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第四十三話

 明け方の時間、エルダードラゴンは森の木々を押し倒して作った簡素な巣で羽を休めていた。

 深い緑の鱗は上り始めた朝日に煌めき、爪は真珠のように白い。巨大な体は森の木々でさえも隠せない程大きく、近くのモンスターはドラゴンを避けるように周囲一帯から姿を消していた。

 生態系の頂点、ドラゴンの目に留まってしまえば生きて帰る事は出来ないからだ。

 ドラゴンにとってこの場所は元々住んでいた洞窟の快適さからほど遠く、横になっても碌に寝た気がしない。それでも、今この状況では仕方のない事だった。

 餌を捕まえて洞窟に戻った時、子供が消えていた時の状況を思い出して唸り声をあげる。

 誰もドラゴンには恐れて手を出さない。愚かな生物である、人間以外には。

 微かな親子としての繋がりが、我が子がまだ生きている事を教えてくれる。この周辺にいる筈だった。

 だから人間の住処を襲って必死で探しているのに、まるで見つからない。

 早く会って安心させてやりたい。親子の絆の深いドラゴンはそう思いながら、疲労の溜まった体を日夜動かし続けていた。

 徐々に高くなっていく日の明かりと共に再び捜索に行こうと羽を伸ばすと、珍しい事にこちらに向かってくる鳥形のモンスターがいた。

 ドラゴンにとっては羽虫程度の相手である。しかし折角無視してやろうとしたのに、愚かにもそのモンスターは周囲を飛び回りながらドラゴンに向かって炎のブレスを吐いてくる。

