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蛇に睨まれた蛙。
今のソフィーナの姿はまさしくソレだった。
生まれたての子馬のようにその身を震わせ、恐怖のあまりその場にへたりこんでしまうソフィーナ。
そして、魔王を潤んだ瞳で見上げ――
「ゆっ、許してください。ゆる……して」
ソフィーナは生まれてはじめて懇願する。
「わ、わたしは……違う。あんな酷いこと……う、うん。本心じゃなかったの」
そう、か弱い声を発し。
胸の前で手を組み、懺悔の姿勢をとったソフィーナ。
「じ、魔王様。お……お許しになってくれたら……このソフィーナ、なんだって…してあげます」
そのソフィーナの言葉。
それに、ジークは無慈悲な反応を返す。
鼻で笑い。
「なんでもしてくれんのか? そうか。なら――」
膝をつき、ソフィーナと目線の高さを合わせるジーク。
そして、強引にソフィーナの顔を引き付け。
無理矢理、唇を合わせた。
「ん……っぐ」
びくっと身体を痙攣させ、仄かに頬を赤らめるソフィーナ。
ソフィーナにとって初めての接吻。
それがまさか、あの己が罵っていたジーク。
後ろに押し倒され――
ソフィーナは覚悟した。
このままジークに弄ばれ。
そして、犯される。
しかし、それで赦されるのなら。
これで、聖光勇者として生きながらえることができるのなら。
それでも良いと、ソフィーナは思ってしまう。
勇者として生きることができれば、いつか必ず魔王を討ち取ることができる。
この忌々しい接吻の仇も、とることができる。
そんな、ソフィーナの浅はかな思考。
それをジークはたった一言で打ち砕く。
接吻を終え。
ぴくりと痙攣するソフィーナ。
その聖光勇者を馬乗り状態で見下ろし、ジークは言葉を投げかけた。
「後、数十分といったところか」
そのジークの声。
それが意味することがわからず、「え……っ?」と声を漏らすソフィーナ。
ジークはそのソフィーナの反応を嘲笑い、言葉を続けた。
「てめぇの中に俺の力を注いでやった。普通にやっても面白くねぇから……接吻っつう手段を使わせてもらったが」
「ど、どうして? わ、わたし――」
「どうして? そりゃてめぇが苦しんで死ぬ様をとくと拝見したいからに決まってんだろ」
吐き捨て、乱雑にソフィーナのローブを破るジーク。
穢れのないソフィーナの身体。
それが、外気に晒される。
「じ、魔王様?」
「内側からじっくり潰し、最後には破裂しておさらばだ。この力は俺の意思ひとつでどうとでもなるからな」
「い……いや。おおお、お願いジーク。なんでもするッ、なんでもする!! だから死にたくない!!」
ソフィーナは戸惑い、その顔から生気を無くし絶叫する。
そしてあろうことか、恐怖のあまり失禁してしまう。
そのザマ。
それを立ち上がって見下ろし、ジークは嗤う。
そして、声を残した。
「生憎、俺はてめぇの裸を見てもピクリともしない。残念だったな、クソ勇者」
ソフィーナを踏みつけ、罵るジーク。
蛙の潰れたような嗚咽。
それを漏らし、ソフィーナは込み上げ荒れ狂う闇の力にその身を支配されていく。
悲鳴をあげる、ソフィーナの身体の内。
ソフィーナの自我。
それは、濁流のように押し寄せる激痛によってじわりじわりと蝕まれていく。
「ひ……っぐ」
筋肉が千切れ。
骨が砕け。
ソフィーナの内臓。
それがゆっくりと潰れ、ソフィーナの感じる痛みの鮮度を一定に保つ。
ジークは視る。
そしてソフィーナの中を、鑑賞した。
まるで、喜劇を眺めるような心境で。
肺が潰れ、肋骨が折れ。
胃が捻れ、胃酸が滲み。
腸が固結びのように絡み、捻転し脈動する。
「ぁ……がぃぎ。ごほ…ごほ…っ」
壊れた噴水のように、その口から血を吐き出すソフィーナ。
その虚ろな視線は宙空をさまよい、もはや焦点を定める余裕などないといった様子だった。
しかし、ソフィーナの意識は決して失われることはない。
魔王が、それを許すはずもないのだから。
「おい、聖光勇者」
声をかけても無駄。
そう理解してもなお、ジークはソフィーナへと声をかける。
案の定。
「ぃぐ……ぅ」
返ってくるのは、ソフィーナの声にならぬ呻きのみ。
だが、ジークは気に止めることなく。
ソフィーナへと、更に声を投げかけた。
その胸中に。
“「他者に虐められること。それがジークの価値を高める。虐められること。それでしかあなたの価値はあがらない」”
そんなソフィーナの罵り声を思い出しながら、淡々とそれでいて憎しみを込めながら。
「魔王にとってみれば勇者の苦しみに価値なんてねぇ。死ねばそれでいいんだからな。だがな、被虐者にとってみれば……てめぇのその苦しみに至高の価値がある」
「……っ」
「もっと苦しめ、ソフィーナ。今のてめぇの命の価値。それは、苦しめば苦しむほどあがっていく」
歪む、ジークの瞳。
その瞳は魔王が勇者を見る目ではなく、被虐者が加虐者を見る目だった。
愉しい。
ソフィーナが苦しむ姿が。
嬉しい。
聖光勇者が死ぬということが。
被虐者と魔王。
その交差する二つの思い。
それに身を委ね、ジークは高揚する。
大聖堂。
聖光勇者。
その神聖なる場と者を穢すは、魔王と被虐者。
壊れ、吹き晒しになった大聖堂の入り口。
そこから吹き込む、雨に湿った突風。
それを身に受け、髪を濡らしジークは笑う。
その姿は漆黒に染まり。
その表情には、ひと欠片の後悔もない。
苦しむ、ソフィーナ。
その呻きを音色に、ジークは嗤う。
その心は闇に堕ち。
その顔には、ひと欠片の良心もなかった。
外は嵐に揉まれ。
それはまるで、ジークの思いを代弁するかのように更にその激しさを増していっていた。




