白茅のリサーチ〈ふうら〉
ボクは4人でとりとめのないことを少しだけ歓談した後、大鏡じいちゃんの書斎へ行くことにした。
「ヤシロ、ボクはじいちゃんとこに行ってくる。遅くなりそうだったら先に帰っててくれ。白茅、頼むぞ」
「そうだわ、ヤシロ! 今日はふうらとうちに泊まったらどう? こんな機会そうそうないもの。今夜一晩の秘密の女子会なんてどうかしら? お泊まりセットは来客用のものがあるから大丈夫よ。着替えは来客用のバスローブ貸してあげるから」
のばらが気まぐれを言い出した。
「本当に? いいの? きゃーっ! すてきーぃ! ふうらちゃんもいいよねっ、ねっ!」
ヤシロのこのもろ手を上げての遠慮のない喜びように誘ったのばらもクスりとした。
ある意味単純でおおらかでちょっとがさつな明るい女の子ヤシロ。
ボクはヤシロといると気分がいい。
「わかった。家に連絡しとけよ。ヤシロ」
ボクはそう言い残すと部屋を出た。
「僕もふうらと行こう」
白茅が一拍置いてからついて来た。
「・・・今回の件はその・・・世の中には関わってはいけない人種がいる。そんな話で・・・・・」
前を向いたままの白茅の横顔に懸念が浮かんだ。
白茅チームのリサーチが重大な何かを突き止めた?
大鏡じいちゃんは何を話すのだろう・・・・・
さっきの部屋からは中庭を挟んだ反対側の部屋。
コンコンっ
ドアをノックする。
「白茅とふうらです」
「・・・おお、来たか。入りなさい」
大鏡じいちゃんのくぐもった声がドアの向こうから聞こえた。
ボクたちは社長室のようなじいちゃんの書斎に迎え入れられた。
じいちゃんのマホガニーのアンティークデスクの左右斜め前には、チッペンデールの復刻版のベロアの赤い生地の素敵な猫脚アームチェアが一脚づつはす向かい合わせに配置されていて、ボクと白茅はそれぞれに座った。
窓の外には美しい中庭の緑。
ここはボクの憧れの部屋。
ボクもいつの日かここまで贅沢ではなくても小さな書斎が欲しいなぁ・・・
ついついボクがこの部屋の雰囲気に魅せられ、うすぼんやりしている間に、白茅がボクたちに永井っちのことをどこまで話したかを大鏡じいちゃんに話していた。
「そうか・・・わかった。ふうら、聞きなさい」
じいちゃんの声にボクはハッとして顔を上げた。
「いいか? この事は誰にも言ったらいけない。絶対に」
威厳のある厳しい視線を向けられドキッとした。
「はい。わかったけど・・・・・」
ボクは戸惑って、横の向こうの同じ型のチェアに座っている白茅を見た。
「僕から話そう。端的に言うとあの永井姉妹には保険金に関する大いなる疑惑があってね・・・」
「これには何も証拠はない。ただの憶測に過ぎないのだがね、私のカンは "君子危うきに近寄らず" だ」
大鏡じいちゃんがボクを見た。
慈善家のじいちゃんがそんなこと言うのなら余程の事だ。
「ふうら、これは僕のチームのリサーチだ。僕たちが永井家についてここまで調べ上げていることは永井ヨネリも知らない」
白茅の話によるとこんなことだった。
白茅のチームの面子のことはボクには知るよしもないけど、彼らは永井姉妹の情報をネットを駆使し収集し、それを元に図書館で過去の新聞記事を調べ、ある事故を知ったという。
彼女たちは中学の数学教師をしていた父親と、元高校の国語教師をしていた母親の下に生まれた。
彼女らの子どもの頃を知る人によれば大変な教育熱心な両親の下でたいへん厳しく育てられたらしい。
ヨネリが生まれたのを機に、仕事を辞めた母親が彼女たちの生活全てをコントロールしていたという。
小学校当時のヨネリの同じ団地に住んでいた同級生によれば、ヨネリには毎日習い事や塾があるので、放課後に約束して一緒に遊ぶなどとは一切無かったとか。
それにヨネリの母親は怖い、という噂があり、彼女を放課後遊びに誘う人もいなかったようだ。
なんでも、彼女と同じ団地に住む人たちの中では有名な母親だったようで、それはなぜかというと、毎日の大きな怒鳴り声での事だったそうだ。
永井姉妹が学校から家に帰った途端始まる母親の怒鳴り声。
子どもが口答えすれば何倍にもなる怒鳴り声。
母親の叫んでいる言葉は正論だった。
ーーー帰ったらすぐに手を洗いなさい。ダメ! そんないい加減な洗い方では! ちゃんと教えてあるでしょう? うがいもほら、クスリを入れて3回よ!
ーーーそしたら、ほら、水分を取りましょうね。お茶を一杯飲みなさい。
ーーー次は宿題よ。塾の時間までに終わらせないと。なあに? おトイレに行きたいの? では1分で。はい、カウントダウンよ。59、58、57、56・・・・・
ーーーなんでそんな簡単な問題が解らないの? もうっ! 何回言ったら覚えるのっ! 違うでしょっ! ほら、もう一問やりなさい! 次はこれよ・・・・・どうしてお母さんの言うことが聞けないのっ! 出来損ない! バシッ!
うぇーーんっ、きーーーっ! ぎゃーーっ!
ーーー子どもの鳴き声。罵る声。更に高鳴る鳴き声。怒鳴り声。
子どもが泣きすぎてえずくと、今度は打って変わった母親の優しい猫なで声。幼稚園の子どもに言い聞かせるような。
ーーー大丈夫よ。ヨネリもイネリも本当はすごい子なのよ。ほら、アイス食べようか。よしよし
「・・・ひっく、ひっく・・・うん、お母さん大好きだよ・・・」
「お母さんもよ」
・・・かと思えばまた厳しい声が響いてくる。
ーーーもう塾に行く時間よ。急ぎなさい。30秒で支度しなさいっ!
はい、29、28、27、26・・・ほらほら、遅いわよっ・・・20、19・・・・
そのような会話が毎日、団地の薄い壁を通し、上下左右周りの部屋の住人にも、下を歩いてる歩行者にまで丸聞こえになっていたらしい。
母親の言う通りに時間内に行動しなければヒステリックな叫び声が起こる。近所の人々も心配してはいたものの、教育者が二人も揃った両親の家庭に口出ししようとする者などいなかったという。
というか、誰もここの家庭とは関わりたくなかっただろうし、同じ団地の人たちとは自分以外とも挨拶程度しか交わされていなかったんじゃないか、と この情報のソース源は語ったらしい。
外で話す時はごく普通の優しそうな小柄なお母さんだったそうだ。
家の中から聞こえるあの声の主だなんて想像できないような。
そしてヨネリが大学2年、イネリが高校1年の時に第一の事故は起こった。




