自己完結〈如月〉
土曜日。午後2時。
俺は早めに着いた。
愛するヤシロとの待ち合わせ。
それなのに俺の心は沈んでいる。
あれは俺のせいだったんだ。
宇良川ルルスに恨まれてた俺の巻き添えで、ヤシロとミオンと礼千まで。
こんなこと今さら知ってどうなるっていうんだよ?
宇良川さんはたぶん本当の事を言っている。
言ったのはただの噂話程度のこと。
それがなぜ、あんなにひどい話に変わって行ったのかは分からない。
きっと何かの策略があったはずなんだけれど。
当時も宇良川さんは、真面目でしっかりした優秀な人だという認識だった。
誰もが、そう思っていた。
もし、当時宇良川さんがあんなひどい噂を言い出していたとしたら周りがビックリして、それこそが噂になっただろう。
風紀委員長だったわけだし。
結論、宇良川さんはあからさまな悪口などは言ってはいなかった。
もう、これだけわかれば十分だ。
俺は鬼胡桃駅でヤシロを待ちながらある決心をしていた。
そう、俺はヤシロと付き合う資格なんてねーんだ。
俺は宇良川さんからは、ブロックしたこと以外でも恨まれていた。
彼女はいつからか知っていたんだ。
俺が彼女に二つ結びを勧めた理由を。
俺がずっとヤシロを想っていたことを。
俺は彼女にヤシロの真似事をさせておいて放置した上にシカトしたせいで傷つけてしまっていたんだ。
こんな俺はヤシロと付き合う資格はない。
それに、もし俺がヤシロと結ばれた事を宇良川さんが知ったら彼女の悪意はヤシロにも向くだろう。
ごめんな。ヤシロ。
俺らこんなに想い合っていても結ばれない運命だったんだ。
こんな悲劇をどうやってヤシロに伝えればいいんだよ?
俺の心の中はこのどんよりとした梅雨空の如く。
俺のこの決断、ヤシロは許してくれるだろうか?
「如月くん!おまたせ」
ヤシロだ!
改札を出て俺を見つけて笑顔で手を振っている。
ガチでキュートなヤシロ!
今日は髪をおろして両サイドは編み込んで後ろで結んでる。
水色のフェミニンな膝上のヒラヒラしたワンピース。白いサンダル。
まるで妖精が現実化したかのようだ・・・
俺の為にこんなにおしゃれしてきたんだな。それなのに・・・
俺はヤシロを受け止める事は出来なくなっちまったんだ!
何年もかかった末、俺らはこれから始まる所だったのに。
なんて悲劇だよ?
「よお!ヤシロ」
俺はそれでも空元気を出して笑った。
「あの・・・ごめんね。嫌な事頼んでしまったこと、あたしすごく後悔していたの。如月くん」
「・・・別に。ヤシロ、俺、そのこと落ち着いたとこで話たいんだけど近くに緑地公園があるんだ。どう?」
「うん、行こ」
ヤシロは俺の気持ちも知らずにニコッと可愛い笑みを俺に投げ掛けた。
ヤシロが魅力的なほど、俺の心は暗い重さが増す。
本当は今日、俺たちは愛をはっきりと言葉にして確かめ合うはずだったのに。
「こっちだ、ヤシロ」
俺はヤシロの前をさっさと歩き出した。
ヤシロを見てしまったら俺の決心は揺らいでしまいそうだ。
今から俺はヤシロを彼女に出来ないって告げなきゃなんないのに。
俺とヤシロは、子どもが遊ぶ遊具広場から離れたただの草っ原のエリアの隅にあるベンチに並んで座った。
「早速だけど、宇良川ルルスに、あの事聞いた」
俺はヤシロの目を見てから前を向いた。
「ごめんなさい。あたし、あの時感情的になって、過ぎ去ったことをいつまでも言ってしまったの。ミオンだってもう気にして無いって言ってたわ」
ヤシロはもじもじと言いにくそうに言った。
「・・・そうか。なら良かった。俺、ヤシロもミオンにもそう言って貰えてホッとしたよ」
「やあね、如月くんが何か悪いわけでもないのに」
ヤシロは優しい顔で俺を見る。
その根本の原因を作ったのは俺だったんだけどな。
