犬
じぃ〜。犬が私を見ている。
そこまで面白い呆け面をしていただろうか。
買い物の帰り道、明日のことを考えてどうにも居心地が悪くなった私は、普段は通過してしまう小さな駅に降りたった。
「最寄りを散歩でもして脳を弄べば、幾分かよくなるはずだ。」
医者でもないのに、私はそう決めつけてしばらく歩いている。
そこいらの自販機で缶ジュースを買って、まるで酔っぱらったようにそれを振り回したり、ズズズと飲んだりした。私は酒に弱い、だが、フリでも心は酔えると知っている。
アパートのベランダに犬がいた。
吠えもせず、ただひたすら私の方を見ている。私も見つめ返した。
黒い毛と、所々に茶色をとった柴犬のようである。
その顔はどこか寂しげで、切なさを帯びている。例えるなら、くたびれたぬいぐるみのような。
私は、さっきまでの出鱈目な足取りを嘘のようにまとめて、なぜかその眼差しに石のようにされていた。
それはまだこちらを見つめている。
「おやすみ」
と、言ってみようか。
時刻は午後8時、今日への別れの言葉となれば適切な時間だろう。
私はドギマギした。
喉まで出かかっているその言葉は、およそ犬に向けるものではない。
しかし、、、
人気のない路地裏の一匹と一人。
寂しい心の私は、彼が何か答えてくれるのではと期待したのだ。
どこか、私の知らない所へ連れて行ってくれないかと。
ブオン。背後の小道に車が通過する。
その音によって、私は正気を取り戻す。
諦めともいうかもしれない。
一歩、また一歩とトボトボ歩き出す。
飲んでた缶ジュースも、もうほとんど空になってしまった。
私は、後悔と恥ずかしさが入り混じって、手の握る力を強くする。
「カンっ」
金属の凹む音が、路地裏に小さく響く。
私は振り向かない。
明日は仕事だ。月曜日だ。
まだ犬は見てくれているだろうか。