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「まさか俺が勇者に選ばれるなんてな」
「選ばれるべくして選ばれたんだよ。だって、アレンくんはすっごく強くてかっこいいし」
「成績はトップクラス。魔法と剣術の腕も学園でNo.1のお前が選ばれなきゃ誰が選ばれるって話だよ」
「どうせ今回も勇者様の勝ちでしょ? 魔王なんてカタチだけの雑魚なんだし」
夕闇迫る教室。
そこに、焔勇者に選ばれたアレンは居た。
複数人の女子生徒に囲まれ、羨望の眼差しを受けながら。
「勇者なんて俺にはおそれ多い。まだまだそんな器じゃないからな」
アレンはそう言いつつも、まんざらでもない様子だった。
「でもまぁ。選ばれちまったのなら、やるしかねぇよな」
「謙遜してるところもかっこいいー」
「はやく魔王を倒して英雄様になってほしいよ」
「なれるよ。アレンくんなら絶対に」
「ははは。ならはやく期待に応えないとね」
笑い。
アレンは、女子たちを抱き寄せる。
女子たちは頬を紅く染め、アレンの抱擁を受け入れた。
勇者様。
後に英雄になるであろうアレン。
その者の抱擁を拒否できる者など、この世に居ない。
だが、その甘ったるく緩和した空気を打ち砕く――
ガラッと扉が開かれる音。
アレンと女子たちの視線。
それが一斉に、扉のほうへと向けられる。
果たして、そこに佇んでいたのはこの場に最も似つかわしくない人物。
「……」
無言で、アレンを見据えるジークだった。
女子たちはジークを見るなり明らかに嫌悪をあらわにする。
そして――
「なに? 誰かと思えばゴミクズジークじゃん」
「まだ帰ってなかったの? 消えてよ、はやく」
「あーあ、気分が削がれちゃったな。お詫びとして、あんたに土下座してもらおっかな?」
口々にジークを罵り、嘲笑。
続くはアレンの高らかな笑い。
「ははははッ、なんだよジーク!! 勇者様のこの俺になにか用か!?」
だが、ジークは動じない。
代わりにゆっくりとその女子たちに視線を巡らせる。
女子たちは嗤う。
いじめられっこのジークを嗤い続ける。
アレンもまた笑う。
自分とは正反対の落ちこぼれで人生の負け組に陥ったジークを笑い続けた。
その嗤いと笑い。
それをジークの呟きが、打ち払う。
「一人残らず殺ってやる」
ジークの瞳に瞬く深紅の輝き。
そして、始まるは蹂躙。
ジークは決して、許さない。
決して、奴らを許さない。
苦しめ殺ってやる。
お前らがそうしたように。
俺も、お前らを虐めてやる。
女子たちはジークを舐めてかかる。
それもそのはず。
なぜなら、ジークはジーク。
虐められるしか能のないゴミクズに怖じ気づくことなどない。
ジークの呟きに気づかず、いつもの嘲笑をたたえ女子たちはジークへと歩み寄っていく。
「ねぇ、ジーク。あんたってほんと、空気読まないよね」
「さっさと消えろって。それともなーに? もしかして、またゲロ吐いて倒れたいの?」
「やだー。きたない、臭い、目障り」
拳を固め。或いは、魔法を唱えようと手のひらをかざし。
女子たちはジークへと“いじめ”を行おうとする。
その様子を、アレンは薄ら笑いを浮かべ見つめる。
焔勇者に選ばれた自分と。
虐められることしかできない底辺のゴミ。
その対比に優越感を抱き――
「おーい、あんま派手にやんなよ。まっ、止めねぇけどな」
アレンはジークの哀れな姿を鑑賞しようとした。
そして、女子たちがジークの眼前に歩み寄った時。
“それ”は、起こってしまう。
「……」
ジークは無言で、女子たちを見つめる。
魔王の瞳で、力を持たぬ人間風情を見定める。
「なにその目?」
「おい、なにガン飛ばしてんだ?」
「てめぇらは許さない」
「はぁ? ジークさぁ、あんたなに言って――」
