それでも僕は君を想う〈古谷〉
業村ゴウシくん、落花生高校合格おめでとう!
甲斐会長もプロジェクトチームも大喜びだ。
関わった講師たちには臨時ボーナスが出るとか。(二人で焼き肉行けるくらいらしい)
要忖度 & チョイ悪キャラで講師陣を非常に悩ませた業村ゴウシくん。
元々の頭脳は明晰だったんだろうね。受験直後の自己採点でも450は行っていたし、実際落花生高校の中でも上位での合格点だったに違いない。
あのスペシャルトリートを受けたとしても、この結果はこちら側にとっても想定以上の出来だったと言える。
彼みたいな子はどんな大人になるんだろう? 良くも悪くも有望なのは間違いない。
エントも髪を犠牲にしてまでよくやった! これで任務完了 and ストレスフリーだな。そのうちまた生えてくるだろう。
その必須アイテムとなったニット帽を外せる日も近々必ず来るさ。Maybe ‥‥‥
なんだかんだあったけれど、成績急上昇で無事志望校に合格したし、関わった講師たちによる授業の感触は良かったんだろう。
その業村ゴウシくんは、高校に入学後は数学と英語をチョイスして、週2でここに通うことになったんだ。
彼はもちろん講師とおしゃべりしながら楽しく学ぶというコンセプトのA組を選んだに決まってる。
ゴウシくんは一般と同じ通いの受講生となったため、彼の受講に対して永井さんは除外されず、当然ながら数学講師は永井さんを選んだ。
だよねー。知ってた。
もち、初日から永井さんのことすごく気に入った模様。
二人並んでの個人授業は まるで仲良しの姉が弟に教えてるみたい。
うーん、僕も永井さんの授業予約してもいい? はぁ~‥‥‥僕も高校生に戻りたいよ‥‥‥戻れるもんならさ。
9時20分の最終授業が終わった後、今日のクローズの僕は、教室のカギを閉めるために、室内点検し、消灯して教室を出た。
同じく授業を終えた永井さんとゴウシくんが廊下で立ち話しているのが聞こえて来た。
「俺、去年も永井先生がよかったなぁ~」
「あら? 丹治先生の教え方、面白かったでしょう?」
「くっくっく‥‥‥まあね。確かに面白かったよな~‥‥‥からかうの」
業村ゴウシくんが思い出し笑いをした。
「‥‥‥業村くん? 丹治先生に何か言ったの? ダメよ、大人をからかうなんて」
永井さんはやんちゃな弟を叱るような口調だ。
「だって、あの先生さ‥‥‥くくくっ」
「丹治先生がどうしたの?」
‥‥‥全く、この業村ゴウシくんはイタダけないって。永井さんは昨年のゴウシくんとエントの内情の詳細は知らない。
今日はエントは休み。オマエ、何を話そうとしてんのか知らないけどやめておけ。エントが昨年度、オマエのためにどんだけ忍耐してたと思ってんだ!
永井さんの前でここにいないエントに恥かかせんな!
それにもう、今日の授業は終わったんだ!
「永井先生、ちょっとオフィスで見て頂きたいものがあるのですがいいですか?」
僕は割り込んだ。
「オフィスで? はい、わかりました。古谷先生。何かしら? じゃ、さよなら。また来週ね。気をつけて帰ってね、業村くん」
「さようなら、業村くん。もう遅いしまっすぐ帰れよ」
僕が言うとゴウシくんは僕を見て、ごくかすかに嘲笑を浮かべた。
「‥‥‥わかってますよ、古谷先生? じゃ、俺帰りまーす! 永井先生、まったねー!」
くるりときびすを返し、顔だけでちょい振り返り そう言ってから、階段をタッタカ降りて行った。
‥‥‥ったく、なんて憎たらしいガ‥‥‥いや、生意気な生徒さんなんだろうね?
僕たちはゴウシくんの姿が下り階段から消えるのを見届けると、3Fオフィスへと登り階段に足を向けた。
「あの‥‥‥見て欲しいものって何ですか? まさか私、何かしでかしてたとか?」
永井さんは今日オフィスでしたことを思案し始めたようだ。
永井さんとゴウシくんを離そうと、咄嗟に出任せを言っちゃった僕。
ヤバい。そんなもの、見て頂きたいもの、なんもないよ。
「‥‥‥ええっとですね、ええっと‥‥‥」
「‥‥‥そんなに言いにくいことなんですね? 私何か し忘れてたかな‥‥‥」
永井さんがスッゴい誤解してる。どうしよう?