俺は言えない。
宇良川さんにヤシロの真似事させて恨まれた結果が回りに回ってあの噂を引き起こしていたなんて。
「宇良川さんは俺たちの悪口は言ってはいなかった。俺たちの噂話をしたことはあるそうだけど、言ったのは特に問題ある事でもなかった。よく考えてみれば風紀委員長が風紀を乱すこと言うわけないしな。」
「・・・そうね、そうよね。あたしも落ち着いて考えたらそう思う。ありがとう・・・宇良川さんに聞いてくれたこと」
「なあ?あれ、もう、忘れてくれるか?」
「うん、忘れた!」
ヤシロはちょっと照れたように言ってからバッグから小さな白い紙の袋を取り出した。
「あのね、如月くん、今月が確かお誕生日だったよね? これ受け取ってくれる?」
「なんだろ?」
袋には朱色で "御守り" って書いてある。
「これはね、如月くんのために付梨神社で特別にご祈祷してもらった御守りなの。これで、膝が良くなる訳ではないけれど、如月くんの痛みを分かち合えたらって・・・・・そう思ったの」
控え目に微笑むヤシロ。
感無量。
ヤシロは俺のことこんなにも想ってくれてたんだ・・・
くそぉ! 本来ならここで俺はヤシロを思わず抱き締める所なのに。
「ありがとう、ヤシロ。俺の為に・・・」
御守りを受けとる俺の手にヤシロの指が触れる。
俺、泣きそうだぜ?
「ううん、如月くんにまた会えたのは嬉しかったし」
俺、ヤシロとは付き合えないこと伝えなきゃ・・・
ほんとは言いたくねぇよ! こんなこと。
・・・だけど、俺は。
なんて言えばいい?
ヤシロを傷つけないように遠回しに言わねぇと。
「あー、っと。ヤシロ? 聞いて」
「なあに?」
「俺、これからは直接ヤシロのこと護ってあげられない」
「・・・・・え?」
「でもさ、俺たちは心では心の奥ではずっと繋がっているんだ。わかるだろ?」
「うん、そうね。あたしたちは中学の時からだもん。特別よ」
「だよな。俺たちは特別だ! スペシャルだ!」
「・・・どうしたの?」
「だけど頼む・・・ずっと友だちのままでいてくれ! これからはヤシロと一緒に行けないんだ。ゴメンな・・・ヤシロ。俺がこんな男で」
「・・・どうしたの? 謝らないで。」
「詳しいことは・・・・・聞かないでくれ。ヤシロには言えない」
「・・・そうなの? 何かあるのね? わかったよ・・・いいのよ、気にしないで・・・如月くん。どうしてもってこと・・・あるよね」
「優しいんだな。ヤシロ」
ヤシロは俺の心中を察して理解を示してくれた。
俺たち、以心伝心だな。
言葉はなくても俺とヤシロはここまで相思相愛だったんだ。
「・・・・・普通だよ? そうだ! あのね、最後にあたしにお願い事とかない? 何かあるかな? あたしに出来ることなら何でもいいのよ」
ヤシロ・・・
俺を誘ってんのか?
俺たちの最後にせめて甘い思い出を作りたいんだな?
そりゃ俺だって!
でも、そんなことしちゃダメだ! 俺たちは今後も友だちとして長く付き合って行くためにはここでは自制心が必要だ・・・
くっ!
こんなシチュエーション、まさに地獄じゃねーか!
まさしくこれはルルスの呪いだ・・・・・
「ゴメンっ! ヤシロ」
俺は思い切りぎゅっとヤシロを一瞬抱き締めてからその場を走り去った。
俺の決心が揺らがない内に。
理性を保っている内に。
それに、俺の目からは似合いもしない涙が浮かんじまって、こんなのヤシロに見せたくねーよ。
ヤシロだって余計に苦しくなっちまうだろ?
俺の心の中の永遠の恋人はヤシロだぜ・・・・・
この御守り、一生大切にすっからな。ヤシロ。
ヤシロ! 次会う時は俺らは普通の友だちとして会おうぜ!
さようなら・・・俺の4年越しの恋。
自意識過剰にて、勝手に一人で始まり勝手に無事自己完結!




