16
光の漏れる、酒場。
その暗闇の浮かぶ光源。
それを視界におさめ、魔王は“堅牢勇者“の気配をその身に感じる。
数は4人。
中から聞こえる、豪快なゴウライの笑い声。
その笑い声に、ジークもまた頬をほころばせた。
その身に魔王の闇をたぎらせながら。
「ちょっくら小便してくるぜ」
「ゴウライさん。飲み過ぎですよ」
「はははッ、すぐに帰ってきてくださいね!!」
「おうよッ、まだまだ飲みたりねぇからな!!」
響くゴウライとその仲間の声。
その声にジークは呟く。
「出てきたところを殺ってやる」
そう呟き、ジークはゆっくりとその手のひらをかざす。
“「おい、ジーク。俺たちに感謝しろよ。庇ってやったんだからな」”
ジークの脳内。
そこに甦る、善意の皮を被ったゴウライの姿。
感謝してやるよ、ゴウライ。
その礼といってはなんだが、この俺が被虐者としてきっちり借りを返してやる。
漆黒の魔力。
それが球体を為し、赤い稲妻と共に周囲を赤黒く染める。
それはまるで、これからはじまる魔王の蹂躙を空間が畏れているかのようだった。
落ちる、稲妻。
唸る、暴風。
つり上がった、ジークの唇。
そして、ついにその時はやってくる。
「ふぃー……とっとと用を足して――」
その声の余韻。
それが消えぬ内に、ジークは球体を撃ち放つ。
ゴウライは、「えっ?」と目を見開き、迫る球体を見つめることしかできない。
だが、その球体はゴウライの眼前でジークの意思――瞬殺はしない―――により霧散。
同時にジークは声を響かせた。
「よぉ、ゴウライ。礼を言いにきてやったぜ」
「……っ」
ゴウライはその場で立ち竦み、ジークを見つめる。
距離にして、数メートル。
だが、ゴウライの表情は畏れに満ちていた。
ジークは、嗤う。
「おい、どうした? 随分と覇気がねぇな」
一歩。
ジークはその漆黒を帯びた足を踏み出す。
「あの時は俺を虐めから庇ってくれてありがとな。その礼として、そのゴミみてぇな命を弄んでやる」
「じ、ジーク。俺たちの恩は覚えているよな?」
ゴウライは魔王に、問いかける。
その顔に、下手くそな笑みをたたえて。
「あッ、あの時!! 俺たちが止めてなかったらジークはもっとひどい虐めに――」
あっていた。
そうゴウライが言い終える前に、ジークは、「黙れ」と意思表示をする。
瞬間。
ゴウライの唇が見えぬ力に縛られ、開かなくなってしまう。
汗を滲ませる、ゴウライ。
その姿に、ジークは更なる意思を表明する。
「もっと近くに来い、堅牢勇者。じゃねぇと俺の感謝が伝わらねぇからな」
それに、ゴウライの足が強制的にジークのほうへと歩みを進めてしまう。
それこそ、強制的に。
そんなゴウライに、ジークは言葉をかける。
「なんだ、ゴウライ。笑えよ」
「……っ」
「魔王に恩があるんだろ? 虐めから庇ってやった恩があるんだよな? なぁ、堅牢勇者さんよ」
先程までのゴウライの勢い。
それは完全に消失してしまっている。
今、ゴウライの胸の内にあるものは――
魔王に対する、畏れと恐怖のみだった。
「おい、なにを怯えてんだ?」
眼前のゴウライ。
その姿を魔王の瞳で見つめ、ジークは声を発する。
口許だけを緩ませ、目元を一切緩ませずに。
「虐めから庇ってくれてありがとな、ゴウライさん。まずは握手から、俺の感謝の気持ちを受け取ってくれ」
目に涙を溜める、ゴウライ。
そして己の意思とは無関係に、自分の右の手のひらがジークへと差し出され――
「感謝のあまり力の加減ができねぇな」
そんなジークの言葉と共に、ベキッと握り潰される。
激痛。途方もない苦痛。
それに嗚咽を漏らし、涙と汗を散らすゴウライ。
だが、ジークの感謝は止まらない。
和やかに、「次は左手で感謝を伝えさせてくれ」と呟き、ゴウライの左の手のひらへと意識を向ける。
首を横に振り、ゴウライは死に物狂いで拒絶の意を示す。
しかし、魔王の感謝の意思は揺るがない。
強制的にゴウライの左の手のひらを差し出ささせ――
「少し強めにいくぞ」
そう声を漏らし、ゴキッと握り潰し、その流れでゴウライの左腕をぐいっと捻りあげた。
悲鳴をあげる、骨と関節。
ゴウライは膝をつき、ジークを涙目で見上げる。
その姿に、ジークは仮面のような笑顔を落とす。
そして――
「どうだ、ゴウライ。俺の感謝の気持ち。少しは伝わったか?」
そう無機質に問いかけ、ゴウライにかけていた“沈黙”を解除。
刹那。
ゴウライは、懸命に声を張り上げた。
「じッ、ジーク!! 感謝なんてもういらねぇッ、もう充分だ!! もう充分伝わった!!」
感謝という名の魔王のいたぶり。
それに、ゴウライは抗うことなどできない。
「だッ、だから!! た、頼むッ、あの時のことは水に流してくれ!! 堅牢勇者としての一生のお願いだ!! い、虐めはなくならなかったッ だがッ、俺がジークを庇ってやった事実はあるだろ!?」
案の定。
「……」
一切、変わらないジークの眼光。
まるで、ゴミを見るような魔王の眼差し。
手を離し、ジークはゴウライの前に膝をつく。
ゴウライの目線。
その高さを合わせるようにして。
そして、ジークは言葉を紡ぐ。
「魔王を舐めるなよ、ゴウライ」
「ひいっ」
ジークの殺気を帯びた瞳。
それを受け、ゴウライはカチカチと歯を鳴らす。
「覚えているぜ、ゴウライ。てめぇの善意の皮を被った悪意をな。庇ってやった? てめぇ、自惚れんなよ」
「……っ」
息を飲む、ゴウライ。
ジークは、そのゴウライの頭を掴み、新たな意思を表明。
「ゴウライ、てめぇは今から俺の盾になる。もう一度、俺を庇ってみせろよ。今度は死ぬまでな」
「!?」
「てめぇはこれから、“俺”に向けられた攻撃。それを全て受けざるを得ない」
吐き捨て、ジークは立ち上がる。
そして、更に続ける。
「少しの間、俺の姿とてめぇの姿を入れ換える。勿論、外見だけな」
「な……っ」
「感謝の気持ちを込めて身動きができねぇようにしといてやる。存分に、お仲間たちの攻撃を受けてくれ」
血の気を失せさせる、ゴウライ。
それを見届け、ジークはパチンッと指を鳴らした。
入れ換わる、外見。
ジークはゴウライの姿に。
ゴウライはジークの姿に。
そして同時に――
「ゴウライさん遅いな」
「そうだな」
「少し外を見てみるか」
そんな声と共に、ゴウライの仲間たちが酒場から外へとその姿を現す。
その手に、弓や剣、槍といった武器を握りしめながら。




