鬼胡桃高校の実情〈ふうら〉
「・・・わかった。永井先生は古典の先生だった。だけど、俺のクラスの担当じゃなかったし、俺には直接関わりはなかったんだ。永井先生は去年、D組とE組の古典の授業と副担任をしてた」
ヤシロとボクの顔を交互に見ながら如月くんは話し始めた。
「偽の永井っちもちゃんと古典の授業してるよ。授業は面白くはないけど解りやすいしちゃんとしてるわよ。ねっ? ふうらちゃん」
「まあそうだな」
「俺が聞いてたのは・・・あれは去年の秋頃かな?永井先生のD組の古典の授業では生徒が授業中騒ぐようになって授業にならなくなってしまって、古典担当の先生が交代したって噂だけだったんだ。あの先生、見かけからお嬢さんみたいな雰囲気だったし、きっと威厳がなくて生徒からなめられてそうなってたんだろうって他のクラスだった俺らは思ってたんだ」
「鬼高の人って・・・先生に厳しいのね」
ヤシロが眉をひそめてる。
「あはは、ナメられたらおしまいかもな。今から話すこれは俺も今回ヤシロに頼まれたから聞いてわかった話なんだけど、事実だぜ。元D組のダチのライダから直で聞いたからな。去年の1年D組は、地味にじわじわとある問題に侵食されてて、秋頃ついにそれははっきり顕になったとかで」
如月くんはちょっと斜め上を向いて、思い返すように話し始めた。
「んでさ、知ってんだろ?俺らの学校。あんまり評判はよろしくないじゃん?」
「・・・そうかもね。でも、如月くんはいい人だからね? ふうらちゃん」
ヤシロがすかさずフォローした。
「あざー、ヤシロ。愛してる」
「やあね、もういいから。それで続けて」
ヤシロは冗談で受け取っているけど、如月くんは本気だ。このヤシロに向けてる目。
済まないな、賽ノ宮くん。
ボクがヤシロに仲介を頼んだせいで君に脅威を作ってしまったようだ。まだヤシロと両想いになれて間もないというのに。
如月くんはまず、校内の事情について説明してくれた。
「鬼胡桃高校の生徒は個性的な面々が多いだろ? 自己主張も強い奴が多いんだ。素直ないい子ちゃんはいないこともないけどかなりの少数派だ。ここは型にはめられるのは性に合わねー奴らが揃ってるんだ」
コーラで一口喉をうるおしてから続けた。
「だからもちろん制服の着方や髪型とかさ、見かけにだって皆こだわり持ってるし、校則なんて有名無実化してる。内申点のために先生の顔色など伺うやつなんていないしな。だから、みんな結構好き放題しててさ」
「それは、本来個人の自由であるべきものだからボクは基本、悪い事だとは思わない」
「・・・泉さん、あんた話が分かるやつだな。さすがヤシロの友だちだな」
「だが校則は校則だ。気に入らないのならただ破るだけではなく、校則を変える手立ても考えるべきだけどね」
「ふふん。ふうらちゃんはね、かわいいし、優しいし、頭も切れるし、ウインナーもくれるし、あたし、リスペクトしてるの」
「今、よくわかんねーこと混じってたぜ? ヤシロ。まあいいや。そんでさ、だからって、鬼高は悪い奴らばっかってわけじゃねーんだ。見かけが派手だから先入観で不良だのヤンキーだの言われるけど、俺のダチはみんないい奴らなんだぜ? そりゃちょっとお行儀は悪かったりもするし、勉強はできなかったりもするけどさ。マジヤバいのはほんの一部の奴らだけさ」
「ふうん。そんな学校にあの写真の永井先生が新任で来たんだ?」
「ごく最初の頃はな、かわいい先生がいるって噂で、ただそれだけだった。だけど・・・」
「何かあったんだ?」
ヤシロがボクとちらりと目線を合わせた。
「・・・何て言うか、永井先生は育ちが良さそうだったってライダが言ってた。恵まれた環境で育ったおっとりしたお嬢様っぽいって。世間知らずって言うか、俺が言いうのも変だけど、永井先生は真面目ないい人としか関わったこと無かったんじゃねーかって」
「なあに?永井先生はダークな事には全く免疫が無かったってこと?天使みたいにピュアな人だったの?」
「まあ、結局はそんな感じかもな。だからだまされやすかったのかもな。っていうか、特殊な、特別な一人の女子生徒がいたんだと。あんな先生じゃ、その生徒に手玉に取られてもしょうがなかったかもって言ってた。大学で教職課程履修して理論だけ学んだからって。学校の成績が優秀だったのと日常で起こる問題に対して臨機応変にスマートな思考と対応が出来るかは別の問題だしな」
「そうだな。学業の出来と社会的判断力は得てして比例する訳じゃない」
ボクはボクの雇い主であり、のばらの祖父である大鏡じいちゃんから、実例あげての昔話、延々と聞かされたりもしてるからね。そういうの、わかりみだな。
「ライダはあの永井って先生は加害者だけど、被害者だって言えば被害者だって言ってたな。ただし先生という立場だったんだから同情は出来ないって」
そう言ってから如月くんはやっと具体的に話し始めた。
「副担してたD組でさ・・・・・」
ーーー如月くんの友だちの話によるとこういうことだった。
それは、夏休み明けて少したった頃のことだった。
D組のある女子が永井先生に秘密で相談事をしたのがそもそもの始まりだったという。
自分は同じクラスのある女子から密かなるいじめを受けていると。
分かりやすくするため、そのいじめられてると訴えた子の名前は、仮に "シロイさん" 、いじめてるとされた方は "クロイさん" として語られた。
シロイさんはなぜこの高校を選択したのかと皆疑問に思うほど学業成績優秀だった。偏差値31のこの高校で、彼女は65を越えているらしい。制服も着くずすこともなく、提出物もきちんとこなし、遅刻も欠席もない模範的な女子生徒だ。
一方、クロイさんはといえば、髪はピンクアッシュ、まつ毛も盛り盛り、スカートはミニ、授業中もうとうとしているようなギャル生徒だったという。
だけど、彼女は誰にでも親切だし、明るくてノリのいいおしゃべりな女の子で、クラスでも慕われている存在だったという。
後に永井先生が語った所によれば、この時、シロイさんに『このこと、誰にも言わないでください!言ったら私、死んじゃうかも。永井先生だけが頼りなんです』と念をおされて相談を受けたと言っていたらしい。
クロイさんは、その日の放課後、永井先生に予備室に呼び出され事情を聞かれたそうだ。
クロイさんは、『シロイさんとはほとんど話もしたことないし、席も離れてるし、接点ないのになぜ彼女がそんなこと言うのかわからないです』と答えたそうだ。
だが、永井先生はそれでは納得してくれなかった。
クロイさんは全面否定しているにも関わらず、永井先生に放課後何回も呼び出されて『本当の事を言って欲しい。悪いようにはしないから正直になってちょうだい』と、しつこく自白を強要されたという。
クロイさんは身に覚えもないことで責められて嫌気が差し、次第に学校を休みがちになっていった。
ーーーということだった。
如月くんは言った。
「生徒の間では常識でも、先生は知らない事の方が多いじゃん?」
っていうか先生なんて表面上しか知り得ないものだろうね。
「シロイさんには性格に難があったんだってさ」
如月くんはちょっと言いにくそうに間をおいてからこう言ったんだ。
「"嘘つき" っていうさ。ステルスなサイコパスっていうの? そんな感じの」