女子の一人が言い終わる前に。
ジークの漆黒を帯びた拳。
それが、先頭に居た女子の一人の顔面を叩き落とすように振り下ろされる。
「――ッ」
べきっという音と共に、床へと叩きつけられる女子。
そして、同時に響く「ぁ……っぐ」という苦痛に満ちた呻き声。
残り二人の女子たちは顔色を変え、声を張り上げた。
「じッ、ジーク!! て、てめぇ!!」
「クズの分際でふざけるんなよッ、マジで!!」
「……」
しかし一切動ぜず、ジークは仰向けに倒れた女子の腹を踏みつける。
そして――
「次はてめぇらだ」
そう吐き捨て、女子を踏みつけた足に更に力を込めていく。
「ぃ……ぐ」と漏らす女子。
「ジークの癖に!!」
「黙って虐められてりゃいいんだよッ、このゴミ野郎!!」
罵倒し、汗を散らしながらジークへと魔法を発動させようとする女子二人。
だが、その女子二人が魔法を発動させる前に。
ジークは二人に手のひらをかざし――
「闇炎!!」
闇属性最上級魔法を発動させる。
ダークフレア。
発動者が意識した相手のみを喰らう、闇の炎。
ジークの頭に“容赦”の二文字はない。
あるのは、“復讐”という名の二文字と目の前のいじめっこ特に勇者に対する純粋な殺意のみ。
揺らぐ、魔王の瞳。
響くは、ジークの嗤い声。
「はははッ、あははは!!」
そのジークの嗤いに呼応するのは、女子たちの叫び。
闇の炎。
それに包まれた自身の身を抱え――
「あづぃッ、ぁぁあっ!!」
「だずけでッ、アレン!! だずけで!!」
苦痛に満ちた心地のよい悲鳴。
それを響かせ、アレンのほうへと駆け寄っていく二人の女子。
「あづいッ、あづいよぉ!!」
「助けてやれよッ、勇者様!! はははッ、はやくしねぇと丸焦げになっちまうぞ!?」
「じ、ジーク……お、お前」
動揺するアレン。
その勇者風情に声をなげかけ、ジークは同時に足下の女子へと視線を落とす。
その視線を受け、かちかちと歯を鳴らし震える女子。
その表情に、先程までの余裕は一切ない。
あるのは、ジークに対する――
「ごめんなさいッ、ごめんなさい!! ゆ、許してジーク。わ……わたしはただ、みんなに流されて仕方なく貴方をいじめていたの。ほッ、ほんとは嫌だったの!! 信じてッ、信じてください!!」
途方もない畏れのみ。
「ゆ、許してくれたら……その、なんでも――」
「なら、たっぷり虐めてやる。すぐに楽になれると思うなよ? 俺がそうやっててめぇらに許しを乞うた時、てめぇらは笑って俺を虐め続けた。そうだよな? なぁ?」
「……っ」
「舐めるなよ? 加害者の分際で被害者ぶってんじゃねぇぞ」
ジークは吐き捨て。
更に強く、ぐりぐりと女子の腹を踏みつける。
「あぐっ、いぎ……ぃ」
「いい踏み心地だ。そのまま鳴いてろ、クソアマ」
鼻で笑い、再びアレンへと意識を向けるジーク。
二人の闇焔に包まれた女子生徒。
その女子生徒に向け――
「ゆ、ゆ、勇者に選ばれたこの俺にできないことはない」
そんな震え声をかけ、アレンは虚勢を張っていた。
「……ッ」
「ぁ……っい……たすけ……っ」
アレンの眼前。
そこで、声を出す気力も立ち上がる気力さえも失い踞る二人の女子。
その姿に、アレンは更に我を失ってしまう。
「お、俺は焔勇者。この程度のッ、このぐらいの試練なんて簡単に乗り越えてみせるさ!!」
手のひらをかざし。
「じゃ……邪悪なる炎ッ、勇者の名の下に消え去れ!!」
叫ぶ、アレン。
「消え去れッ、消えてくれ!! ゆゆゆ勇者の名の下にッ、今すぐ消え――ッ」
「消えるのはてめぇだ、アレン。いや、勇者様って言われたほうがうれしいか?」
ジークの言葉。
そこに込められているのは、アレンに対する憎悪。
そして、そのアレンを捉える瞳。
そこに揺らぐのは、“魔王”としての力の奔流だった。