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ABSOLUTE CONTROL ~リアルの呪文をあげる  作者: メイズ
鬼胡桃高校 1ーD
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甦る記憶その3〈イネリ〉

 外灯と星月夜にほんのりと照らし出されてた。



 お母さんが地べたで奇妙な角度に首を曲げて倒れてる。

 頭の回りには黒い染みが広がって何か白っぽい物が飛び散ってる。



 死んでる。


 一目でわかった。



 ベランダからはるか階下を見下ろす私。



 父は真夜中に連絡を受け、タクシーで慌てて帰宅することとなった。


 それからのドタバタはよく覚えていない。



 静寂を切り裂くいくつもの重なるサイレンの音と、辺りをチカチカ照らし不安を煽る回る赤いライト。


 他の部屋や近所のお家の明かりが、ぽつぽつ灯り出した。



 今も私に甦るのはあの情景。




 残された私と姉のヨネリ、お父さん。



 ーーー私は長年の母の呪縛から解放された



 だからといってこの十何年間に渡る心の負荷が不意に下ろされた事実に実感がついていかない。



 私の心に確かに宿るお母さんを失った悲しみ。

 そして私の大部分を占めていたのは安堵。


 その安堵には罪悪感がつきまとい、私は静かに涙を流す。


 よっちゃんは相変わらずの無表情。


 お父さんは悲しむというより、このような事故とも 自殺とも 他殺とも受け取られる事態に、自身の困惑とショックの対処に苦慮しているようだった。



 結局は事故死として処理された母の死。



 そうよ、薬に頼ったお母さんがいけなかったのよ。


 お母さんが薬に頼っていたことは薄々感づいていたけど、私は知らない振りをして生活して来た。


 私は本当は知っていたの。


 よっちゃんが、遠出して何軒も回りながら目立たぬようにひとつづつ薬を調達していることも。


 よっちゃんがシュレッダーハサミでレシートを切り刻んでから捨てていたことも。




 あのお母さんの気分の上げ下げはどう見ても異常だった。

 お父さんはお母さんが更年期障害から来る躁鬱だと本当に勘違いしていた。


 実は薬物中毒だったと警察から知らされるまでは。




 私は数日経つと、徐々に自分は自由を手に入れたという事を理解し始めた。


 これからは自分の意思で好きなように動いても怒られない。

 もう私のプライバシーに土足で踏み入る人はいない。


 高校入学と共に買って貰った私のスマホ。


 お母さんから毎日チェックされることはもうない。

 もう友だちとのトークをいちいちお母さんに見られる事もない。


 よっちゃんと一晩中おしゃべりだって出来る。


 嫌いなしいたけやズッキーニを食べ残しても怒られない。


 楽しくもなかった習い事のピアノはもう行かない。


 私にはピアノの才能なんてこれっぽっちも無いって自分でわかってた。


 私、帰り道、友だちとファストフードに行っておしゃべりしてみたい。


 気になっていた部活にも入ってもいい?


 他の子みたいにかわいい表紙のノートを買いに行こうかな。



 今思うと、たわいの無いことで無上の喜びを感じていた私。


 でも、私たちにはそんなたわいの無いことがたわいの無い事ではなかった。


 私は15年間、よっちゃんは19年間もの間。


 失われていた時間はあまりに長い。




 母の葬儀が終わると、私たち家族は同じ市内の違う場所に引っ越した。


 母の死から3ヶ月も経てばもう、私たちは普通の生活になっていた。


 それは今までよりずっと良くなった。


 私とよっちゃんには個室がそれぞれ与えられたし、今までみたく薄い壁の団地とは違って格段快適になった。


 引っ越しの案はずっとお父さんが出していたのだけれど、倹約家のお母さんが許さないまま月日が過ぎていた。


 お父さんの帰りは相変わらず遅くて、食事も外で済ませてくるから私とよっちゃんは今までが嘘みたいに自由気ままに過ごせるようになった。

 だって、お父さんは私たちには無関心。よっちゃんと私は渡された生活費で節約して暮らす。


 突然訪れた自由に戸惑いながらも、少しずつ 縮こまった体を伸ばし始めた。



 だけど、私はあのベランダから見下ろしたお母さんの姿が目に焼き付いていて、何回か悪夢に苛まれていた。


 たまにお母さんの亡霊がそこにいるんじゃないかって妄想で怖くなる夜は、よっちゃんの部屋に入れてもらった。


『大丈夫だよ。私がずーっといっちゃんを守ってあげるから安心していいのよ。いっちゃんは私のたったひとりの妹なんだもん。かわいいイネリを苦しめるものは私がぜーんぶ排除してあげるから』  



 よっちゃんはそう言って私をその腕の中にそっと包み込んだ。



 私ともう背丈だって変わらないっていうのに・・・・・


 私より早く生まれたばかりに、私よりもっともっと長い時間抑圧されて生きて来たのに、その華奢な体でどうしてそんなに強くなれるの?



 母の死から半年後、寒さに向かう11月のことだったと思う。父は母に掛けられていた生命保険を受け取ったようだった。


 その日はすごく機嫌が良かったから。


 その一月後、クリスマスを通り過ぎた年末のある日の夜、お父さんは私たちを揃って座らせ言った。


『お父さんはこの家を出ようと思うんだ』


 私は思いもよらないお父さんの言葉に絶句した。


 私は高1で15才、よっちゃんは大学2年の19才。まだ社会的に一人前ではないよ。



『・・・私とイネリはどうなるの?』


 よっちゃんはただ感情の無い顔と声でお父さんを見た。


『お前たちには一千万つづ渡すからそれでどうとでもなるだろう?』


『・・・そう、考えておくから』



 よっちゃんはいつものように顔色一つ変えずに淡々と答えてさっさと席を立ち、自室に入った。


 私は傷つき いたたまれなくなって黙って自分の部屋にこもった。


 お父さんは私たちを棄てようとしている。

 手切れ金を寄越して。


 どうして? 私はまだ高校1年生なのに。なんて無責任。


 私たちのことなど、全く愛していない父親。


 私だってこんなお父さんなんて要らないよ。私の方から捨ててやるの。


 でも、それは今じゃないはず。




 ーーーその2か月後、お父さんは自ら死を選ぶことになる。






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