蒼井くんを改善〈ルルス〉
入学してまだ2週間早々で鵜飼くんと席を交代した蒼井くん。
私の見立てでは、蒼井くんは強きに弱く弱きに強きタイプ。人によって態度が変わるね。
まあ、それも君なりの世渡りの一環。度を越さない限り咎める気はないよ。
蒼井くんは臼井碧子さんの前の席になった。
彼は臼井さんの臭いのことは全く気にしていない様子。
後ろ向いて平気で臼井さんとよくお話してる。
ほら、今日も。
蒼井くん、鼻が良くないのかしら?
本日の臼井さんの朝ごはんは納豆ね・・・
昨日さりげなく聞いてみたら、朝は時間が無くて歯磨き出来ない日もあるとか。
だと思ってたわ。
なんてだらしない人なの? 信じらんない。
口の中、気持ち悪くないのかな?
蒼井くんも、何で平気でそんなに近くでお話出来るの?
君は見たところ忍耐強い人格者って訳じゃないのに。
謎だわ。
そしたらね、ほんの三日間蒼井くんを注視してただけで面白いことが判ったよ。
あれあれ? 蒼井くん、靴を履き替える時は必ずニオイ確認。
だからってそんなにクンクン嗅がなくてもよくない?
体育の後、赤岩さんが布バッグにだらしなく詰め込んだ体操服が机の横に掛けてある。
どうしてなの? 蒼井くんたらわざわざ赤岩さんの机の横でしゃがんで靴下の裾を直し始めた。
頬が赤らんでいるわ。
・・・じゃあ、ここで実験。私も同じように体操服、置いてみようか。私のはスプレーしてるからそんなに臭わないと思うけど。
私は自分の机の横にだらしなくセットしてそのまま席を離れて観察。
・・・・・結果、これは間違いないね。
蒼井くんは臭ニオイフェチ。
私、人の性癖にとやかく言うつもりはないの。ちょっとキモいけど。
私は5時限目が終わった休み時間の間、お気にのおしゃれな表紙のノートに英文を書いていた。
これは日記よ。
英語で書いておけばチラッと見られたって大丈夫でしょ。
これだったら興味を引かれて盗み見する人なんてそうそういないわ。特にこの学校ではね。
これは英語の勉強にもなるし。英作文は受験でも相当役に立つの。英語は文系理系、どちらでも重要科目だもの。毎日の努力は大事よ。
私の前の席の臼井碧子さんは御手洗いかしら?
教室にはいないわ。
6限目のチャイムが鳴るまで後1、2分しかないのに。
そのまた前の席では蒼井くんががさごそリュックの中を探ってる。
「やっべ! 現文の教科書忘れたっ!」
ガタッて急に立ち上がったと思ったら、慌てて後ろのこっちに駆け出そうとした。
慌ててたみたいで臼井さんの机の脚でつまずきそうになってよろめいて、そのまま私の机に手をついて体を支えて体勢を整えた。
机がずらされて私が手を乗せていたノートのページがくしゃってなって半分ちぎれてた。
蒼井くんは『わりっ』、一言つぶやくように言いながら教室の後ろの扉から廊下に走り去って行った。
ねえ蒼井くん、今私と一瞬目が合ったよね。
ねぇ? こういう行為ってどうなのかな?
こういう公序良俗に反することをしておいて知らんぷりだなんて。
私はね、世の中のルールを守れない いけない子たちを1人でも減らす為にここに来たのよ?
それがハートが生まれ変わった私の使命なのよ。
みんなもっと他人の事を考えて行動すべきなの。
蒼井くん。いけない事をしたら罰を受けるのは当然ですよ。
そういう世の中にならないと真面目で一生懸命やっている人たちが損をしてしまうでしょ?
