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「ゆ、勇者様。私、勇者様の力になれて嬉しいです」
少女はそう言って、天空勇者の手のひらを握った。
“「君には勇者様のお供になる資格がある」”
辺境の冒険家ギルド。
その活気のない広場。
そこで少女は、ガルシアという名の男にパーティの誘いを受けた。
自分はなんの取り柄もない駆け出し冒険家。
そう思い込んでいたアンナは、そんな優しい男の言葉を健気に信じ、男の誘いに応じ、天空勇者の元へと連れていってもらった。
天空勇者。
“「アンナ。これからよろしくね」”
その笑顔に、アンナは惹かれ――
「次は、ここを引きちぎってみましょうか」
ぐちゃりと、アンナの下半身から引きちぎられるちいさな肉片。
それと呼応し、全身を痙攣させ白目を剥くアンナ。
「ぁ……ぐっ…ぎぃっ」
「いい反応ね。ふーん、年頃の女の子って敏感な場所が多いんだ」
返り血。それを頬に受け、ユーリアは笑った。
その笑いを、アンナは虚ろな瞳で見つめ、己の愚かさと弱さを悔いた。
溢れる、アンナの涙。
その涙に、ユーリアは微笑んだ。
「貴女のような価値のない命。それが私の糧になるんだから、よかったじゃない」
「……っ」
「その涙って嬉し涙? ならもっと、実験してあげよっか」
ナイフを手にとり、ユーリアは嗤う。
その嗤いは、勇者のソレではなく嗜虐に堕ちた加虐者のソレだった。
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「もっと実験体をちょうだい。このままじゃ、私は強くなれないわ」
とある地下室。
ゆらゆらと揺れるランプの光。
それに照らされ、朧気に浮かぶ薄暗い室内に、知的な声が響いた。
「そうね……次はもっと若くてイキのいい女の子を寄越して。それが無理なら、男の子でも構わないけど?」
自らの雪のように白い髪の毛。
その肩のあたりまで伸びた髪を手櫛で流し、天空勇者はくすりと笑う。
整った顔立ちに、細められた両目。
ユーリアの引き締まった身体。それを覆う、白銀の光輝く鎧。
その装備は明らかに、“伝説の装備”のひとつだった。
そんな、愉しそうなユーリア。
それに、黒の軽装に身を包んだ長身の男は、声を返す。
「かしこまりました。それで、天空勇者様が経験をお積みになることができるのなら」
恭しく頭を下げるは、盗賊。
その俊敏さは、この世界で最も速いと言われるほどの実力の持ち主。
「ふふふ。盗賊、私は貴方とパーティを組めてほんとによかった。他のみんなもこんないい仲間をはやく見つけることができれば……死ぬことなんてなかったのに」
焔。水。雷。風。光。地。
六人のユーリアの元友人にして勇者。
その惨めな死をシリウスから聞かされた時、ユーリアはなぜか悲しいとは思わなかった。
なぜなら――
「魔王。あの元いじめられっ子があそこまで強くなるなんてね。でも、経験さえ積む時間があればみんな被虐者には負けなかった」
ユーリアは、六人の死を自業自得だと思っていたからだ。
「どうせ慢心してたんでしょ? 相手がジーク。自分たちは絶対に負けないって」
呟き、ユーリアはガルシアに意識を向ける。
ガルシアは頷き、応えた。
「天空勇者様の仰る通りでございます」
頷き、ガルシアは更に言葉を続ける。
「このわたしがユーリア様のお側にお仕えした以上。魔王は、天空勇者様に勝つことなどできません」
それに、ユーリアは満足げに、「魔王。あの弱虫は私が倒してあげる」そう声を発し、その桃色の唇をつり上げた。
天空勇者。
その力を極めれば、自在に天候を操ることができる勇者。
嗤う、二人。
その嗤いは、純然たる悪意で満ち溢れていた。
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「ま、魔王。魔王の仕業だ」
「なんてひどいことを……これで、何人目だ?」
「くそっ。なぜこんなことに」
路地裏。そこに転がる蝿のたかった少女の死体。
それを見つめ、人々はその顔に不安を募らせた。
腹を裂かれ、内臓を弄ばれたであろう少女。
その目は虚ろに染まり、その幼い頬には幾筋もの涙の痕が刻まれている。
「それにしてもこんな辺境の村まで――」
「なにを言っている? あの魔王だぞ。既に何人もの勇者を無慈悲に葬ってる存在。そんな奴からしてみれば辺境だとかそんな理由は通じないだろ」
「あ、あぁ。それもそうだな」
人々は頷き、次は我が身という心境でごくりと息を飲む。
そんな人々の輪。
それを遠目で見据え――
「……」
ジークはその瞳に闇を揺らす。
天空勇者
その姿を捕捉し、ジークはこの村へと転移を果たした。
辺境であろうと。
地の底であろうと。
海の底であろうと。
魔王の力は、決して勇者を逃がさない。
ジークの脳裏。
そこに甦る、ユーリアの悪意。
ジークは瞼を閉じ、それを思い出した。
***
“「命の価値。それは平等ではないわ。ジークの命とわたしの命。それが同じ価値だと思う? 口では皆、綺麗事を言うけど……わたしはそうだとは思わない」”
”「……っ」”
放課後。夕闇に満たされた教室。
そこでジークは、ユーリアとその取り巻きに囲まれ嘲笑されていた。
“「ねぇ、ジーク。貴方の命の価値って――虫けら以下。そうよね? だってジークが死んでも誰も悲しまないでしょ? 貴方の親も残念ね。まさか自分の子がこんな失敗作で……あっ、だから貴方を置いて先に死んじゃったんだ」”
“「……」”
言葉を発せず。
涙を堪え、ジークはその場で俯くことしかできなかった。
ジークの親。
その大切な存在は、“なにか”に追い詰められ、その心労がたたり若くしてこの世を去った。
震えるジーク。
その髪を引っ張りあげて顔をあげさせ、ユーリアは愉しそうに吐き捨てた。
“「なに、泣いてんの? 悔しいの? 無価値のあんたの自業自得でしょ? はははっ。なら、さっさと死んだらいいんじゃない? どうせ、無価値な命なんだからさ」”
***
瞼を開け、ジークは己の拳を固める。
無価値な命。
そんな言葉を吐いた天空勇者。
その姿を噛み締め――
無価値なのはどちらか。
それをこの魔王がはっきりしてやる。
そう内心で呟き、滲む漆黒と共にその身を翻すジーク。
その魔王の背中。
そこに向けられていた、少女の虚ろな瞳。
実験と称されユーリアに虐め殺された幼い命。
“「貴女のような価値のない命。それが私の糧になるんだから、よかったじゃない」”
既にアンナの小さな命はそこには無い。
だがその目の端には、涙という名の水滴。
それが、確かに溜まっていた。




