ガチムチ異世界転移 〜鍛え抜かれたボディに魔法なんか通じませんよっ〜
柴野いずみ様主催『ガチムチ❤️企画』参加作品です。
マッチョを異世界転移させて魔法無効で無双させるつもりでしたが、思ってたのと違うものができました。
どうぞお楽しみください。
「ちくしょう! 何でだ! あたしの魔法は超越者級だっていうのに……!」
炎も風も、氷も雷も、何も効かないなんてそんな馬鹿な事があるか!
あたしが国を守るため、これまで積み上げてきた血の滲むような努力と研鑽……!
国の最大戦力の一角とされて、与えられた『国防の要』の称号……!
それがこんなふざけた奴に屈する訳にはいかない!
「『朱の衣を纏う精霊よ! 全てを灰燼に帰すその力を我が前に示し、立ち塞がる全てを討ち滅ぼせ! 炎の河!』」
大型の魔物ですら骨も残さず焼き尽くす、あたしの最強魔法!
ドミナンディ以外には使いたくはなかったけど、こいつの防御力は尋常じゃない!
流石にこれなら……!
「ふんっ! サイドトライセップスッ!」
「! ……馬鹿な……!」
横向きに立って奇妙な立ち姿を取ったかと思ったら、あたしの炎が、最強魔法が、かき消された……?
奴の筋骨隆々の肌には、火傷の跡すらない……!
「うーん、サウナならもう少し温度が欲しいところですねっ」
「……な、何なんだお前……! 何で何の防具も付けてないのに……! 下着一枚なのに……! 何であたしの魔法が効かないんだー!」
「はっはっはっ。鍛えているからですっ!」
何余裕の顔で笑っているんだ!
歯がやたら白いのがまた腹立つ!
「説明になってないんだよ! くそぅ……、あたしの努力が、研鑽が……!」
「傷付いたところから立ち上がれば、さらに強くなれますよっ。筋肉と同じですっ」
「うるさい!」
くそ、こんな筋肉男に、国の最高戦力であるあたしが手も足も出ないなんて……。
! 何か来る!
転移魔法!?
「おーっほっほっほ! クナトス・ヴィーシェラ! 私以外に超越魔法を放つなんて、愚かにも程がありますわね!」
「ど、ドミナンディ……!」
こんな時にドミナンディが……!
でもあたしだってドミナンディが大量に魔力を消費する超級魔法を放った気配がしたら、好機と見て転移魔法で飛んで行くだろう……!
ここであたしが倒れたら、隣国との力の差が開き、最悪全面戦争のきっかけになりかねない……!
どうしたら……!
「おやっ? お友達ですかっ?」
「違う! こいつは……!」
「私をそんな粗野で泥臭い魔道士と友達ですって……!? その侮辱の罪、その身で償いなさい!」
ドミナンディが電撃魔法の詠唱を始める!
魔力はあたしより少し弱いが、精密さにかけては悔しいけどドミナンディの方が上だ。
ドミナンディならこの化け物を倒せるかも……!
「っ」
な、何を期待しているんだあたしは……。
この化け物が倒されたら、次はあたしだっていうのに……。
……でも魔法を否定するようなこの男にドミナンディが負けるのは、死んでも見たくない!
……勝って! ドミナンディ!
「平伏なさい! 『雷の槍!』」
「ふんっ! フロントライトスプレッドッ!」
「な、何ですって!? わ、私の魔法が……!?」
駄目かぁ。
何かそんな気してた。
「何者ですの貴方! このドミナンディ・スペルビアの魔法を打ち消すだなんて……!」
「はっはっはっ。鍛えてますからっ」
「お黙りなさい! 今度の魔法はそうはいきませんわ!」
うん、そうなるよね。
そして別属性の魔法を撃って、で、消される、と。
色とりどりの魔法が展開されるも、男が不可思議な構えを取るたびに魔力が霧散していく。
「ど、どういう事ですの……! 私の魔法がことごとく……!」
絶望に打ちひしがれるドミナンディ。
さっきまでのあたしの姿。
因縁の敵が落ち込む様子に、溜飲が下がらないと言ったら嘘になる。
でもそれは魔法の敗北の姿だ。
やっぱり認められない……!
「ドミナンディ! 力を貸して!」
「……無理ですわ……。あんな化け物、どうしようと……」
「聞いて! あいつは次元の歪みの観測地点にいた! つまり異世界の生き物の可能性が高い!」
「……それが何だと言うのです……? だからこそ魔法が効かないのであれば、それは絶望と同義……」
「だから次元魔法であいつを元の世界に追い返すんだよ! 万全の状態でも難しい魔法だけど、二人分の魔力と、癪だけどあんたの調整力を使えば……!」
「……! 成程、倒さずとも脅威が去れば良いという訳ですわね……!」
ドミナンディの目に光が戻った!
手を取って立ち上がらせると、両手を掴み合う形で魔力を流し込む!
