はじまり
***
力を持つ前の勇者。
それを消す決意。
それは魔王として、もっとも大切な素質。
今までの魔王はそれが甘く、力を持つ前の勇者を消すことに失敗。
そしてことごとく。
魔王は勇者に敗れ去り、世界は何度も勇者に救われた。
だが、勇者の勝利だけでは世界はいずれ歪む。
光と闇のバランス。
それが崩れると世界は混沌へと突き進む。
「この程、世界では勇者側の勝利が続き光と闇のバランスが崩れていると聞く」
世界を見下ろす天上。
そこに住まう神々は、世界の現状を憂いていた。
数十年。いや、数百年の間。
魔王は勇者に敗れ、世界が闇に染まることは一度もなかった。
その為。
世界は次第に光だけの世界になり、死と生のバランスが崩れ混沌へと陥ろうとしていた。
「ここで一度、闇にリセットしてもらわぬとな」
「そうですわね。次の“魔王”には必ず勇者たちに勝ってもらいましょうか」
「ならば。次に“魔王”として力を奮う者は、勇者に情などひとかけらも持たぬ者ではなくてはならない。どこかに良い者はおらぬものか」
神々は下界を見下ろし、次の“魔王”たるにふさわしい者を選別する。
これまでも情け容赦のない者を選定した。
だが、その者たちは最後には勇者に情を持ち中には自ら死を選ぶ者も居た。
こと人間の感情という物はひどく難しい。
だが、次の“魔王”には――
必ず勝ってもらわなければならない。
神々は下界を見渡し。
そして、一人の人間に意識を注いだ。
「あの者でどうだ?」
「ふむ……わしは賛成じゃ」
「少し歳が幼いかと思いますけど……あら、あの憎しみと恨みは今までのソレとはケタ違いですわね」
「あれほどの闇を抱え、押し殺す器。あの者なら人の意思で選ばれた“勇者たち”に情をかけず、消してくれるだろう」
神々は満足げに頷き。
一人の少年に白羽の矢をたてた。
「よろしい、ならば決まりだ。此度の魔王こそ勇者共を根絶やしにしてくれよう」
かざされる神々の手のひら。
その先に居るのは――
「……っ」
顔面を腫らし。
ローブを濡らされ、鞄を燃やされ。
自らの吐瀉物の中に倒れ伏した、少年ジークだった。
***
痛い。いたい。イタイ。
ジークは、トイレの個室の中で震えながら奴らの影から逃れていた。
“「てめぇ、まだ学園に来たのかよ? 来たら殺すって言ったよなぁ?」”
“「視界に入るだけでうっとうしいんだよねー。あんたと同じ空気を吸うだけで気分悪くなっちゃうんだよね、わたし」”
“「チクったらマジで殺す」”
“「殺人犯になるのは勘弁。だからさー自殺、してくんない? 自殺にみせかけてあんたを殺すのも煩わしいし」”
罵詈雑言。
消えることのない奴らの声と暴力。
そして甦る。
“「此度の勇者はお主らじゃ」”
大聖堂での勇者選定の光景。
こともあろうに選ばれたのは、ジークをいじめ続けてきた者たちだった。
勇者としての素質。
表面だけはいい奴らは、それがあると判断され“勇者”になることになったのだ。
これからは勇者として各地を周り、己の力を高めていくことになる。
そして、同じく生まれた“魔王”を見つけ討伐し英雄となる。
なぜ、あいつらなんだ。
なぜ、あいつらなんだよ。
人の人生を台無しにした奴らがなぜ、“勇者”なんだ。
ジークは世界の理不尽を呪う。
努力しても。
いくら、努力しても。
ジークは嘲笑され、「目障り」「ゴミクズ」と罵られ結果を残すことができなかった。
テスト直前にトイレで水浸しにされ。
実技テスト前日には「練習」と称され、サンドバッグにされたりもした。
その為、学園での評価は最低。
一方の奴らは“勇者”に選ばれるまでに評価されていた。
あいつらなんて、魔王に負ければいい。
負けてしまえ。無様に、負けてしまえ。
だが、“魔王”は敗れ続けている。
先の魔王は自ら死を選んだとも聞いている。
なので、今回の魔王も勇者に敗れ――
歯を食いしばる、ジーク。
自分が魔王になったら。
自分が力を得ることができたなら、勇者共を根絶やしにしてやる。
情けなんてかけずに、ぶち殺してやる。
果たして、そのジークの願いは。
“魔王”――。
という、自身の頭の中に浮かんだ二文字により叶えられることになった。
***
刹那。
「――ッ」
ジークは稲妻に打たれたような感覚に襲われる。
そして同時に押し寄せる、禍々しい力の奔流。加えてジークの心の内に宿り焦がす“魔王”という名の闇の力。
ふらりと立ち上がり。
頭を押さえたジーク。
瞳は紅く染まり、その身から漂うは漆黒のオーラ。
今まで感じたことのない圧倒的な力の滾り。
魔王――。
ジークは胸の内でその二文字を反芻する。
魔王。魔王。魔王。
込み上げる嗤いと愉悦。
手のひらをかざし、それを握りしめるジーク。
殺ってやる。
勇者共を一人残らず殺ってやる。
揺るがぬ決意。
そしてジークは、魔王としての一歩を踏み出した。
***