僕の女神〈望月ハオリ〉
部室の開き戸を開けた
一人の女子が立っていた
薄暗い部室の窓を背に
激しい雨が打ち付けているガラス窓をバックにこちらを向いて立っていたルルス先輩。
ただでさえ薄暗くなっていた室内の窓辺にいたルルス先輩の顔は、逆光気味で良くは見えなかった、けど・・・?
彼女は僕が部室に入るとくるりと僕に背を向けた。
「あの・・・先輩?」
僕は先ほどの任務を4日前にルルス先輩から頼まれてからは、それはやきもき もやもやと心の平穏を乱していた。
一体あいつらとルルス先輩はどういう関係なんだろうって。
『ハオリ、秘密でお願いがあるの。金曜日の放課後空いているかしら?』
もちろんです!
ルルス先輩のお願いならば僕のトッププライオリティに決まってる。
あなたは僕の憧れの人なんだから。
その明晰な頭脳とクールな立ち振舞い。そのくせ先輩の中身は慈愛で溢れてるんだ。
出来損ないの僕らを先頭で導いてくれるあなたは鬼高のジャンヌダルクだ。
まさかこの高校でこんな素晴らしい出会いがあるなんて思ってもいなかったんだ。
僕の人生が転換点を迎えたのがはっきりわかった。
あなたは僕の女神。
そんなルルス先輩からの秘密のお願い。それは・・・
『今度の金曜日の放課後、生徒進路資料室に入る2年の男子がいるから、入室したら私に知らせて欲しいの。背の高い男子と・・・たぶんもうひとり、男子がくっついて来るはずなんだけど』
その言葉はなんとなく背徳の香りがした。
僕は先輩のプライベートの一端を覗くことに? それもかなり微妙な部分のような気がする。
『2年の背の高い男子・・・それだけでは人の区別がつきません』
僕が言うと、先輩はふっと僕から目線をそらし、それからまた僕の目を見た。
ルルス先輩はつま先で背伸びして、僕の左耳の中に甘い息と共にそっと二人の男子の名前を吹き入れた。
『・・・いい? これはハオリと私、二人だけの秘密よ』
僕は周りの空気まで振動させちゃってるんじゃないかって感じるくらいのこの胸のドキドキを、先輩に悟られないように必死だ。
片方の男子で、背の高い方の津田沼如月のことは偶然知っていた。
同じクラスに、ソイツのことで騒いで盛り上がってる女子がいるから。
もう1人の方の金谷ライダは名前も顔も知っていた。前に個人的に調べた。
その人は去年、ルルス先輩が好きだったという噂の男子だったから。でも、その人、黒鳥先輩の元カレらしい。
今は生徒会に入っていて、ルルス先輩及び三幹部たちと去年同じクラスだったと判明してる。
去年先輩たちに何があったのかまでははわからなかったけど、何かしらの訳ありっぽいのは薄々わかっていた。
僕は先ほど、無事任務を遂行した。
そしてターゲット2名が生徒進路資料室から出てきたのを見届けてから部室に戻って来た所だった。
ルルス先輩からは、彼らの入室の連絡を入れたらそのまま帰っていいと言われていたけれど、どうしても気になってしまって。
そしたら・・・
ルルス先輩? 電気もつけないで薄暗い部室にひとり。
僕は彼女の後ろ姿に近づく。
「ルルス先輩、雨がすごいですね。雨足がもう少し収まったら一緒に帰りませんか?」
「・・・ハオリ、どうして戻って来たの? そのまま帰っていいって言っておいたのに」
「・・・すみません、先輩。でも・・・」
「私は1人で帰るから」
ちらりと振り向いたルルス先輩の顔は、いつもの自信に溢れたクールなものではなかった。
翼が傷ついた一羽の小鳥が虚勢を張っている。
僕は思いきってルルス先輩の肩をポンと片手で叩いた。
ルルス先輩は僕がびっくりするくらいビクッと震えてから振り向いた。
女子の中でもどちらかというと小さめのルルス先輩と、全てが平均的体格の男子の僕。
もしかして、二人きりの部室で怖がらせてしまった?
「・・・今日はありがとう、ハオリ。ご褒美は何がいいかな? 去年の私の数Aのまとめノートなんてどう?」
狼狽をごまかすかのように、そんなことを言って僕の目を見た。
ルルス先輩? 僕が欲しいものはそんな物じゃないですよ?
僕が欲しいのは・・・
「僕にご褒美をくれるというのなら、僕を先輩の特別にして欲しい」
この教室に漂うエモい空気に押されて思わず言ってしまった。
「・・・特別?」
もう、ここまで来たら言うしかないだろ?
「僕はルルス先輩が好きです。ただ、僕の気持ちを知って欲しくて・・・」
ヤバい。雰囲気に流されて調子に乗って言ってしまった!
ルルス先輩の顔を窺う。
あれ? 涙? 先輩の目が潤んでる? これはどういう意味だっ?
「それって・・・どういう好きなのかしら? 先輩を尊敬してるってこと?」
「もちろん先輩のこと尊敬ですけど、それだけじゃなくて・・・」
「なくて・・・何?」
僕を試すかのごとく首を傾げてじっと見つめて来たその瞳。
「・・・意地悪だな。ルルス先輩。僕だってすごく恥ずかしいのに」
くるりと僕に背を向けてルルス先輩は言った。
「・・・私ね、むかーし、彼氏にキスをおねだりして振られてしまったことがあるのよ。嗤えるかな? キスさえすれば私、その人の特別になれるって信じてた。バカだよね」
「・・・先輩。僕がルルス先輩の特別になれる可能性は?」
「・・・本気なの?」
「冗談でこんなこと言うわけないだろっ!」
「・・・あらあら、勇ましいわね。好きよ、ハオリのそういう純粋な所。さあ、少し小降りになったみたい。帰りましょ。ハオリ」
いつの間にか、ルルス先輩はいつものクールなルルス先輩に完全に戻っていて。
さっさと自分の荷物を持ったかと思ったら、僕に部室のカギを放って来た。
ナイスキャッチした僕は肝心な所をまだ聞いてはいない。
「あの・・・それで、先輩は僕のことどう思って・・・待って下さいっ、ルルス先輩っ!」
「遅いと置いて行くわよ? ハオリ」
振り向いたルルス先輩の顔からは、先ほどの弱々しさはすっかり消えていた。
・・・僕にだけ一瞬見せた乙女心。
うん、頑張れば僕にだってきっとチャンスはある!
僕はルルス先輩を支えてみせる。
あの二人の男子の先輩たちとルルス先輩に、どんな傷つくような出来事があったのかはわからないけれど。
超急いで部室にカギをかけて後を追う。
「ルルスせんぱーいっ! 僕を置いてかないでくださいよー!」
僕に構うこと無くスタスタ廊下を歩いてくルルス先輩に秒で追いついて、隣を歩いた。




