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第三話

 知識の無かった頃は森など何処へ行っても同じ景色ばかりと思っていたが、薬草を採取しだしてからそれが間違いだったと知った。

 よく見れば河辺、山頂、裾野、群生地、地質。それらの全てが違って、些細な変化が貴重な薬草の分布を左右している。

 今日はヴァージルがいてくれるから普段よりも奥まで足を運ぶことが出来、いつもなら少量しか手に入らない薬草を沢山採取する事が出来た。

背中に負った採集袋はそろそろ満杯になりかけており、そろそろ引き際だと判断する。

「今日は、こんなものにしておこうかな」

「ん。じゃあ行くか」

 暇そうに木に寄っかかっていたヴァージルは背伸びをすると、私を先導して道を進んでくれた。

 意外にちゃんと気にかけてくれるのよね。

 ヴァージルは山に入ってすぐの時こそ走っているのかと思うぐらいの速度で進もうとしたのだが、私が到底そんな速さで歩けないのを知ればすぐにペースを合わせてくれた。

 それどころか枝が纏わりついて遅くなるのを見れば、先を歩きつつ腰に下げた長剣を使って邪魔な草木を刈ってくれる。

 誰かに対する気遣いへの知識がないだけで、ちゃんと私をよく見て行動を修正していた。まるで、普通の人がどんなものか学習するかのように。

 相変わらず彼が何者かは気になるが、口に出さないと決めたので一種の謎解きのような感覚で彼の不思議を楽しむ自分がいた。

「そういえば、今日はモンスター何にも出なかったね。奥まで行ったから何かは出るかと思ったんだけど」

「ああ……そりゃ、俺がいるからだろうなぁ」

「どういう事? 何かモンスター避けの魔術とか使えるの?」

「いや。気配を隠してないだけ。俺って強いから」

 気負った風でもなく、事実を述べるかのような口調だった。思わず先を行くヴァージルの背中を見たが、顔は見えない。

 もしかして思っていたよりも彼は強いのだろうか。傭兵や冒険者といった職業では成績によってランクが振り分けられる。

 最弱はE級で私のような採取作業しか出来ない者で、逆に最強のS級ともなれば国家が無視できない存在である。

「ヴァージルってランクはA級とか?」

「さあな。調べた事ねー」

 それは何処のギルドにも所属した事がないという意味である。ランクが割り振られなければ、ギルドからの仕事は受けられない。

 ならばきっとヴァージルは貴族所有の騎士といった、ギルドに属さない場所にいたのだろう。

 そんな事をつらつら考えていると、ヴァージルは足を止めて私を振り返った。

「カナ。荷物寄越せ」

「へ? いいよ。これ二十キロぐらいあるし」

「遅い」

 そう言って私の背中の採集袋を片手で軽々と持ち上げる。確かにヴァージルの方が力持ちそうだったので大人しく彼に預ければ、片方の肩にかけて平然とまた歩き出した。

「ヴァージルって……優しいよね」

「は?」

 私の言葉に、あり得ない言葉を聞いたかのような驚愕の表情でヴァージルは私を振り返った。自覚が無いのだろう。

「だって道を歩きやすくしてくれるし、こんな重い荷物まで持ってくれるし」

「あー……」

 私の言葉を聞いて納得する部分があったのか、それとも自分の行動を顧みたのか、ヴァージルは首を傾げながら言葉を探す。

 やがて適切なもの見つかったようで、私の頭に軽く手を置いて笑って言った。

「カナだからな」

 思わぬ言葉に不覚にも乙女心が騒ぎ出す。

 いくら心の奥に押し込めたとはいえヴァージルはまごう事なき美男子で、そんな彼に言われてときめかないほど枯れてはいなかった。

 しかし次の言葉に一瞬で元に引き戻される。

「友達だろ」

「ソウデスネ」

 それ以上のものを期待していた訳ではないので、直ぐに気持ちを切り替えた。友達だって大事なのだから、別に悔しくなんかない。

 言い訳のように自分に言い聞かせ、また道を歩き出す。

