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ABSOLUTE CONTROL ~リアルの呪文をあげる  作者: メイズ
穏当な帰結と当惑の帰趨
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僕の仕事〈古谷〉

「おはようございます、丹治講師」


 永井さんはスツールから立ち上がってエントに会釈した。



 永井さんはもう、通常モードに戻っていて、さっきの涙は幻だったかの如く無くなっていた。


「あっちへ行こう。今日の打ち合わせだ。永井さんの今日の担当の子の指導ポイントを検討しようか」


「はい、よろしくお願いします」


 永井さんは僕に一礼するとエントと話しながら離れた席に去ってゆく‥‥‥


 エントが僕をちらりと横目で見た。


 クゥー、チックショウ!


 新歓以来の、僕にやっと訪れた第2次接近チャンスだったのに。


 それにしても‥‥‥


 永井さんの意外な一面を垣間見てしまった。

 僕は益々彼女の事が気になってしまうじゃないか。


 もっと二人きりで話したかったな‥‥‥



 それからポツポツと講師たちが出社して来た。


 さてと、仕事仕事! 僕の講義を楽しみに待っていてくれてる人たちがいる。


 僕は今日の予定を再確認し、今から向かう2件分のグループ講義の教材プリントの用意をした。壁に張りついているホワイトボードの僕の名前の横に『外講2、帰5』と記入し、オフィスを後にした。


 今日の僕の二件目は2時スタート4時終了。永井さんの初めての授業は5時スタート。始まる前にはギリ戻って来られるだろう。


 いつもより足取り軽く僕は歩く。


 彼女のことばかりが心に浮かぶ。


 何でこんなに彼女のことが気になるんだろう? 確かにギャルに変身する前の永井さんは僕のタイプだった。


 童顔に黒髪ストレートの姫カット。何か冷めてるような雰囲気。感じるミステリアス。


 一目見た時から、その黒い瞳に宿る引力に僕はなぜだか引き込まれてる‥‥‥



 この午前中には隣の駅から少し離れた場所にある閑静な高級住宅地に向かう。その一角の豪邸に住む素敵な老夫婦のお宅へ伺っての講義だ。


 時間通りに伺う連絡を入れて、オフィスが入っているビルの目の前の駅からタクシーに乗った。


 あそこにはほぼ、毎週通ってる。


 そこに住む仲睦まじい牧野さんご夫婦の奥様は、この辺りでは有名な慈善家の牧野大鏡氏の妹さんだそうだ。


 彼女は郷土史に精通していて古典にも大変興味をお持ちの人だ。


 ここのお宅では、講義というより、古典をトピックにした3人でのおしゃべりだ。


 多分、このご夫婦は若い話し相手が欲しいのだろう。

 郷土の古文書に詳しいこの人たちとの会話は僕にとっても有意義な時間だ。



 僕も年をとったら永井さんとこんな風になれたらなぁー、なーんてね。憧れるな。


 素敵な庭を眺めながら長年連れ添った愛妻とともにゆったり暮らす生活。その窓辺にはかわいいネコが寝ていたりするんだ。



「お客さん、そろそろですがどの辺で?」


「あ、この辺で降ります。ありがとう」


 僕がひとり妄想に耽っている間に着いていた。



 僕のことを今かと庭先まで出て待ち構えていたご夫婦。


 彼らが僕の講義(というか、僕は聞き役の方がメインだけど)を楽しみにしてくれているのはとても光栄だ。この仕事をしていて良かったと思えるのはこんな時。


 奥様が入れてくれたハーブティーとハーブクッキーをいただきながら、今日は六歌仙(ろっかせん)と呼ばれている歌人について語らった。奥様は小野小町がお気に入りで旦那様は僧正遍昭(そうじょうへんじょう)がお好きなようだ。


 仕事だというのに僕の方が楽しんでいる。僕の方が癒されてしまうお人柄のご夫婦。


 あっという間に時間は過ぎてお土産のハーブクッキーまで頂いてお宅を後にした。


 このクッキーはオフィスのお茶菓子にコーヒーサーバーの横に置いておこう。女子社員喜ぶし。



 僕は余韻を楽しみながらゆったり歩き、住宅街から抜け出した。


 もう、昼メシの時間だ。


 幹線道路沿いにある人気のラーメン店の前には行列。あー、僕もひさびさにマシマシ食べたい。けど今は無理。


 この散財したお気に入りのスーツにシミがついたらショックだし。臭いが付くのも心配だし。


 ちょうど来たバスに乗り近場の駅まで行った。駅前にあるコーヒーの店でラテのトールサイズとベーグルで軽く昼食を済ませる。そしてこのゆったりしたソファーでひと休みしながらケータイチェック。



 結局いつもたどる僕の月曜コースだ。


 次は、ウォーターフロントのタワマンの最上階のお宅へ。



 僕は今からの2時間、お元気な60代奥様5人グループに、アミューズメントとエデュケーションを提供しなければならない。


 トピックは先週からの続きの源氏物語。今日は12帖 須磨から。光源氏が須磨に向かうところから。


 しかしながら‥‥‥女性同士のおしゃべりは止めようも無くて、僕の話の入る余地が無くなることもしばしばで、このグループの講義を引き受けてから半年経っているのにまだ11帖までしか進んでいない。


 1年間契約で引き受けることになっているけど、年間計画は遅れに遅れ、後残りの半年で最終回の54帖までは絶対に終われない。この分では源氏が隠れてしまった後は はしょるしかないだろう。


 このグループは古文を習いたいと言うより、この講義を女子会開催の理由にしているだけっぽい。僕が帰った後も延々とおしゃべりしているそうだから。


 女性はいくつになってもおしゃれして集まっておしゃべり、が好きみたいだ。


 永井さんは‥‥‥どう見てもこういうタイプじゃないよな? 


 いや、でもこれくらいの年齢になったらこんな感じになっちゃったりして?


 彼女らは僕の事をよく見ているらしく、『古谷先生、何か良いことがあったでしょう? ふふふっ』なんてニヤニヤしながら言われてしまった。


 全く、僕はこの陽キャの奥様方には敵わないです。



 僕は眼下に広がる海を眺めながら悠々自適に暮らしてる奥様5人に見送られて部屋を出る。


「では失礼します。来週もお目にかかれるのを楽しみにしております」


 僕は礼儀正しく、角度30゜で2秒停止のお辞儀をする。


「もちろん私たちもですわ、先生。来週も宜しくね」


「そうよ! センセ? なんなら次回彼女も連れて来なさいな。私たち、興味津々ですのよ」


 この人たちは僕のこと、自分の甥っ子くらいに思ってる。



「あはは、ご期待に添えなくてお恥ずかしいです。素敵な彼女がいれば僕の方から自慢したいところだったのですが」


「まー、隠しちゃってー。照れてるの?」


「ははっ、また来週ですね。失礼しますっ」


 僕は笑って誤魔化し、早々に立ち去った。



 もう、彼女たちにつかまったら玄関先でもキリが無いからな。


 きっと今頃奥様5人で、彼女がいない僕のネタ話で盛り上がっているに違いないよ。はぁぁ~



 さーて、もう4時過ぎてる。


 早くオフィスに戻ろう。今のでめっちゃ若さ吸い取られた感。永井さんを見てエネチャージしないと僕はもう もたないかも。



 来た時より幾分か冷えてきた 潮の匂いのする風に吹かれながら僕は、足を早めた。





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