 面倒な。

 疲労と心労から怒りの沸点か低くなっていたドラゴンは、魔力の混じった高火力の吐息、ドラゴンブレスを口から放ち一気に焼き殺した。

 ドラゴンブレスはドラゴンを相手にする時に最も恐れられる攻撃である。広範囲かつ恐ろしい破壊力のある技で、しかもドラゴンはそれを出し惜しみしない。

 塵となった姿に清々していると、またもやドラゴンに向かって襲ってくる愚かなモンスターが現れた。

 牙のある大鹿のようなそのモンスターは、ドラゴンの周囲を飛び回りながら魔力弾を放ってくる。

 続けて珍しい事があったのを疑問に思いつつも、ドラゴンは再びドラゴンブレスでそのモンスターを焼き尽くす。

 するとまた別のモンスターが現れて、ドラゴンを攻撃してくる。まるで、自ら死にに来るかのように。

 一体何が起きている。疑問に思ったが、やる事は一つだった。全て殺す。それだけである。

 ドラゴンにとって全ての生き物にただ見逃してやるか、殺すかの選択肢しかない。

 その傲慢を許されるだけの能力を、生まれながらにして与えられた最強の生物だった。

 静かな森に、再びドラゴンブレスの業火の音が響き渡った。

 それを遠くで使い魔を通して観察しているのはヴァージルである。

 ヴァージルとオズワルドはドラゴンから少し離れた場所に待機し、作戦を遂行していた。

「どう? 上手くいってる?」

「ああ。……ちゃんとブレスを吐いてる」

「いや、順調だね! ドラゴンは小鳥を狩るのにも全力を出す作戦」

 脱力しそうな作戦名はオズワルドの考案だ。

 何度聞いても、しっくりこない作戦名である。

「ダセェ」

 思わずヴァージルが吐き捨てるが、作戦内容は極めて真面目だった。

 波状攻撃でブレスを限界まで消費させてやるのだ。

 大きすぎる巨体は小さなモンスターを攻撃するには不利だ。効率が一番いいのはやはりドラゴンブレスである。

 ヴァージル達の予想通り、ドラゴンは苛立ちながら次々とブレスを吐いていた。

 その為に新たに使い魔にしたモンスター達をヴァージルは惜しげもなくドラゴンにぶつけ続けている。

 常識外な程の使い魔を有するヴァージルにしか実行できない作戦だった。

 また一匹、ドラゴンに消されたのを繋がりから把握する。

 一匹一匹と殺されていくうちに、とある段階からブレスを吐くのを躊躇うようになってきた。手や足で踏み潰そうとしたり、翼を打ち付けようとし始める。

「かなり消耗してきたんじゃねぇか?」

「……そろそろ僕の出番かな」

 オズワルドが屈伸運動をして、笑いながらそんな事を言った。常人のように怯えていないのは、命を懸けるのが彼らにとって日常茶飯事だからである。

 ブレスを消費させきった後、オズワルドが攻撃しつつバリスタのある位置まで移動させるのが次の段階だった。

 バリスタによって翼を壊し、地面に落ちた所をヴァージルとオズワルドが止めを刺す。

 これが今回の討伐作戦の全容だ。

「待て。一応、ブレス用の使い魔を全部出しきる。その方が良いだろ」

「助かるー! ヴァージルと僕って、意外にいいコンビなんじゃない?」

「止めろ。寒気が走る」

 そんなじゃれ合いをしながら、ヴァージルは減っていく使い魔の数を数える。

 四、三、二、……一。

「いいぜ。終わった」

「了解!」

 オズワルドは合図を聞いて、空へと飛び出して行った。

 その姿を見送って、ヴァージルもバリスタを構える味方の陣地へと移動する。

「……ヴァージル殿」

 騎士達の中に混じり、作戦の指揮を執るロンメルが立っていた。彼は近づいてくるヴァージルの姿を見て信頼の目を向けてくる。

 城内で使い魔を出したのを知っているだろうに、その目を向け続けてくれるのがヴァージルにとっては不思議だった。

 けれどこだわる事では無く、その事は流してドラゴンに対する情報を教えてやる。

「今の所は問題なさそうだ。作戦通りにブレスを消耗させて、今はオズワルドが相手してやってる」

「彼は、大丈夫でしょうか」

「その目で見てみろよ」

 顎で戦いの方角を指し示せば、遠くからでもドラゴンの巨体と、その周囲に展開される膨大な数の魔術が目に入った。

 オズワルドは得意の広範囲魔術を惜しげもなく展開しているらしい。

「まるで戦争ですね」

 あれらが一人の魔術師によって繰り出されている魔術だとは。

 信じられない思いでロンメルは感嘆する。

 オズワルドとヴァージルに顔を会わせるまでは、ただの殺人鬼だと思っていた。

 けれど言葉を交わすうちに、彼らがただ不幸な身の上を必死に生きて来た青年達であるように見えた。

 使い魔を城内で出したと聞いた時は驚いたが、詳細を聞いて納得した。

 多くの人を見て来たロンメルからすれば、カナこそが彼を人間に留めている要因だと直ぐに分かったからだ。引き離されようとすれば、怒りもするだろう。

 現に今、ヴァージルは彼女の為にここにいる。だからドラゴン退治に関して、彼を不必要に疑うつもりはなかった。

 笑い、怒り、人を愛している。ロンメルと同じように。

 けれどやはり彼らの持つ力というのは、身震いするほど桁違いだった。

 暫く遠くからオズワルドの活躍を見守っていたヴァージルは、眉を顰めた。

「……動かねぇな」

 オズワルドがこの場所まで連れてくる予定なのに、ドラゴンが警戒して追ってこないのである。

「なんと。……いかがしましょうか」

 ロンメルも作戦が上手くいかない事に焦りだす。

 そうなった場合、ヴァージルがオズワルドと二人がかりでドラゴンの相手をするしかないだろう。

けれどヴァージルは空中戦を不得手としている。

「チッ」

 それでも戦えるのはこの場に自分ぐらいなものだったので、頭をガシガシと掻きながら静かに覚悟を決めた。

「その時は俺が出る。ただ、騎士団を守りながらは戦えねぇから撤退しな」

 ロンメルは全てを引き受けようとしてくれているのを理解し、感謝を込めて頭を下げた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴンの描写 ヴァージル、オズワルドの能力とそれを身に付ける経緯 世界観がしっかりしていて物語に入り込めるところ [一言] ドラゴンとの戦闘始まりましたね。 今迄に読んだお話の中で一番強…
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