17
「おーいッ、お前ら!!」
ジークは声をあげる。
ゴウライの姿で、その声までも全く同じにして。
仲間たちはその声に反応し、一斉に意識をジークとゴウライへと向ける。
「あッ、ゴウライさん!!」
「随分と遅いじゃないですか。一体なにをしてるんですか?」
「はやく戻って――」
飲みましょうよ。
そう言い切る前に、仲間たちは気づく。
いや、気づいてしまう。
ゴウライの足元。
そこに情けなく膝をつき震える、ジークの存在を。
仲間たちの表情。
そこに、活気が宿る。
そして、各々その武器を強く握りしめ鼻息を荒くした。
「ゴウライさんッ、もしかしてその情けない奴は――」
「おうッ、たった今俺に敗れた魔王って野郎だ!! この野郎ッ、俺たちの恩も忘れて攻撃してきやがってよ!! あまりに恩知らずだからよッ、俺が軽くいなしてぶん殴ってやったらこのザマだ!!」
ゴウライ。
その姿に変わったジークは盛大に笑う。
そして、続ける。
「てめぇらもこの恩知らずを痛め付けてやれッ、なんたって魔王だ!! じっくり弄んでその首をとったとなりゃこの世界の救世主として一生遊んで暮らせるぜ!!」
ジーク。否、その姿になったゴウライ。
それを冷酷に見下ろし、仲間たちの勢いという名の火に油を注ぐ魔王。
仲間たちの目。
そこに宿る、嗜虐の感情。
「弄んでやろうぜ。あの恩知らずをな」
「へへへ、なにが魔王だ」
「流石、堅牢勇者さんだぜ。あの魔王を拳一発で沈めてしまうなんてな」
口々に声をこぼし、小走りにジークとゴウライの元に駆け寄ってくるゴウライの仲間たち。
その姿を仰ぎ見。
「やッ、やめてくれ!! 俺はジークじゃない!! ゴウライだッ、堅牢勇者のゴウライだ!! 殺るならこの俺の姿になったッ、魔王を殺れ!!」
本物のゴウライは懸命に叫ぶ。
それこそ、死に物狂いで。
だが、仲間たちは止まらない。
ジークの姿になったゴウライ。
その膝をつき震える弱者を取り囲み、薄汚い嗤いを響かせる。
「はははッ、なにイカれたことをほざいてんだ!!」
「舐めるなよッ、被虐者!!」
「ゴウライさんッ、こいついたぶって殺ってもいいですか!?」
仲間たちの興奮。
それを受け止め、魔王は頷く。
その顔を愉悦に踊らせ――
「あぁッ、やってやれ!! じっくり弄んで殺してやれ!!」
そう声を響かせ、仲間たちに虐めの許可を下す。
本物のゴウライはなおも抵抗しようとした。
だが、その抵抗虚しく。
仲間たちの狂刃。
それがその身に、急所を外して突き立てられた。
「おい、ジーク。どうだ、痛いか?」
槍で耳を突き。
「はははッ、なにか喋れよ!!」
矢の先端で口を抉り。
「やっぱ、弱者をいたぶるのは最高だな。こんな雑魚に他の勇者様たちは敗れたのかよ? はっ、お笑いもんだぜ」
ローブ越し。
そこから、剣で背を刺す。
ゴウライが身につけていた漆黒の鎧。
それはジークの力により、漆黒のローブに変わってしまっていた。
「ぃ……ぐっ」
痛みに悶え、ゴウライは声にならぬ叫びを響かせることしかできない。
その叫びは更に彼らの嗜虐心をくすぐり、ますますその歪んだ笑みを濃くしていってしまう。
そして――
「なぁなぁ、凌遅刑って知ってるか?」
「あぁ、知ってるぜ。昔とある国で行われた処刑方法だよな?」
「それ、このゴミくずジークでやってやろうぜ」
そんな言葉を響かせ、その顔から笑みを消す面々。
凌辱刑。
それは、生きたまま少しずつ肉を削ぎ落としゆっくりと苦痛を与えながら罪人を拷問し処刑する刑の名前。
その単語を聞き、「やっ、やめろ!! もッ、もうやめてくれ!!」と、懇願するジークの姿をしたゴウライ。
だが、仲間たちは嗤うのみ。
「ローブが邪魔だな。脱げよ、ジーク」
「脱げって、はやく」
無理矢理ローブを剥ぎ取り、仲間たちはゴウライに肌を露にさせる。
そして始まる、狂喜。
