彼女とギャルと甲斐会長〈古谷ショウ〉
あれは僕が入社してちょうど3年過ぎ、4年目に入る3月の末。
彼女が入社して僕と出会ったのは、運命だ。少なくとも僕の方だけはそう思っている。
その年、講師として入社したのは男女各5人。
いずれも見目良く、頭脳明晰の選び抜かれた人たちだ。
僕たちの仕事は表向きは講師。
裕福層をターゲットにした個別指導の塾と家庭教師派遣の民間企業だ。
僕らの仕事内容は裕福層の子どもたちに勉強を教える。だけど、それだけじゃない。
その親も横繋がりのその交遊グループも僕たちのターゲットにしているから。
僕の場合はこちらの仕事の方が多いくらいだ。
僕らは彼らのサロンに出向き、知的でエレガントな時間を提供し、楽しい会話を挟みつつ、講義もしながらおもてなしする。
酒の代わりに紅茶と焼き菓子を。教養を肴にして。
それはまさにホスト、ホステスの役。
いわゆる夜の社交、の健全昼バージョンとでも言おうか。
こちらの方が儲かるから会長もこちらに力を入れている。
それに親の信用を勝ち取れば成り行き子どもの学習もこちらに任せて貰える。
会長は僕たち講師陣をエージェントと呼ぶ。
そして入社時、僕たちエージェントひとりひとりにキャラの個性を決定する。
会長が僕に要求した個性はジェントル。
物腰柔らかくスマートで素敵なフェミニストを演じること。
僕の外見にはそれが似合うとかで。
これの決定は会長のカンだけで決められるらしい。
僕の場合、古典を教えているから、これって奥様方には程よいトピックになる。
大抵4、5人の奥様方を相手に、講義を交えたおしゃべりの会を2時間ほど。たまにエルダリーな男性グループに呼ばれることもあるけれど。
これらは講義内容など二の次で、僕のスマートで紳士的なおしゃべりの方が重要になる。顧客の気分を害さぬように楽しい時間を提供しなければならない。
古典と言っても幅広い。
昔の艶かしい宮廷恋愛小説やら おどおどろしい怪奇話を集めたもの、滑稽なおちゃらけ話、季節の風景が浮かび上がるような深みのある美しいエッセイもあるし、題材には事欠かない。
その辺はその都度顧客の要望に合わせている。
だから僕はウイークデーの午後は大人用出張講義の予約でいつもいっぱいだ。夕方からは高校生の家庭教師として僕を指名した生徒の家まで行くこともあるし、塾内の仕切られたスペースでの個別指導を行うこともある。
やはり教科的に数学や英語の先生方に比べると学生からの需要は少ないから、大人相手の方が多い。
年上の奥様やおじ様の相手には、やはり失礼無きような会話で。でも余り真面目なことばかり言っていると飽きられてしまうから、多少ときめくような話だってしなきゃならない。
僕はこの仕事にたいした不満はないけれど、これってかなり精神が疲労する。
そんな僕は、これで僕の人生いいんだろうかって疑問に思い始めていた4年目。
僕の前に君が現れたんだ。
彼女の名前は永井ヨネリ。
入社時には黒髪がさらりと揺れる清楚で小柄な人。
新卒だと自己紹介では言っていたけれど、見た目は高校生と言っても通るだろう。
セーラー服が似合いそうだ。
従ってそのリクルートスーツは着られてるって感じ。どう見ても似合ってないぞ。
永井さんは、いかにも優等生で過ごして来たって感じの子に見えた。
その落ち着いた話し方と見たものすべてを見透かすかのような不思議な瞳の力。
初めて見たその時から、僕の気になる存在となった彼女。
そんな僕にいきなり衝撃の事がもたらされた。
その永井ヨネリに甲斐会長が指定したキャラの個性はなんと、"ギャル" だった。
どうしてあんなリンドウの花ような女の子にそんな無茶ぶりするんだ!
僕が彼女に当てがわれた個性が気に入らないからって会長に文句をつける訳にもいかない。
僕はただの使い捨てのエージェントのひとりに過ぎない。
人気が無くなれば、塾構内の指名無き個別指導専門職か、はたまた事務や庶務に回されるか、それが嫌なら退職するかの立場だ。
さりげなく会長に尋ねてみた。
「意外ですね。あの清楚な永井さんに正反対の個性を与えるなんて」
会長と言ってもまだ40代半ばの人だ。彼はまるで俳優のようなスタイルを持った人で、この会社のトップでありここでのすべての実権を握っている。学生時代にこのベンチャー企業を立ち上げ一人でここまで築き上げたとか。
「そうかな? 僕の見立てではあの子は真面目そうな着ぐるみを着ているだけのように見えてね」
「‥‥‥それって真面目なふりしてるって事ですか? 彼女国立でしょ? 確か‥‥‥」
「ふり‥‥‥? そういうのとはまた違うんだけど。僕のカンでは永井さん、イケイケの素敵な先生を上手く演じてくれると思うんだ。今ちょっと手の焼けてる小生意気な生徒も彼女なら上手くいなしてくれそうじゃない? そう思わない? 古谷くん」
「‥‥‥そうでしょうか? 僕にはその辺はよくわかりません」
「ふふっ、僕はね、人を見る目があるんだ。きっと彼女も楽しんでやってくれると思うよ」
甲斐会長はたまに、なぜか金色にも見えることのあるその魅力的な瞳でウインクした。
「彼女はね、上手く扱えばかなりの上物だ。料理すればわかるさ」
うっ! まさか会長、権力をかさに彼女に手をつけたんじゃ‥‥‥!
「どっ、どういう意味ですかっ? 」
顔が熱くなってしまった僕に会長は笑いながら言った。
「セクシーな意味は全くないよ。古谷くんは若いな。はっはっは!」
‥‥‥ホント、甲斐会長は食えない人なんだ。