 そろそろ森を抜けられそうだと思った頃、ヴァージルがぴたりと立ち止まった。

「ヴァージル?」

 何があったんだろうかと問いかけて見ると、口元に指を当てて静かにしろと指示される。

 ヴァージルは暫く耳を済ませ、何かが分かったのか私に近づいて囁いた。

「男が十人。子供が四人。……人身売買だな。面倒だから避けて行くか」

「えっ」

 ヴァージルはまるで先が見通せるかのように、木々の向こうへと視線を送る。私も彼の見る先を見てみたものの、木と草以外は何も見えなかった。

 それでも彼のいう事を疑う気持ちが不思議と起きない。

「……分かった」

 近くの町へ着いたらすぐに通報しなくては。今の私達に出来る事は何もない。

 私に戦闘能力は殆ど無いし、ヴァージルだって一人で十人も相手に出来ないだろう。

 けれど町へ行って人を集めてこの場所に戻るまでの間に、彼らが大人しくこの場に留まるとも思えない。

 そうしたら子供達はどうなる。

 歩き出したヴァージルに静かについて歩きながら、そんなどうしようもない無力感に苛まされる。

 そんな私の暗い気配がヴァージルにも伝わってしまったようだった。

「なぁ」

 気づけば彼は立ち止まって、私の顔をじっと見ていた。

「……何?」

「気になるのか? あいつらの事」

 淡々と確認するかのようなヴァージルが、普段とは違って見えた。変わった人だとは思うが、接しやすくて優しい人だと思っていたのに今はとてもそう見えない。

 解呪師としての私に、裏社会の人が依頼してきた事がある。依頼主は饒舌で仕事を受けた私にとてもよくしてくれたのだが、それでも何かの切っ掛けで豹変するような危険な空気を感じたものだ。

 その時の空気と、今のヴァージルの空気はよく似ていた。

 こういう時、過剰に反応するのはかえって危険だ。背中に冷や汗をかきながら、平然を装って答えた。

「そりゃ、そうでしょう」

「そうか。なら倒す」

 まるで買い物をするかのような気軽さで、ヴァージルはそんな事を言った。

 意味がよく分からず困惑していると、ヴァージルの影が陽炎のように動いた気がした。

 気のせいかと思って地面を見れば、黒煙が影から立ち上る。その瞬間、周囲から一斉に鳥が飛び立つ羽音がした。

 肌で感じる異様な気配。恐怖を感じて立ち竦んでいると、黒煙から黒い狼が飛び出して森の中へと消えていく。

 向かった方角は人身売買があるとヴァージルが言った方角だった。

「今のって」

「俺の使い魔」

 魔術師の中にはモンスターと契約して使役する者がいると聞いたことがある。とても珍しいらしく、私も実際に目にするのは初めてだ。

「剣士かと思ってた」

「はは、どっちもいける」

 そういって私に笑う彼は確かに強者の圧力を感じるものの、友達だと言った彼そのものだ。

 それに安心して強張っていた体から力を抜く。

「ごめん、ありがとう。無理してない?」

「全然。面倒だから放っておこうと思っただけ」

 暫くすると男達の絶叫が聞こえてきた。それは倒してやろうという勇猛な声ではなく、逃げ惑う悲鳴でしかなかった。

 ヴァージルはどうやら相当強いのだと、漸く私は彼の実力を朧げに把握する。

 B級相当なのは間違いない。下手をすればA級だ。

「終わった。あー、どうする? 子供回収していく?」

「……うん」

 それはとても面倒そうである。私の護衛をかってでた時も、荷物を持ってくれた時もちらりとも見せなかった表情だ。

 彼は良い人なんかじゃ、ないのかもしれない。

 ならどうして私には優しくしてくれるのか?

 ……友達だからだ。たった一人の。

 私は彼の孤独にかつての自分の姿が重なる。

 だから色々聞きたくなる心を抑え、薬草店のおばあちゃんが私を受けいれてくれた時のように何も聞かない事にした。



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