公平に平等に、そう、世の中イーブンでなければ。
「ちょ、なんで私の机がこんなに乱れてんの? まったくうー、誰よ?」
臼井さんは蒼井くんと入れ替わるように教室へ戻って来てぶつぶつ言いながら机をまっすぐに戻して着席した。
蒼井くんのせいで床に落ちてた臼井さんのシャーペンが、通りがかりの子の足先で蹴飛ばされ私の視界外へ消えた。
人に迷惑をかけた蒼井くん用に、私は即座に魔法のスペルを考えた。
「蒼井くんって、きれい好きかな? 履き替える時、いつも靴のニオイ嗅いで確かめてるし」
後ろの席に着席している木見戸さんにつぶやいた。
「へぇー・・・男子でもデオドラント気にしてるっていいよね」
彼女は臼井さんの後ろ姿をなにげに見ながら返してきた。
「ねえ、蒼井くんてすごくニオイを気にしてるんだってね。きれい好き男子って好感度だよね」
彼女はその後、実感を込めて早速取り巻きの男子たちに言いふらした模様。
木見戸さんたら。いい感じね。
臼井碧子さんには日常迷惑かけられてるからその言葉、感情こもってる。
でもね、素敵な彼女に褒められた蒼井くんは取り巻き連中から妬まれちゃうかもね。
ほら、茶室くんが席に座ってる蒼井くんのことじっと見てる。目がこわーい。
そんな周囲の変化にも気づかず、相変わらずクンクンしてる蒼井くん。
『蒼井のやつ靴のニオイ毎日嗅ぐってほんと?』
『そういえばあたし、蒼井くんが靴箱で履き替える時、スニーカーのニオイ嗅いでんの見たことあるよ』
『やべっ。アイツにおいフェチかよ?』
『そういう人って、体臭ついてるものが好きなの?』
『じゃね? 女子体操服とかアブねぇよな。気を付けた方がいいかもな』
『やっだー! ロッカーにちゃんとしまっといた方がいいね』
『鍵もちゃんとしとけよ』
次第にいい感じに魔法が効いてきました。
『あのロッカー荒らし事件、もしかして蒼井が犯人だったりして?』
『そういえばお財布から二千円盗られた人いたよね!』
『・・・まさか蒼井くんが?』
途中、思わぬ泥棒呼ばわりの噂まで加算された。
原形の形も次第に歪んでいくね。
歪めば歪むほど蒼井くんはお友だちを失くしてく・・・
そろそろかな。こっちもセットオン!
ここでおしゃべりなピアノ少女ミキちゃんの出番です!
やはり、蒼井くんみたいなダメな子に、正攻法で注意したってきっと効かないから。
面と向かって注意したって、ごまかして逃げるとか反対にキレてこちらに悪意を向けるとかそんなんでしょ?
君は性格もやや難有りのおバカさんなんだから。
さあ、ミキちゃん。今こそ私の役に立ってちょうだい。そのおしゃべりで。
「私がノートをとっている時にね、急に蒼井くんが机にぶつかってきたから手がぶれてページがよれて破れてちゃったんだよ? なのにアオイくんは知らん顔して行っちゃったのよ。こういうのってどう思う? 私、きっと神様の罰が下されると思うんだよね」
私はミキちゃんに言った。
さあさあ、どんどん広げていいよ。私がそう言ったって。
蒼井くんに届くまで。
さあ、総仕上げ。
クラスのおしゃべり娘、臼井碧子さんに教えてあげようっと。
「前にね、蒼井くんが赤岩さんの体操服嗅いでるの見たよ」
さーて、私の君に捧げる魔法のスペルはこれで終わりよ。
後は自らの反省を求めるわ。蒼井くん。
それからわりとすぐに効果は現れた。
蒼井くんが私に一冊のかわいい表紙のノートを持って来たのよ。
「僕、このノート貰ったんだけど、僕が使うのは恥ずかしいから良かったら使ってくれない?」
・・・聞いたのね。私の遠回しで送った君宛の苦情。
「・・・いいの? ありがとう。でも、なんで私に?」
「えっと、こう言う可愛いのシロイさん好きそうだったから。ほら、いつもこういう感じの持ってるみたいだし」
「ふうん」
これで蒼井くんと私はイーブンね。
因果応報って言うじゃない?
君はお友達をいっぺん失くしてから性格も改善されたね。そうよ、"弱き"人たちにも優しく接してちょうだいね。
私の魔法のスペルは大成功。
これからは行動には十分気をつけてね。
ーーーーーほら、私はいつだって嘘は言ってはいないの。わかるわよね?




