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第九話

 シレネの町の裏社会が大騒動になった事もあったが一般人である私には何の関係もなく、平凡な日々を繰り返し気付けば半年が過ぎていた。

 もしかしてヴァージルはもうこのままこの町に住み続けるのではないか。

 そう思う程に彼は私の生活に馴染み、また私も彼のいない生活が遠い物になっていた。

「今日は、旦那さんいないの?」

「彼は隣町まで買い物に行ってますよ。後、従兄弟であって旦那ではないです」

 店のカウンターで商品を常連さんに渡すと、ヴァージルの姿を度々見ている彼女は興味津々で聞いてきた。

 色々な情報を聞かねば気が済まないような人で、遠くに暮らしていた従兄弟だと嘘をついている。

 年配の女性で自分の生活が落ち着いているからか、あれこれと他人の事情に首を突っ込みたがるのだ。

 情報をこちらに持ってきてくれるのは嬉しいが、一方でヴァージルについて詮索されるのには困っている。

「ふふ、従兄弟なら結婚できるわ」

「もう。相手にされていないんですって」

「そうかしら。彼、他の人に話しかけもしないじゃない」

「人嫌いなんでしょう」

 そうやってのらりくらりと交わしていると、諦めたのか常連さんは別の話題に移ってくれた。

「隣町に行ってるなら、少し気を付けた方が良いわね。最近、辻斬りが多いらしいの」

「へぇ……そんなにですか?」

「ええ。毎晩ね。凄い剣の達人の仕業らしくて、自衛団の人達がぴりぴりしてたわ。

しかも少しずつ移動しているらしくて、この町も気を付けた方が良いかもしれないの」

「そうだったんですか。……ありがとうございます。気を付けますね」

 知らなかった情報提供に感謝をすれば、気を良くした常連さんは満足して帰っていった。

 ヴァージルなら大丈夫に違いない。垣間見えるヴァージルの強さから想像するに、辻斬り程度では相手にならないに違いにない。

 それよりもむしろ、私の方が自分の身を守らなければならないだろう。

 暫くいつもより早めに外出しないようにしなければ。

 カラン

 ドアベルの音に顔を上げれば、見慣れない二人の男達が店に入ってきた。

 旅人の恰好だが、少し変わった雰囲気である。

 一人は痩躯長身の銀髪の男であり、腕の長さが常人よりも長く見える。

 ガラスのように光の無い目で、ぼうっとして前を見ていた。

 もう一人は中肉中背で眉の薄い男で何処の国か分からぬ衣服を纏っており、商人のような作り笑いを顔に張り付けていた。

 彼らは一対の耳飾りを一つずつ分けてつけており、それが妙に目についてしまう。

 同性の恋人かしら。

 そんな事を考えつつ、表に出さないように接客する。

「いらっしゃいませ。何をお求めですか? 疲労回復、頭痛腹痛、モンスター避けのお香など旅にお役立ちできるものを取り揃えております」

「ああ、すみません。実は少しお聞きしたい事があって来たのです」

 眉の薄い男が話しかけてくる。どうやら客ではないらしい。

 少しがっかりしながらも、一先ず話を聞いてみる事にした。

「何でしょうか?」

「知人を探しているんです。明るい茶色の髪をした、緑色の目の男を知りませんか?」

 私は心に冷たい水をかけられたような気がした。

 心当たりがありすぎるのだが、それを表に出さずに直ぐに口を開いた。

「さあ……。似たような風貌の旅人なら数人見かけましたが、もうこの町にはいないと思います」

 この男達の正体なんて見当もつかないが、ヴァージルに不利になる情報を与える事はしたくなかった。

 どうか、嘘がばれないで欲しい。

 祈るような気持ちで笑顔を顔に張り付ける。

 眉の薄い男は目を細めて私の表情を観察しているようだったが、幸いな事にそれ以上踏み入った質問はしなかった。

「そうですか……残念です。答えていただき、ありがとうございました」

「いいえ。お役に立てず、すみませんでした」

