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豪邸。そこは、フィンだけが住む家。
その大広間に、四人の姿はあった。
そしてその空間に響いたのは三つの声。
「お初にお目にかかります、勇者様」
「これより、貴方がその力を極めるまで――」
「わたしたちが疾風勇者様を護衛致します」
床に膝を付き、頭を下げる三人の男女。
一人は甲冑に身を包み、一人は軽装、一人は闇色のローブを身に纏っていた。
そして、その三人の前。
そこに、疾風勇者は佇んでいる。
その童顔に誇らしい笑みをたたえ――
「よろしく頼むよ、一流冒険家の諸君。高い金を払って雇った相当な手練れ。そうパパから聞いたから、すごく期待してるよ。近頃、随分と物騒な事件が起こってるって話だからね」
そんな垢の抜けない声を発し、フィンは三人を見つめる。
腕を組み。
「じゃあ、まずは自己紹介からやってもらおうかな」
そう声を発し、フィンは人差し指を立て合図を送る。
それを受け、三人は順々に自己紹介をしていく。
「フィン様の護衛が一人、掃討のディラン。当方、剣術を得意としております」
甲冑を鳴らし、答えたのは黒髪のディラン。
精悍な顔つきの男で、見るからに強者のオーラが漂っていた。
「名はセシル。無音戦術が得意」
白髪を揺らし、軽装の女は淡々と声を発する。
その顔は、フィンと同じくどこか幼さが残っていた。
そして最後を締めたのは――
「魔法使いペルセフォネ。闇属性を得意としております」
どこか妖しさを漂わせる女魔法使いペルセフォネだった。
ディラン。
セシル。
ペルセフォネ。
その三人の名を反芻し、フィンは何度も頷く。
「よろしくね、みんな。ぼくが立派な疾風勇者になるまでしっかり守ってよ」
安心しきった声をあげ、フィンは三人を信頼する。
その姿に、ディランは声を投げ掛けた。
「時にお聞きしますが、疾風勇者様」
「ん、なんだい?」
「此度の物騒な事件。その首謀者はフィン様と同じ学園に通う生徒だとお聞きしましたが――」
フィンは、そのディランの言葉を遮る。
明らかに不満げに眉を潜め、少し語気を強めながら。
「そんなこと関係ないだろ。君たちは黙ってぼくの護衛だけをしてればいいんだ。わかった? 変なことを言ったら即解雇にするからね」
「申し訳ございません」
ディランは謝意を述べ、頭を下げる。
そのディランの姿。
それを見つめ、フィンは荒っぽく言葉を吐き捨てた。
「ほら、話は終わり。はやく表の見回りにでも行ってきてよ。あっ、セシルだけはぼくの側に残って身辺警備をよろしくね」
「……」
無言で頷く、セシル。
そのセシルだけを残し。
立ち上がる、ディランとペルセフォネ。
「なにかありましたら、すぐに馳せ参じますゆえ」
「では、行って参ります」
後ろ手を振り、大広間を後にする二人。
その背を見送り。
完全に視界から消えたことを確認し、フィンはにこやかにセシルへと声をなげかけた。
「君、かわいいね。セシルって言うの?」
「先程、申しましたが」
「部屋においでよ。可愛がってあげるからさ」
セシルに近づき、手をとろうとするフィン。
その行為に、セシルは問いを投げかける。
「可愛がる? わたしをですか?」
「そうだよ。大切な身辺警備を任せるんだから、ね?」
「……」
セシルは頷き、フィンの手を握り返す。
しかしそのセシルの瞳は氷のように冷たく、またフィンの全てを見透かしているかのように黒々と瞬いていた。
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街から離れた郊外。
そこに聳える、小高い丘の上。
そのなだらかな傾斜の先に、フィンの隠れ家があった。
「……」
吹き抜ける風。
その透き通った風に髪を揺らし、ジークは屋敷の中の疾風勇者の姿を己の瞳に収めていた。
魔王の瞳。
その視る力は全ての魔眼を内包し、魔王であるなら様々な用途で使用することが可能でもあった。
そしてその目から視えたフィンの姿。
それは、ジークの思った通りのもの。
“「セシル。どう? ぼくの専属にならない? すっごくタイプなんだよ、君のその可愛さ」”
“「……」”
“「つれないなぁ。お金ならいくらでもあげるからさ」”
“「すみません。任務中ですので」”
“「首にするよ? 御託はいいから、さっさとぼくの愛を受け入れろよ」”
“「……っ」”
腕を引かれ。
ジークの視界から消えるセシルという名の女の姿。
「気楽なもんだな、勇者様は」
紡がれるジークの言葉。
そこに込められているのは、呆れと怒気。
そして――
「金でなんでも解決できるならやってもらおうじゃねぇか。“できる”もんならな」
そう呟き、ジークは“転移”の意思を表明した。
数秒後。
ジークは屋敷の前に広がる広場にその姿を晒す。
案の定。
「なッ、何者だ!!」
「侵入者だッ、迎え撃て!!」
警備をしていた複数の傭兵。
その武装した男たちが、ジークを取り囲む。
ある者は剣。またある者は弓を引きながら。
しかし、ジークは相手にしない。
いや、する意味がなかった。
「退け。てめぇらに用はない」
そんな声が響いた瞬間。
傭兵たちは、“死”を体感する。
迸る漆黒。
こちらを見据え、嗤うその者の姿。
その姿はまさしく――
魔王。
「……っ」
手から武器を落とし、次々と膝をついていく面々。
そしてその身を震わせ、ぽたりとぽたりと汗を地へと滴り落としていく。
完全なる差。
埋めようのない圧倒的な力の差。
一瞬にして握られた、自分たちの生殺与奪権。
それはまるで、全生命体の天敵に喉元へ牙を突き立てられたようなもの。
その傭兵たちの間を通りすぎ――
しかし、そのジークの背にかかる声。
「へぇ、あんたが魔王ってやつか」
「なるほどね……これは、やっても無駄ね」
その声に振り返る、ジーク。
ジークの視線。
その先に立っていたのは、甲冑姿の男と黒のローブに身を包んだ女だった。
ジークは二人を見つめ、声を発する。
「疾風勇者の仲間か?」
そのジークの問いかけ。
その問いかけに、しかし二人は意味ありげに答えた。
「仲間? まっ、金をもらってる分は働いてやらねぇとな」
ディランは鼻で笑い。
「だけど、命をかけて守れって話なら――うん、疑問符だらけ」
ペルセフォネは呆れたように溜め息を溢す。
その二人の姿に、ジークは悟る。
そして――
「どうだ。小一時間、魔王の尖兵になってみるか? 疾風勇者を裏切れば、それ相応の対価は与えてやる」
そんな提案をし、唇をつりあげた。