「……貴女と手を組むなんて死ぬ程嫌ですけれど……」
「同感だな」
「でも魔法が否定されるのは、死よりも許し難いですわ!」
「……それも同感だ!」
それはまるで不慣れな舞踊のように。
目が合う。
頷き合う。
声を重ねて詠唱を始める。
「『この世界の理よ。尊く固き誓約よ。我が目の前の敵をその理の彼方へと沈め給え! 異界の扉!』」
組んだ手に魔力の光が宿る!
後はこれを高めてあの男に放てば……!
「……う、ぐ……」
「……これ、は……、く……」
風呂の栓を抜いたかのように、魔力がどんどん抜けていく……!
このままじゃ……!
「……あ、あら、クナトスさん、も、もう限界、ですの……? た、大した事、ないんですのね……!」
な、何だと……!?
抜けかけていた手に力を込める……!
「……そ、そっちこそ、余裕、なさそうじゃんか……! あたしは、まだまだ、いける……!」
正直限界ぎりぎりで、今にも倒れそうだけど、ドミナンディより先にへたばる訳にはいかない……!
「! いけますわ! 魔力が溜まりました!」
「いっけぇ!」
あたしとドミナンディの手から光が放たれる!
その光が男を包み込んで……!
「……お茶が、美味しいな……」
「……そうですわね……」
あたしとドミナンディは、喫茶店の屋外席で同時に溜息をついた。
あの後魔力を使い果たし、手を繋いだまま倒れていたあたし達は、後詰めとしてやってきた両国の兵士に発見された。
犬猿の仲だったあたし達の姿を見て何かを誤解した兵士達の報告で、元々厭戦の空気が広がりつつあった両国は、渡りに船と国家間の同盟に踏み切った。
あたしは『国防の要』から『平和の象徴』に肩書きを書き換えられ、暇を持て余す羽目になった。
と言っても元国の最大戦力。
周りは恐れておいそれと寄って来ない。
それはドミナンディも同じようで、結果二人でちょいちょいお茶をするようになってしまった。
「……あいつ、何だったんだろうな」
「……さぁ、考えるだけ無駄ですわ」
「……そうだな」
「でも、もしかしたら……」
「何だ? 何か心当たりでもあるのか?」
「……いえ」
ふふっと笑うドミナンディ。
こんな関係にならなかったら、こいつの笑顔が可愛いなんて思う事はなかったな。
「いがみ合う私達の国の仲を取り持つために、神が遣わした者ではないか、と……」
「……ははっ、それじゃまるで童話だよ」
「わ、笑わないでくださいませ。私もそう思っているのですから……」
むくれるドミナンディも可愛いな。
……もしかしたら、あたしとドミナンディが魔法で傷付け合うのを止めるために……。
こうして笑い合える世界のために……。
なんて、あたしもドミナンディの事笑えないや。
「いやーっ、やっぱり仲良しなんですねっ」
「!?」
「あ、貴方……!?」
ほっこりした気分をぶち壊すように、あの男が現れた!
やっぱり下着一枚だ!
「あ、あんたはあたし達の魔法で異世界に送り返したはずなのに!」
「すみませんっ。ついアブドミナルアンドサイのポーズを取ってしまって、あの光を消してしまったんですっ」
「うそ……」
「わ、私達の渾身の魔法を……?」
「はいっ。その後お二人は気絶してしまいましたし、タンパク質を取る時間だったので、森に入っていたんですっ」
喫茶店の席を立ち、自然と手を取り合いながら後退るあたし達に、筋肉が、白い歯が近寄ってくる!
「申し訳ないんですけど、もう一回あの魔法をやってくれませんかっ」
「ま……」
「ほう……!」
あたしの脳裏にあらゆる魔法をかき消された悪夢が蘇る!
震えを伝える手にドミナンディを見ると、真っ青な顔をしてこっちを見てる……。
あたしもおんなじ顔をしてるんだろうなぁ……。
握り合う手に力がこもり、
「いやーっ!」
「筋肉は嫌ですわーっ!」
あたし達は魔法を全開にして全速力で飛び去った。
固く固く手を繋いだまま……。
読了ありがとうございます。
妙だな……。
無双系コメディーがほんのり百合になるなんて……。
作者が直前に『ヤ◯ノススメ』を観ていた事と何か関係があるのか……?
ないと思います(震え声)。
恒例のお名前紹介。今回はラテン語です。
クナトス conatus 努力
ヴィーシェラ viscera 根性
ドミナンディ dominandi 高飛車
スペルビア superbia 高慢
クナトスは赤髪短髪。ボーイッシュ。
平民の出ながら努力と根性で魔力とその技術を高め、国の最大戦力に登り詰めた努力家。
ドミナンディは金髪ロング。お嬢様風。
貴族の生まれで元々高い魔力を持っていた上に英才教育を受けて、当然のように最大戦力に認められたエリート。
……こう書くと戦闘民族コンビを思い出してしまうのは何故?
お楽しみいただけましたら幸いです。