「ぎ……ぃ」
己の肉が削がれる音を聞き、虚ろな瞳になるゴウライ。
ジークはその様を、ただ鑑賞する。
なにをするでもなく――
「……」
ただの一言も言葉を発することもなく。
嬉々として“ジーク”の姿をしたゴウライを虐め弄ぶ、ゴウライの仲間たち。
その姿は、かつて被虐者が見た残虐な加虐者たちの姿そのものだった。
「見ろよ、この無様な姿」
「ジークらしい姿だなッ、ははは!!」
「ゴウライさんもッ、ほら!! 見てくださいよ!!」
「ぁ……っ…ぎ」
パクパクと口を開閉し。
自我を崩壊させ、涎を垂れ流すゴウライ。
その姿を見下ろし、魔王は小さく声を溢す。
「どうだ、ゴウライ。自分の仲間だと思っていた奴に弄ばれた気分は?」
「……っ」
「言葉にならねぇだろ?」
「ぁ…ぎ……ぐ」
涙を流し、ジークを見上げるゴウライ。
その眼差しをジークは鼻で笑い、堅牢勇者を意気揚々と弄んだ仲間たちへと意識を向ける。
そして――
「さて、余興はここまでだ」
そう声を響かせ、パチンッと指を鳴らす。
ゴウライの仲間たちは目を丸くし、ゴウライの姿をしたジークを何事かと見つめる。
「余興はここまで?」
「ゴウライさんなにを言ってんですか?」
「はやくこのゴミを始末して世界の救世主に――」
「なれるとでも思ってんのか? 堅牢勇者をその手で弄んだ仲間の皆さん」
響く声。
それに一瞬で、その表情から生気を失せさせるゴウライの仲間たち。
自分たちの前。
そこに佇んでいるのは、堅牢勇者ではなく――
「いい見世物だったぜ、お前ら」
そう言って嗤う、魔王その者だった。
「……っ」
ゴウライの仲間たちは身を震わせ、ごくりと息を飲む。
自分たちがやったこと。そして、その後悔をその胸の内で渦巻かせながら。
そんな彼らを見つめ、魔王はゆっくりと、その手のひらを握り拳をつくる。
明確な敵意と殺意。
それをその瞳に宿しながら。
仲間たちは、そんな魔王から逃れようとした。
「じ、ジーク。ゴウライを殺ってやったんだから見逃してくれよ」
「そ、そうだぜ。こいつのこと、憎んでたんだろ?」
「は……ははは。ジークいや、魔王様。お、俺らみたいな小物を潰したところでなんの意味がある?」
その顔に汗を滲ませ、じりじりと後退する面々。
その様は“自分たちは悪くない”という自己肯定に染まる、幼稚な子供そのものだった。
だが、ジークにそんな言葉は通じない。
「いい余興を見させてくれた。その感謝として。一人残らず殺ってやる」
響く、声。
そして魔王は拳に、漆黒を纏わせた。
「魔王の目的は勇者の死。だが、被虐者の目的はてめぇらが苦しみ悶え後悔し、そして死ぬことだ」
吐き捨て、ジークはゴウライの仲間たちの眼前にその身を転移させる。
仲間たちは、逃れようとその身を翻し――
「一匹目」
短い声。
その余韻が消えぬうちに、剣をもった男の頭がジークによって鷲掴みにされる。
「たっ、助け――」
言い終える前に、ジークは一切の躊躇い情けもなくその男の頭を握りつぶす。
飛び散る血肉。
それを踏みしめ、ジークは槍を握った者へと視線を向ける。
「くッ、くそ!! こうなりゃ刺し違えてでもやってやる!!」
虚勢を張り、槍の矛先をジークに向ける男。
その矛先は震え、男の恐怖を如実に表していた。
「……」
淡々と。
ジークはその矛先をつまみ砕き、槍を掴む。
そして、それを男ごと軽く持ち上げ――
「二匹目」
そう呟き、槍ごと男を上に放り投げ着地の瞬間に腹から串刺しにする。
ジークはその血を浴びながら、「ひぃっ」と声をあげる弓を持つ男を見定める。
「三匹目」
呟き、ジークは「闇炎」と意思を表明し、男を炎に包む。
あがる絶叫。
それを聞き、ジークは最後に「四匹目」と声をあげ、ゴウライの元へ転移し――
その冷酷な眼差しをもって、自我を失ったゴウライの頭を勢いよく踏み潰した。




