イネリとヨネリ〈ふうら〉
そんなに話が進んでいたなんて!
ボクはびっくりだ。
永井イネリとヨネリ。姉妹だったのか?
「白茅、これって・・・」
ボクは今日の話の核心に触れたんだ。
「ああそうだ。彼女たちは二人きりの姉妹だった。鬼胡桃高校に去年勤務していたのは妹のイネリ、今年度落花生高校に転任して来たのは姉のヨネリだ」
「・・・あの清楚永井っちのお姉さんだったんだ・・・」
ヤシロがぽそっとつぶやいた。
如月くんの話によればイネリは去年は生徒に陥れられて精神的に病んだのだろう。半年ほどで休職していたみたいだし。
ヨネリは何と言っているのだろう?
「動機は? イネリにも会えたのか?」
「残念ながら妹のイネリには会えなかった。彼女は精神的に不安定だとかで姉のヨネリはそこは譲らなかった。こちらが今後もイネリに一切接触しないということも契約の条項の一つだ」
「まだシロイ、ならぬ "ルルスの呪い" から抜け出せないでいるのか・・・」
「ヨネリによればイネリは、問題のある生徒の指導に疲れ果て精神を病んでしまったと言っている。ふうらの報告と合致するけどそこのところは我々にも確定は出来ないし、そこは我々の問題点でもない」
「清楚永井っちかわいそう・・・」
ヤシロが隣でまた小さくつぶやいた。
ヤシロは優しいな。ボクには同情は無い。
「姉のヨネリが言うには妹のイネリは昨年度の途中で鬱病と診断され、休職した後はヨネリが面倒を見ていたそうだ」
「だからって、なんで妹の影武者となって我が校に来たんだ?」
「ヨネリによると、新任1年目から生徒指導に疑問符をつけられたイネリには次の失敗は許されなかった。ここで指導力を見せなければもう先はないと思ったそうだ。だが、肝心のイネリは鬱から自分のコントロールさえままならない状態だそうで。」
だからって身代わりになるなんて普通じゃない。
「姉のヨネリは自身も大学で教職課程を取っていて、中高の数学の教員免許は持っていた。これはこちらも確認済み。で、それで妹を見かねて身代わりになる決意をしたらしい。その時はフリーランスでWebデザインを請け負って生計を立てていたそうだが顧客の要求も際限はなく精神を削られる上、その割に儲からない厳しい経営状態だったそうだ」
「イネリのキャリア経歴と自分たちの生計のために身代わりに?」
「他に頼る人もいないヨネリはイネリの面倒も見なければならない。自分の仕事も思わしくない。そこで妹の身代わりとなり、安定した教師の職を引き継いだそうだ」
「でも、数学教師が古典の教師なんていきなり出来るもんなの?」
「ああ、そんなのは教科書とワークに沿って説明するだけだからね。学習塾の個別指導みたいなものさ。教材として用意されたプリント問題を予習しておいて、同じプリント問題を生徒に解かせて教える大学生のバイトの先生みたいなものさ。古典全てに深い造詣は無くともなんとかなるものらしい。それに彼女らの両親は二人とも教師でね。母親は元国語の教師だったそうだから多少は知識があったのかもしれない。家にはイネリもいるから質問して教わることも可能だし、本人も必死で勉強したと言っている」
「永井っちの授業はわかりやすかったわよ。ねぇ? ふうらちゃん」
ヤシロはやっと緊張がほぐれて来たみたい。
ピタッと張り付いていたボクから、やっと離れてからボクに向き直って言った。
「そうだな。自身も最近から本格的に古典を学び始めたわけだから、わからない生徒の疑問点にも配慮出来てたんじゃないかな」
「でも、どうしてニセ永井っちはあたしたち女子生徒に厳しかったの? のばらにだって厳しく当たっていたよね」
ヤシロはテーブルを挟んだ向かい側に座っているのばらに問いかけた。
白茅が代わりに答えた。
「のばらについては・・・たぶん、のばらは古文の知識だけは大学生よりも豊富だからね。幼い時からの大鏡おじいさまの仕込みでね。それで自身の浅薄が見破られないように牽制していたのかもしれないな」
のばらは隣の一人掛けソファーに座る自分と同じ髪色を持つ白茅の横顔を見てる。
「それにね、こんな諺があるだろう?『主憎けりゃ袈裟まで憎い』って。唯一の家族であるイネリをここまで追い詰めた女子生徒は姉のヨネリにとっても敵に見えたんだろう」
「えーっ! そんなのあり? あたしたちは永井っちに何にもしてないのにひっどーい!」
ヤシロがほっぺを膨らませた。
「あはは、だね。それに・・・いや。なんでもない」
白茅の顔が曇った。
・・・・・フフン。ボクにはお見通しだ。そんな諺だけでは説明になってはいない。何を隠している?
ヤシロには言えない何かがまだあるんだ。
ボクたちに飲み物とお茶菓子が運ばれて来た。
「きゃーっ! 出たー! アフタヌーンティー3段ケーキスタンド! スコーンにサンドイッチにフルーツタルト!ブリティッシュねっ! きゃー! どうしよう~、素敵~♪」
ヤシロのうっとりの瞳にハートを浮かべた飾り気のない喜びように、メイドの森木林さんも嬉しそうだ。
ヤシロに聞かれて楽しげにスイーツの種類ごとの説明をしている。
ヤシロは誰とでもすぐ仲良しだな。
こんな森木林さん、初めて見たぞ。
ボクはちょっと、この二人に妬けてしまう。
ヤシロはスイーツ効果により今までの緊張がすっかり無くなって元に戻った。
ははっ・・・もっと早く持ってきてもらえばよかったな。ヤシロ。
「ねえ、のばらもふうらちゃんも・・・これにモン○ナはどうかと思うわよ」
自分のストレートティーを前にボクたちに非難の目を向けた。
「・・・いや、これはこれで合うんだ。ヤシロ」
ボクはヤシロに味の話をすると今度は のばらが言った。
「そうよ、ヤシロ。私たちは決められた固定的価値観からは解放されてるのよ。伝統だって少しずつ時代に合わせられないままでは廃れるものよ? 倫理観も常識さえ時代でどんどん変わって行くの。それが原因で新旧摩擦も起こるけれど、変化できなければそのうち滅びるわよ。何にしたってね。ふふ、ヤシロも古典をよーく学べば解るわよ」




