自分の足元。
そこで踞り震えていた、ジーク。
その背に、私は水をかけた。
虐めから逃れる為に。
自分がまた虐めの標的にならないように。
「……」
闇刃勇者。
勇者に選ばれたその少女は、しかしその目に光など宿ってはいなかった。
響く拍手と賛辞の声。
それはまるで、自分を嘲笑しているかのようにクロエの耳には届いていた。
“「やるじゃん、クロエ」”
“「まさかあんたが勇者に選ばれるなんてね」”
“「ははは。おめでとークロエ」”
肩のあたりまで伸びた黒髪。
透き通った白い肌。
植物の茎のように細い身体。
そのクロエの姿は、道端に咲く一輪の花のように可憐でまた哀愁に満ちていた。
“「クロエ。良かったらこの僕とパーティーを組まないか?」”
疾風勇者からの誘い。
それをクロエは受け、断った。
「独りで大丈夫」そう言い、クロエは独り旅を選んだ。
その胸の内に――
ジークに対する懺悔。
それを秘めながら。
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瞼を開け、クロエは胸に手をあてる。
そして、懺悔を繰り返した。
見捨ててごめんなさい。
その手を踏みにじってごめんなさい。
貴方を嘲笑してごめんなさい。
助けてくれたのに、裏切ってごめんなさい。
その思い。
クロエはそれを何度も繰り返し、立ち上がってその身を翻した。
月の光。
それに照らされた朧気な石畳。
そこに揺れるクロエの影。
それはまるで、魔王と同じ暗く重い闇で彩られていた。
***
闇刃勇者。
その姿を頭に浮かべ、ジークは独り小高い山の頂上から王都を見下ろす。
時は夜。
月光が王都を包み、まるでそこにひとつの世界があるかのようにジークの目にはうつっていた。
夜風に髪を揺らし、ジークはその瞳を深紅を瞬かせる。
所々から上がっている火の手。
それは、これから次第に大きくなる混乱の火種のようでもあった。
響く、悲鳴。
飛び交う怒号。
鳴り響く剣と剣とがぶつかり合う音。
その様々な音を聴きながら、魔王はゆっくりとその足を踏み出す。
“「……っ」”
クロエ。
その顔に慣れない笑顔をつくり、こちらを見下ろしていた元虐められっこの姿。
勇者に選ばれ。
そしてすぐに独りで旅に出た闇刃勇者。
「……」
ジークの意思はしかし、一切揺るがない。
これまでもそうしたように。
クロエもまた、そうする。
ジークにしてみればクロエも加虐者に変わりはない。殺すべき勇者に変わりはない。
そう内心で呟き、魔王は拳を固めた。
闇刃勇者の死。
それをその頭に思い浮かべながら。