なんかない? 彼女に見せるもの。見せたいもの‥‥‥
えっと、えっと‥‥‥ああ、そういえばあれが‥‥‥
「えっとですね、あー、実は僕以前、講義先のお宅で御守り袋を頂いたんです。それ、一度だけですが うす暗いところでぼうっと一瞬だけ光ったのを見た事があって。何でだと思いますか? ちょっとだけ見てもらえませんか? 僕、そのことずっと気になっていて」
これは正月明けに頂いたもの。ずっとカバンの片隅に入れたまま‥‥‥
「‥‥‥御守りがですか? いいですよ。蓄光性の塗料とかかもしれませんが‥‥‥一瞬ですか? だと、それでは変ですよね」
「えっと‥‥‥一瞬というか、呼吸するみたいに一回ぼうっと光って消えた‥‥‥ってかんじですかね。僕が見た時は。それきりです」
「そうですか‥‥‥自発光でずっと光り続けているものは危険物質の可能性がありますけど、お話ではそうではないようですね‥‥‥」
永井さんは思案顔になった。
「そう‥‥‥ですか」
あれ、危険性があったかもしれないなんて? そんな可能性、僕は1ミリも考えていなかった。だって、あのご夫婦が若い頃からずっと大切に持っていらしたというのだから危険性があるとは思えない。
永井さんは立ち止まってハッと僕の顔を見た。
「そうだわ! 阿南富さんに聞いたらどうかしら? 彼女は親切だし聞きやすいわ。でも彼女は生物が専攻だったそうだけど、基礎的な理科全般の知識はあるもの。化学も好きだったそうですよ。今日はもう帰ってしまったかしら?」
「いえ、そこまでの事では無いからいい。なるべく人には見せたくないんです。永井さんにちょっと聞いてみようかなって思っただけで‥‥‥」
「‥‥‥そうですか。私でいいんですか? 古谷さんが構わないのでしたら私は。とにかく実物を見てみなければわからないですね。中身は確認されたのですか?」
僕たちは階段の踊場の角で止まって向き合っていた。
すぐ上の廊下の向こうからざわめきの塊が近づいてくるのが聞こえる。
すぐに階段のすぐ上に人影が現れ、10人前後の講師や職員が階段を降りて来る。
「おっ、今日のクローズ古谷か、お疲れー、お先に!」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
僕たちは笑顔で返す。
通り過ぎてから、数人は僕たち二人を振り返ってチラリと見た。
僕と永井さん、どう見えてんだろ? さっきゴウシくんにも見破られてしまったって事は‥‥‥僕の恋心、駄々もれってことだよな‥‥‥
ねぇ、永井さんも僕の気持ち気づいてる? それなのに知らんぷりしてただの同僚として接しているの?
君の表情からはわからない。
だって君はいつだって同僚には礼儀正しいし、気さくに受け答えはしてくれるけれど、だからと言って相手に親しみは向けられていない。
誰に対しても。
いや、学生の生徒さんたちには慈愛の心が向けられてる。
初めて君と会ってからまる3年過ぎた。
2年前の冬、僕は君の対象外だってエントの話から知った。
永井さんにとって同僚とは同僚で、それ以上にはならない定義らしい。
前提から失恋していた僕。
エントと慰め合ったあのクリスマス。
その冬の正月明け。
初仕事で向かった牧野御夫妻のお宅で。
子どものいない彼らは、僕を孫のように思ってくれていたらしい。
僕にお年玉だと言ってこの古ぼけた小さな御守りを渡して来た。
僕は遠慮したのだけれど、子どものいない私たちは他にこれを託せる人がいないから僕に貰って欲しいと言った。
親戚に子どもはいるけれど、きっと渡しても下らないものだと捨てられてしまうだろうからと。
私たちも もう年だし、いつ死んで仕舞うかわからないから形見として受け取って欲しいと。
そしてこう言った。
『これには金銭的な価値は無いのよ。でもね、お金では決して手に入らない。大切に持っていてね。古谷さんに特別な愛の御加護を。ね? 新月さん』
『ああ、小雪さんのお好きなように。それはもともと君のものだ』
微笑みを交わす素敵な老夫婦。
古ぼけた御守りを手に戸惑っていた僕‥‥‥‥‥




