20
外から聞こえた音。
それを聞き、天空勇者はしかしその嗜虐を中断しようとはしなかった。
手足をベッドの柵にロープで縛られ、仰向けで大の字の格好に固定された幼い少女。
その小さな口には白い布が詰め込まれ、声が出ないようにされていた。
格好は下着姿。
少女が身につけていたであろう黒色のローブ。
それはベッドの脇に乱雑に転がっていた。
「……っ…っ」
囚われた子猫のように怯える、少女。
黒色の髪の毛は汗で湿り、その目は潤み、これから自分がされるであろう凌辱。
それを頭に浮かべ、小刻みにそのちいさな身体を震わせている。
その少女を見下ろし――
「いいわ、その姿。すごく弄び甲斐があるわね。魔法使いの素質はないけど……私の玩具になれる素質は十分にあるわ」
天空勇者は、そう言ってくすりと微笑む。
そして、汗が滲む幼い少女の身体を優しく撫で敏感な部分を指で刺激する。
「ん……っ」
頬を赤く染め、ぴくっと海老ぞりになる少女。
その反応に、ユーリアの心は更に踊る。
「いいわ、いいわ。もっと、わたしを楽しませてちょうだい。幼い魔法使い見習いさん」
声を発し、ユーリアはその懐から針を取り出した。
それを見つめ、少女は身を捩り、目から涙を流す。
だが、ユーリアは止まらない。
「うーん。まずはここから、刺してみましょうか」
上の下着を引きちぎり、露になった小さな胸へと照準を合わせるユーリア。
そして、少女の怯えを楽しみながら、その針をゆっくりと胸へと近づけて――
「随分と楽しんでいるじゃねぇか、天空勇者」
ユーリアの嗜虐。
それを遮ったのは、魔王の敵意のこもった声。
舌打ちを鳴らし、ユーリアは不満げに声のしたほうへと身体ごと向ける。
そのユーリアの侮蔑に満ちた視線。
それを受け、魔王は憎悪を募らせる。
「なんだその目は? 舐めてんのか?」
「それはこっちの台詞よ、被虐者。なにが魔王よ。ちょっと強くなったからって粋がらないでくれる?」
ユーリアはジークを鼻で笑い、続ける。
「見なさいよ、この鎧。これは伝説の装備なの。わかる? ありとあらゆる攻撃を防ぐ、この世界で最強の――」
「てめぇ自身は雑魚のままだろ。吠えるな、雌犬」
「……っ」
怒りを圧し殺す、ユーリア。
そのユーリアを、魔王は更に煽る。
「御託はいいからかかってこいよ、天空勇者様。それともなにか? この俺が怖いのか?」
「言ってくれるわね、被虐者。いいわ。そっちがその気なら、返り討ちにしてあげる」
光輝く剣。
それを腰から抜き、その刃先でユーリアはジークを指し示す。
「すぐに後悔させてあげる。覚悟してね」
「あぁ、楽しみだ」
ジークに向け駆け出す、ユーリア。
唇はつり上がり、その表情は揺るぎない自信に溢れていた。
だが、その自信は――
「次はてめぇが鳴く番だ、ユーリア。さて、どう弄んでやろうか?」
僅か数秒で絶望へと変わり、ユーリアはその剣と鎧を砕かれ、ジークによってその身体の自由を奪われていた。
「じ……ジーク。なに、なんなのよ。その……力」
「これが、魔王の力だ」
眼前で立ち竦む、ユーリア。
いや自由を奪ったその首を掴み、ジークは嗤う。
「まずは……そうだな、ココなんてどうだ?」
「ひぐっ」
逆手でユーリアの胸を掴み、ジークは吐き捨てる。
「てめぇは敏感なところが好きなんだろ? ならてめぇ自身で楽しんでろ、雌犬」
“ゆっくりと捻じ切れろ”
表明される、魔王の意思。
貫く鈍痛と、鋭い痛み。
それに、ユーリアは身を痙攣させ「ふぐ……っ」とその場で失禁してしまう。
「まだ終わりじゃねぇぞ」
呟き、魔王はユーリアの頬を強く張る。
それに呼応し、ユーリアはその口から聞くに耐えない自己弁護を垂れ流す。
「痛いッ、いたい!! どうして天空勇者のこの私がこんな目に合うの!? わたしはただッ、経験を積んでいただけなのに!! 無価値な命に価値を与えただけじゃない!!」
歯を食い縛り、痛みを堪え。
弱々しい瞳でジークを見つめる、ユーリア。
「あッ、貴方だってこうやって命を弄んで楽しんでいるでしょ? 一緒じゃないッ、このわたしと!! なにが魔王よッ、与えられた力で粋がらないでくれる!?」
その言葉と表情。
そこに天空勇者としての面影は既にない。
あるのは、勇者らしからぬ加虐者としての本性だった。
そして、ユーリアはひきつった笑みを浮かべ、更に言葉を続ける。
「ほッ、ほらジーク!! こ、ここでわたしを見逃してくれれば貴方はまだ変われる。わ、わたしが村のみんなに魔王のことを良く言えば――ッ」
“沈黙“
表明される、魔王の意思。
「……っ」
ユーリアは声を失い、身体を震わせる。
そのユーリアの腹。
そこにジークは、「感謝する。いい方法が思いついた」と呟き、拳を叩き込む。
「ぃ……ぐっ」
吐血し、ぽたぽたと口の端から血滴を垂れ流すユーリア。
それにジークは更に追い討ちをかけた。
「無価値だと罵った命。それに、てめぇの言う命の価値ってやつを見せてやれよ」
「……っ」
「今からあの娘の拘束を解く。そして、その手にこいつを握らせる」
ジークは床に転がるユーリアのナイフを手にとり、“錆びて刃こぼれしろ”と意思を表明。
