19
ひっそりと佇む民家。
その中。奥の部屋の本棚。その後ろの隠し階段。
その先に、倉庫という名の地下室がある。
ジークは魔王の力をもってそれを知り、足取り軽くそこへと向かっていた。
そして、その民家の前にたどり着いたジーク。
結界が施された家の扉。
それを有無を言わず蹴り飛ばし――
「……」
本能をもって、室内を見渡した。
人は居ない。
いや、違う。
「出てこい、勇者の協力者」
忌々しげに吐き捨て、一見してなにもない空間へと視線を固定する。
そんなジークの声。
それに、反応するを示したのは愉しそうな男の声だった。
「おやおや。まさか、見つかってしまうとは」
揺らぐ空間。
そして、その揺らぎから姿を現したのは、長身の漆黒に包まれた男――盗賊だった。
「驚いたな。この気配遮断を見破る存在が居るなんて……流石、魔王ですね」
拍手を送り、ガルシアはジークを見つめる。
そして――
「ですが、見破るだけでは意味がありませんよ?」
ガルシアは誇らしげに笑い、トンッと足を鳴らす。
刹那。
消える、ガルシアの姿。
否、その圧倒的な速さをもってジークの視線から姿を眩ませたといったほうが正しいか。
だが、魔王の殺気は崩れない。
ちいさく息をつき、その瞳に闇を揺らめかせ呟く。
「羽虫。この俺にまとわりつくな」
「言ってくれますねッ、ははは!!」
ジークの背後。
そこに回り込み、その懐から鋭い短刀を抜くガルシア。
その表情は獲物を捕らえた狩人のように高揚していた。
標的へと接近する、ガルシア。
「この速さに反応できない分際でなにをほざいて――ッ」
いるんですか。
そう言い切る前に、魔王は鬱陶しげに後ろを仰ぎ見る。
そして――
「消えろ、羽虫」
そう声を発し、身体を反転。
眼前に迫ったガルシア。
その顔面を正面から鷲掴みにし、勢いよく投げ飛ばす。
「な――ッ」
破壊された扉。
ガルシアはそこから外へと、放り出される。
そして何度から転がり、仰向けに倒れ。
「く……くそッ。この俺が、この俺が!!」
そう叫び、再び立ち上がろうとした。
しかし、見下ろすように魔王がそこに現れる。
ガルシアはなおも威勢よくジークを睨み付け、耳障りな声を張り上げた。
「この俺をッ、この盗賊を舐めるなよ!!」
「……」
「お前などこの俺の手にかかれば――ッ」
「……」
一切反応を返さず、ジークはそのガルシアへと手のひらをかざす。
その瞳には、慈悲など微塵もない。
そして表明される魔王の意思。
「潰れろ」
瞬間。
「なにをほざいて――ッ」
ガルシアの身体の内。
そこからグシャッとなにかが潰れる音が響く。
そして、口から漏れる赤黒い血。
ガルシアは目を見開き、絶叫。
だが、ジークは止まらない。
「まだ、声をあげれるか。次はその喉と肺を潰して不愉快な声が出ねぇようにしてやる」
嗤い、魔王は更に意思を表明。
ガルシアはそれと呼応し、肺を潰され喉を潰され咳すらもできずにその身を痙攣させる。
「次は胃だ」
響く、ジークの声。
そこには、ガルシアに対する嫌悪と殺意しか宿っていなかった。
「惨めだな、おい」
ガルシアの腹。
そこを踏みつけ、ジークは更に言葉を続けた。
「あの勇者に手を貸した時点でてめぇは魔王の敵だ。強い者に巻かれ。そして弱者を踏み台にし、上に立ってやろうって魂胆だっただろ? はっ。巻かれる相手を間違えたな、羽虫」
「……っ」
己の心を見透かされ。
ガルシアは悔しげに、魔王を見上げる。
天空勇者。
“「貴方、わたしとパーティを組まない?」”
そう言って、ユーリアはガルシアに微笑んだ。
“「わたしはどんな手を使っても経験を積む。魔物の命と人の命。どっちをとっても得られる経験は同じ。だって、そうでしょ? 両方とも価値なんてない命なんだから」”
勇者らしからぬ勇者。
あんたと組めば、俺は――
もっと上にいけると思った。
勇者の仲間。
その地位を利用して、もっと高みにいけると思った。
“「あぁ、よろしく頼む。盗賊として、やれることはなんだってやってやるよ」”
そんな、ガルシアの歪んだ思惑。
それを、こちらを見下す魔王は完膚なきまでに打ち砕いた。
「まだ、腹が少しかたいな。踏み心地が悪い」
響く、ジークの声。
それに反応し、ガルシアの表情が強張る。
それを冷酷に見定め――
「もっと柔らかくしねぇとな」
そう淡々と呟き、ジークは再び“潰れろ”と意思を表明する。
そしてその対象は、ガルシアの内臓全てだった。
「ご……っが…ぼ」
「このぐらいが丁度いい。いい感触だ」
魔王はぐっと足に力を込め、ガルシアの腹を圧迫する。
それに合わせ。ガルシアの汚れた口から溢れるは、潰れ液状と化した臓器と粘度の強い赤黒い血肉。
「さっさと上にいけよ。自分の命を踏み台にしてな」
「ぁ……が」
「じゃあな、羽虫。天空勇者もすぐにてめぇの後を追わせてやる」
吐き捨て、ジークはトドメとばかりに足を振り上げ――
力の限り振り下ろす。
「――ッ」
ガルシアは勢いよく己の中身を吐き出し、その目から一切の光を無くす。
そして、一度ちいさくその身を痙攣させ、その命を散らした。
その様を見届け、魔王は天空勇者へとその意識を向ける。
これはほんの前戯。
本幕は、これから。
魔王は、胸の内で嗤う。
そしてジークは身体を反転させ、再び家の中へと向かう。
一点の曇りもない復讐心という名の焔。
それを、その心の奥にゆらゆらと燃やしながら。