 最後までもう一人の銀髪の男は口を開かないまま、二人組は店を出て行った。

 彼らの姿が見えなくなって暫くしても、心臓の鼓動が収まる気配がない。

 私はヴァージルの事を何も知らない。けれどそれが本当に正しい向き合い方だったのか、分からなくなった。

 何故彼らはヴァージルを追っているのだろう。

 私はその理由も分からず、ただ怯える事しか出来ない。

 とても嫌な予感がする。今までぬるま湯に浸っていたのを、急に自覚させられた。

「お願い……」

 その先の言葉を発する事さえ不吉に思え、私は床にへたり込んでしまう。

 昨日あった日常が明日もまた変わらずやってくるなんて、どうして信じられたのだろう。

 自分の身を守るように、膝を抱える。外の世界は賑やかな人の声がしたが、この部屋では音はまるで生じなかった。

 一体どれだけの時間、そうやって身動き出来なかっただろうか。

 突然激しい音を立てたドアベルにカウンターの下で思わず身を震わせる。

 もしかして、さっきの二人組がまた来たのではないだろうか。

 その想像が恐ろしく、顔を上げるのに勇気が必要だった。

「カナ?」

「……ヴァージル?」

 求めていた声にどれだけ安堵しただろう。

 直ぐに立ち上がって彼の姿を確認すれば、急いで帰って来たのか肩で息をしていた。

 もしかして、この店で何があったのかを知っているのだろうか。

 ヴァージルは私に近寄り、怪我がないか確認しているようだった。

 そして無事であると分かると深く息を吐く。

「……変な奴が来たんだろ? 驚かせて悪かった」

「何で分かったの?」

 首を傾げて尋ねれば、ヴァージルは少し言いづらそうに窓の外を指さした。

 視線を向けると一羽の黒い鳥が屋根に留まっており、まるで会話を聞いていたかのように片翼を広げた。

「使い魔?」

「ああ」

 彼は使い魔と感覚を共有している。つまりヴァージルは見守ってくれていたのだ。

「そうだったんだ。何もされなかったから大丈夫」

 一息つく。勇気を出して、放っておくわけにはいかない質問を彼に投げかけた。

「……でも、どうしてあの人達はヴァージルを探していたのか……聞いてもいい?」

 ヴァージルと私の間に沈黙が落ちた。

 今まで兄妹のように近い距離で過ごして来たのに、今はお互いの距離を測っているようである。

 でももう、知らぬふりをし続ける事は出来ない。

 あの二人組は、私が知らない彼の過去にヴァージルを引き戻す使者なのだろうから。

「カナ」

 彼は困ったように頬を掻いて、それでも空気を軽くしようとしたのか口元で笑みを作る。

「……世話になった」

 ああ、やっぱり。

 私は両手を強く握りしめ、零れ落ちる涙を堪える事が出来なかった。

 ヴァージルにとって、あの二人組も彼の過去も私が知ってはいけないものだったのだ。

 全く無関係だからこそ傍にいる事が出来た。だからもう、この居心地のいい関係は終わる。

 それを頭では理解しつつも受け入れる事なんて出来なくて、子供の様に駄々を捏ねた。

「お願い。もう聞かないから。……行かないで」

「ごめんな」

 ヴァージルはいつもの笑みを浮かべ、大きな手で私の頭を撫でる。

 そして踵を返すと、まるで客のように店から出て行こうとする。

 彼の長い足が数歩歩くだけで、直ぐに憎たらしい程の軽さでドアベルの音が鳴った。

「ヴァージル!」

 これが最後だなんて認めたくなくて、走ってヴァージルを追いかけた。

 扉を開いて、人の多い道に出て行ったばかりの彼の姿を探す。

「ヴァージル……?」

 けれどそこにあるはずの彼の姿はまるで夢のように掻き消えてしまっていて、思わず足が止まった。

 周囲に視線を向けるも、目立つはずの彼の長身が見つからない。

 隣の屋根に留まっていた筈の黒い鳥さえ、見つける事が出来ない。

 そうしてヴァージルは始まりの時と同じように、唐突に私の前から姿を消した。


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