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すこし不思議な物語

2020年4月14日《人の消えた街》

作者: 蓮見庸

 遠くに見える山々の頂きには、3月の終わりに市街地でも降った雪がまだ残り、その白い帯を境に、深い青へと変わっていく空のグラデーションがひときわ美しかった。

……通勤電車のシートに座り、車窓を流れる風景を眺めるなんて、いったいいつ以来のことだろうか。


 緊急事態宣言の名のもと、突然、世の中から人が消えて1週間が過ぎた。

 幸い、なのか、あるいは運悪く、なのか。いずれにしても消えずに取り残されたワタシは、いつものように通勤電車に揺られていた。

 白いマスクや黒いマスク、あるいはフェイスシールド、そして手袋をはめた、同じように消えずに残された人たち。

 ソーシャルディスタンスを気にするまでもなく、人のまばらな車内だったが、見えざる不安のなか、お互いさらに距離をとらなければならない無言のプレッシャーを感じる。

 窓という窓はめいっぱい押し下げられ、風がやむことなく吹き抜ける。いくら暖かくなったとはいえ、さすがに体は冷えてくる。

「…マスクを着用し、車内での会話はお控えください……」

 そうアナウンスを流し続ける電車は、やがて地下に潜りこんだ。

 窓の外が暗くなると、マスク姿の人影がガラスに写り、かげろうのように幾重にも重なり合っていた。


 地上に出ると、人の消えた街は閑散として、まるで真夜中の眠った街が、そのまま昼日中へ放り出されたようだった。

 店舗はすべてシャッターが下ろされ、目に入ってくるのは、赤い文字で「休業」と書かれた貼り紙だけだった。


 いつものビルに入り、ドアの前にあるアルコールで手を消毒していると、手のひらにざらりとしたものを感じた。

 ふと見ると、表面を覆っている薄い被膜が溶け、銀色に鈍く光る金属がむき出しになっていた。


「ああ、そうだった。ワタシは人ではなかったんだ」


 人と、人のために作られたモノが共存していた日常。

 ならば、人が消えたこの状況は何と呼べばいいのだろうか。非日常、いや、異常というべきか。それともやはりこれも日常と呼ぶべきなのだろうか。


 しかし、たとえ異常であっても、ワタシがやることを遠く待ってくれる誰かがいる。通信網の向こうから届く、知らない誰かの言葉がひとつでもあれば、それだけでここにいる意義は感じられるし、この日常も悪くはないと思えてくる。

 なぜなら、ワタシはそういう人のために作られたのだから。


 死んだ街に赤い血液を送り込むかのごとく、環状線が走り続けていた。

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