第四十二話
折角少しヴァージルがこの場所に馴染んできたと思ったのに、使い魔を呼び出すという事件を起こしてしまった。
けれど幸いな事は、騎士団の人達の対応がそこまで悪化しなかった事だろうか。普段から私にくっつきたがる姿を目撃しているので、話を聞いて納得してしまったらしい。
私への対応が些か丁寧で距離を置いたものになった気はする。
けれどこれもヴァージルに苦しい思いをさせた罰だと思い、甘んじて受け入れた。
ヴァージルは使い魔を呼び出したものの、あくまでも威圧目的だったのだろう。使い魔達は壁になって、全く動かなかったと聞く。
エミリアーノさんには申し訳ないが、あれぐらいならばヴァージルにしてはよく我慢した方だった。
そんな訳でアストーリ侯爵に用意してもらった客人用の部屋で今、ヴァージルの荒んだ心を癒すべくソファーの上で私は人形のように抱きしめられていた。
「ヴァージル」
「ん?」
久々に昼間からずっと傍にいられたからか、ヴァージルは機嫌がよく声が明るい。
「デートしよう」
「ああ。何処に行く?」
「アクセサリー店」
私の言葉にヴァージルは驚いた顔をして、それでも拒否する事無く頷いたのだった。
城下町の小さなその店は大きな宝石のついた高級品よりも、庶民でも手の届きそうな物を多く並べていた。
価格帯をみてこれならば幾らか買う事が出来るとほっと胸を撫でおろす。
「何か欲しいものでもあるのか? 金が必要なら一日待ってくれりゃ用意するけど」
さらりとヴァージルが言うが、一体それは何処から用意するつもりなのだろうか。
私は首を横に振って否定した。幸いな事に、店を畳んで得た資金はまだ残っている。
「私がヴァージルにあげようと思って」
「俺に?」
自分にとは思っていなかったヴァージルは、不思議そうに首を傾げた。
並べられた商品の中から男物の銀の指輪を選ぶと、彼の右の薬指に嵌めてあげる。
骨ばった男らしい彼の手に、それは良く似合っているように見えた。
「寂しくなったら、これを見て思い出して。私が貴方を想っているって事」
ヴァージルは指輪を嵌められた自分の手を眺める。
彼にとってアクセサリーとは自分を拘束してきた嫌な思い出ばかりしかない。
隷属の呪具をはじめとして、通信機や、追跡機など、魔天会にとって便利な能力の持ち主だったヴァージルには特に多くのアクセサリー型魔術道具がつけられていた。
逃れられない象徴でしかない。
それなのに今、嵌められた何の変哲もない指輪を外したいとは思わなかった。それどころか、彼女から贈られる物ならばもっとつけたいとさえ思える。
これが鎖であったとしてもその先をカナが握っているならば、ヴァージルにとっては祝福に変わるのだ。
嫌な記憶が一つ、幸福な物へと塗り替えられていく。
……ヴァージルが黙ってしまった。どう思っているんだろう。
彼を不安がらせない方法を考えた時、結婚指輪の事が思い出された。
資金的に二つ買う余裕が無かったので、立ち位置としてはただの贈り物である。
けれど、いつでも目にする事が出来る愛の象徴としてアクセサリーという選択肢は最適なように思えたのだ。
「嫌じゃない?」
ヴァージルにとってはかつての記憶からつけたがらないかもしれないと思っていた。
嫌がる素振りがあるならまた別の方法を考えようと思いながら彼を見れば、実に嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「……気に入った」
どうやら、大丈夫だったみたいだ。
ほっとして、店主にお金を支払った。これで名実共に私達の物である。
店から出た後も、ヴァージルは口角を上げて自分の指を眺めている。余程お気に召したようだった。
しかしその足が呼び止められたように突然止まる。耳を済ませているような動作に、使い魔からの情報を処理しているのだと悟った。彼は動物に紛れ込ませて使い魔を城に放っている。
「城に戻らないといけねぇみたいだ。……ドラゴンが出たらしい」
遂にその時が来てしまった。
許された平穏な時間が終わったのを知り、これから起きるだろう戦いに不安が湧きおこる。
元々はヴァージルが嫌がる程の強敵だ。きっと熾烈な戦いになる。
伝わったのか、宥めるようにヴァージルは私の体を抱きしめた。
「大丈夫だ。作戦もあるしな。オズワルドもいれば、騎士達がバリスタ使ってもくれる。一人で戦う訳じゃねぇ」
オークやバジリスクを倒しに行った時のように平然として、ヴァージルは言った。
そうだ。今のヴァージルは一人じゃない。
いつも強くて誰の助けも要らないかのように戦ってきたが、今回は沢山の人と共に戦うのだ。騎士団の人達も良い人ばかりだから、きっと助け合ってくれるに違いない。
そしてその言葉を、ヴァージルから聞けた事に驚く。少し前まで、全部一人で背負って戦うような人だった筈なのに。
少しずつ胸の不安が収まってきた。
「そんで、ドラゴンを食って戻って来る。背中にでも乗せてやるよ」
「……本当? なら、楽しみにしてる」
夢のような、けれど彼ならば実現出来る事を笑いながら言う。
私もつれられて笑ってしまえば、ヴァージルは私の頭に機嫌よく頬ずりした。
「ああ。ドラゴンが手に入りさえすれば、魔天会も相手取れるようになるだろ。それから……」
ヴァージルが未来の展望を語るなんて珍しい。彼はやらなければならない事について話し合いはしても、自分の将来の希望なんて口にしてこなかった。
少しずつ彼も変わっているのだ。刹那的に生きていた闇の住人は多分、何処かに消えてしまった。
「それから?」
「また薬草店でもするのはどうだ? あんまり大きい店じゃなくていい。お互いに何処にいるか分かる程度の、小さい店」
それはとても素敵な提案だった。
「いいね。きっと、最高よ」
お互いに笑い合い、淡い口づけを交わす。
そして彼はドラゴン退治へと旅立って行ったのだった。