その意思にナイフはボロボロに錆び切れ味が失われる。
ユーリアは、悟る。
顔から血の気を失せさせ、これからジークがしようとしていることを。
「少し待ってろ」
吐き捨て、ジークはユーリアに足払いをかける。
転倒し、床に伏せるユーリア。
その身体を爪先で仰向けにし、ジークはベッドへと意識を向けた。
そしてその側まで歩み寄り、震え怯える少女の頭を優しく撫で、拘束を瞬きひとつで消滅させる。
少女はその身を起こし、魔王を見つめる。
その目は未だ、涙で潤んでいた。
ジークはその少女に、「こいつで好きにやれ」そう声をかけ、手に持った錆びたナイフを手渡す。
それを受け取り、少女はしかし、「……っ」と震え泣きじゃくるのみ。
その少女に、ジークは伝える。
「今からあの勇者様に全てを話してもらう。これまで自分がしてきたことをな」
「してきた……こと?」
「あぁ」
頷き、魔王はユーリアへと視線を固定。
そして、“天空勇者は真実しか話せない”という意思を向けた。
瞬間。
「わ、わたし。ユーリアは、経験を積む為に盗賊と手を組み無価値な命を実験と称して虐め殺しました。これまで何人も虐め殺しましたがまだまだ足りません。ですのでこの勇者の地位を利用して、これからも頑張っていきます」
ユーリアの口。
そこから抑揚なく紡がれた言葉。
しかし、そんな無感情な声音と反比例するようにユーリアの表情はこれでもかとばかりに強張っている。
「あ……あんなちゃんも? あんなちゃんも、ころしたの?」
「はい、随分といい声で鳴いてくれましたよ。特に下半身をナイフで弄んでいる時には嬉し涙を流していましたね」
「……っ」
少女はナイフを握りしめ、ユーリアへと幼い憎しみを向ける。
そして、ベッドを後にし。
ふらりふらりとして足取りで、ユーリアの元へとその歩みを進めていく。
立ち止まり、ユーリアを見下ろす少女。
その頬には涙が伝い――
“「お互いに見習いだね。わたしは冒険家で貴女は魔法使い。いつか成長したら、一緒に冒険しようね」”
花のように笑うアンナの姿。
それを、少女は思い出す。
「あんなちゃんを……あんなちゃんを、かえせ」
「無理です。もうこの世には居ませんから」
ユーリアはなんとか嘘を言おうとする。
だが、魔王の力がそれを許さない。
振り上げられる、錆びたナイフ。
少女はユーリアに馬乗りになり、それを振り下した。
飛び散る、鮮血。
ユーリアは、悲鳴をあげ「赦して」と懇願した。
少女に向け、声の限り。
だが、少女は止まらなかった。
何度も振り下ろされる、錆びたナイフ。
それは、少女の憎悪を体現するかのように一切の慈悲もなかった。
「はぁ……はぁ」
血だらけになったユーリア。
それを見つめ、少女はその手からナイフを落とす。
その少女の表情は憔悴しきっていた。
「……っ」
ユーリアの意識と命。
それはまだ失われない。
なぜなら、魔王の眼差しがソレを許さなかったからだ。
少女の背後。
そこに歩み寄り、ジークは震える少女の頭に手を載せる。
そして――
「後は、俺に任せろ」
そう呟き、少女の記憶をアンナの思い出もろとも消し去った。
***
村の中央広場。
そこに、天空勇者はロープで縛られ正座をさせられていた。
そしてその眼前には、鍬や棍棒を握る人々の姿。
それは、天空勇者によって、大切な人を奪われた被害者の面々だった。
「よくも俺の娘を」
「返して……返してよ」
「なにが勇者だ。お前こそ悪魔だ」
「わッ、わたしを信じて!! わ、わたしは天空勇者!! 魔王から世界を救う存在なのよ!!」
叫ぶ、ユーリア。
「わたしがあんなひどいことをするわけないでしょ!? まッ、魔王の仕業よ!! だからはやくこのロープを解きなさいッ、はやくするの!!」
「自分から殺ったとほざいておいて今更なにを言っている!!」
「ちッ、違う!! あれは私の本心じゃない!!」
響くユーリアの声。
その声を、民家の屋根の上。
そこに腰を下ろし聞く魔王。
”真実を言え“
ユーリアに視線を固定し、ジークは意思を表明。
それと呼応し――
「私、ユーリアは経験を積む為に無価値な命を弄びました。反省なんてしません。だって、私は勇者ですもの」
ユーリアは涙目で声を発した。
それを受けて、人々はユーリアの側に憎悪を露にし近づいていく。
そして、それぞれの武器を強く強く握りしめ。
「此度の勇者は悪魔だ」
「そうだ。こんな勇者に世界を託すわけにはいかない」
「こいつがそうしたように。わたしたちもこいつを弄んで虐め殺してやろう」
声を響かせ、ユーリアを嘲笑した。
天空勇者の顔。
その顔は抗いようのない絶望に彩られている。
一斉に振り上げられる、人々の憎しみという名の武器。
そして、はじまる虐め。
つんざく、ユーリアの絶叫。
魔王はその様を愉しそうに鑑賞し、パチパチと拍手を響かせた。
***
晒し台。
そこに、置かれた天空勇者の首。
その表情は苦痛と絶望に歪んでいた。
そして、それはまるで――
これから迎える世界の結末。
それを予期しているかのようだった。




