へんてこメイクと素顔美人
「・・・あなた、いい人っぽいね。いいよ。お礼に聞きたいこと話してあげる」
あたしは津田沼くんが聞きたがっていた1年D組の時の宇良川ルルスさんとあたしの出来事を彼に教えてあげることにした。
話を聞いた後、津田沼くんは言った。
「木見戸さん、素顔の写真持ってる? 見せてよ。たぶん、そのメイクより素顔の方がイケてるらしいじゃん?」
「無理無理! 絶対ダメ!」
いい人だって思ったの取り消すっ!
「俺、あんま話したこと無いけど、白銀と同じクラスなんだぜ。木見戸さん、気があんだろ? あいつさ、ナチュラルなさ、落ち着いた雰囲気で浴衣の似合う女の子が好きらしいぜ?」
「・・・・・それ、ほんとう?」
「なあ? そのメイク思いきってとっちまえよ! その方が絶対いいと思うぜ?」
「・・・・・そんないきなりこのメイク変えるなんて無理だって」
「自分が思ってんのと人が感じてんのって違うだろ? とにかくそのメイクはやめた方がいい。白銀だって100%そう思うって」
「・・・そうかな? ・・・ホントにそう思う? でも怖いよ、あたし。素顔なんて二度と誰にも見せらんないよ。一生誰にも・・・・・」
「バカなこと言ってんなよ! 好きな男にさえ素顔見せらんなかったら後々色々困るんじゃね?」
「え?・・・どうして? 素顔見せなきゃなんない時があるの?」
「え・・・えーっと、あるに決まってんだろっ! マジだったらな。俺行くわ。サンキュー、木見戸さん!俺の姉ちゃん直伝の美容法今日中に届くようにしとくから」
照れた笑顔を残してさっさと行ってしまった・・・
「ねぇ、リン! 今話してた人誰よっ!」
クラスの女子の友だち二人に挟まれた。一人は去年も同じクラスだった あかりんこと赤井アキと2年になって出来た新しい友だちの三添アンリ。
「いつの間にあんなイケメンと知り合いになってんのよー! リンばっかずるーい! こんなへんてこメイクしてんのにやっぱ素顔は美人ってわかるのかなぁ?・・・あっ! いっけねっ ごめんっ つ、ついタブーをっ! 私としたことがっっ」
「ばかっ! あかりんたら! 先生からそれ、そっとしとかなきゃダメって言われてるでしょっ!」
あかりんは申し訳なさそうに私に手を合わせてからすすすっと下がっていった。
「気にしないでねっ! 大丈夫。リンはおかしいとこなんてないよ」
アンリもひきつった笑みでごまかしてからくるりと背を向けてあわてて他の子のグループに行ってしまった。
"へんてこメイク" "素顔は美人" って。
今まで散々ママにもパパにもお兄ちゃんにも言われて来た。
『だからそのメイクはやめなさい』
『やめた方がいい』
『やめてくれ』
『お願い、やめて。どうしてそんな風になっちゃったんだ』
『こんなに可愛らしく生まれてきたのに』
『何でそんなおかしな化粧すんだよ?』
なんだか今まで言われて来た言葉が頭の中でぐるぐる回ってる。
・・・・津田沼くんが言っていたことは本当だ。
私のこのメイクは・・・・・
クラスのみんなが私を気遣っていることはわかってた。心が病んでるって知ってるから。自分でもわかってる。
でも、一度着けた仮面を外すことは勇気がいるの。
薄毛を隠してたウイッグをいきなり取れって言われても無理でしょう? おんなじことだわ。
私に不意に現れたこの気持ちのゆらぎ。
突然私の前に現れたあの男子のせい。
私は、この念入りにメイクを施した顔にさえ不安を覚えてきた。
落ち着かない気持ちで午後の授業を終えた。
その日の夜8時頃、ライダくんから転送されたメッセージが届いた。
彼からだ! 津田沼くんからだわ! 約束通り送ってくれたの!
もしかしたら、ちょっと話しただけの私との約束なんて、忘れているかも知れないって思ってた。
やっぱりいい人だったね、彼。
学校から帰って、いつものようにメイクを落としてパーカのフードを深く被りうつむき加減のあたし。
夕食を終え、片付けも終えて、パパは書斎にてリモートで仕事の続き。ママは自室でたぶん韓ドラ見てる。
リビングにまだいたお兄ちゃんに声をかけた。
「お風呂空いてる?・・・・私入って来るね。今日は時間かかるけどいい?」
「ああ、後は俺とお前だけだ。俺は遅くなってもいいから先入っていいぞ、リン」
リビングのテレビの真ん前でゲームで遊んでたお兄ちゃんは、私の方を見ること無く返事をした。
さてと、後でどんな反応するかな? お兄ちゃん・・・
浴室に向かったあたしは、洗顔手順とお肌ケアが書かれてたそれに従い、丁寧にそれを実行した。
曇った鏡にシャワーをかけて素顔の私を見た。
紅潮したほほの地味な女の子が濡れた髪から雫を落としながらこちらを見てる。
本当にこの顔で大丈夫なの? みんなに嗤われない? バカにされたりしない?
私、これで人前に出るなんて怖いよ。でも、あのメイクの顔はへんてこりんだってあかりんは思ってたみたいだし、津田沼くんだってやめた方がいいって言った。
私はお風呂から出て、バスタオルを体に巻いたまま長い髪を乾かした。
お気に入りの肌触りのいい桃色の短パンとパーカを着て鏡を見る。フードは被らない。
あどけない顔になったみたい。これが本当のあたし。
ほほに何個か出来たぶつぶつに薬を塗り込んだ。
・・・早く良くなりますように。きれいな肌に戻りますように。
さて、まずはお兄ちゃんからよ。何て言うかな? こんな顔見せるの1年近くぶりかも。
リビングからはピコーンピコーンガシッという音と『ちっ!』とか『よーし、行けっ!』とか叫んでるお兄ちゃんの独り言が聞こえてる。
「お兄ちゃん、あたし出たよ。入っていいよ」
「おお、さんきゅ。でもまだいい」
お兄ちゃんは返事はしたもののディスプレイを見たままこちらを見ようともしない。
そうよね。みんなそうよ。昔は私に甘かったお兄ちゃんも、私によく話しかけて来てたクラスの男子たちだって何故か私から離れて行った。
私のことなんて気にかける人はいないの。
私がグラスに氷を落とすと、カランと涼しげな音が響いた。
「あ、ついでに俺にもくれよ、リン」
お兄ちゃんはゲームに夢中のまま。ピコーンピコーンさせながら頼んで来たから、二人分冷たい麦茶を入れ、両手に持って1つをお兄ちゃんの所に差し出した。
「はい、どうぞ」
お兄ちゃんは瞬間私の方を見た。
「あざー、そこ置いとい・・・あ? はぇっ!! リンっ、お前っ!!」
お兄ちゃんが握ってたコントローラーがガタッと床に落ちた。
「・・・・・リン・・・おまっ・・・おま・・」
驚きのその表情が次第に泣き笑いに変わった。
「リーンっ!!」
お兄ちゃんが座ったままあたしの腕を引き寄せ、抱きついて来た!
「お、お兄ちゃんお茶こぼれるっ!」
私は片手のグラスをかばうのに必死。
「父さーん、母さーんっ! 早く来てくれよっ! リンがっ、リンがっ!」
なぜだかあたし、家族全員に泣かれてしまった。
あたしも、泣いちゃった。




