第二十二話
ヴァージルはいっそ静謐に言葉を放つ。
「黙れよ」
ヴァージルの魔力が研ぎ澄まされていく。新たに呼び出したのはシルフと死者の魔術師であるリッチというモンスターの二匹だけである。
しかしそれだけで構わなかった。
数多くの使い魔を操るという事は、それだけ一匹の精度は落ちる事でもあった。これまでヴァージルは自分よりも弱い者としか戦って無かったが為に、それを問題だとも認識したことはなかった。
けれどザカライアとの戦いを通して数多くの雑魚を操っても手に負えない敵を知ったのだ。
寡兵を完璧に制御する。
それこそがヴァージルが新たに到達した境地だった。
ザカライアと共にシルフに作り出させた足場を駆け上る。
再びオズワルドは防護壁を展開させたが、リッチによって魔力弾を撃ち込まれて威力が弱まり二人の剣には耐えられなかった。
オズワルドはガラスが割れるような音と共に防護壁が砕けたのに焦り、急いで新たな魔術を唱えた。
「『ライトニング』」
全方位に雷が放射され、ヴァージルとザカライアが距離を取らざるを得ないように思えた。
しかしその真っ白な視界を目くらましに、逆にシルフの真空の刃が襲い掛かる。
腕を斬られたオズワルドは集中力を失い、地面に落下するしかなかった。
しかも二人は雷の中を全く逃げなかったようで、刃が近距離でオズワルドに襲い掛かる。
リッチに雷の魔術を唱えさせ、二人の周辺の雷を誘導させたのだ。正確な操作がなければ出来ない技だった。
地面に降り立ったオズワルドは二人の刃を身体能力で避け、どうにか距離を取ろうとする。
「『アイスストーム』!」
雷の魔術は駄目だと、氷雪系の魔術を発動させた。ガラスの破片のように尖った氷を含んだ暴風が二人に向かって襲い掛かる。
しかしシルフとリッチが風を貫通させるように魔術を揃えて唱えた。正確な操作によって放たれた魔術は、風に一瞬だけ穴をあける。
そこにザカライアが飛び込んで、剣をオズワルドに突き立てた。
「うあああぁッ!」
胸を貫かれ、呼吸が一気に苦しくなる。オズワルドはまともに魔術を唱える事が出来なくなった。
自身の体をサンドワームに守らせて防御していたヴァージルは、アイスストームが消えたのを見て静かにオズワルドに接近した。
「何だよ、僕だって枷を外したかっただけさ! 何でお前だけ一人自由なんだよ!!!」
「は、自由?……もう、どうでもいいさ」
それは酷く疲れた声で、死の恐怖に興奮していたオズワルドでさえ言葉を失う。
ヴァージルの顔に浮かぶのは魂が欠けたかのような喪失感。ザカライアよりも光を失った目が無機質にオズワルドに向けられ、オズワルドの全身を悪寒が走る。
ヴァージルはどんな言葉も聞き入れないと分かる拒絶の空気を纏い、ただ決着をつけようと剣を振り上げた。
その剣がオズワルドの首を落とす寸前、あり得る筈のない人の叫び声がヴァージルの手を止めた。
「待ったぁ!!!」
カナの声にヴァージルは驚愕の表情で顔を向ける。そこには服が焦げ髪が一部焼かれてしまったものの、元気に駆け寄ってくるカナの姿があった。
呆然として振り上げた剣を落とさなかったのが奇跡的な程だった。
あの魔術の直撃を受けて無事である筈がない。ヴァージルはこれが自分の願望が見せている夢だろうかと考えた。
しかしカナは立ちつくすヴァージルに駆け寄る事もなく、殺されそうになっているオズワルドに向かって近寄っていく。
そしてその首を重々しく飾る首輪にニッパーを向け、軽快な金属音をたててそれを断ち切った。
「これで……戦う理由は無くなったよね?」
満足気なカナの様子に漸く彼女が夢ではないと認識する。
ヴァージルはオズワルドの事などどうでもよくなり、剣を仕舞うとカナを自分の両腕に抱き上げた。
「うわ、ヴァージル?」
「生きてるのか」
「え? うん。この通り」
「何で」
「え……と、特異体質?」
ヴァージルはどうやら本当にカナが生きているのだと実感し、片手で彼女を抱え上げたまま一先ずオズワルドの状況を確認する事にした。
「えー、どんな特異体質? まあでもカナさんの体質のお陰で助かったよ。ほら、僕もう降参するから」
オズワルドはヴァージルとカナの二人を目の前にしても攻撃せずに済む事を示すように、両手を上げた。
暫くヴァージルは彼の表情を読んで本心か確認する。オズワルドは猛獣を前にした時のように動かないようにして彼の結論を待った。
そしてかなりの時間の経過の後、ヴァージルはどうやら本当に攻撃する意思はなさそうだと判断し、周囲に溢れさせていた使い魔を全て影の中に仕舞った。
「帰るぞ」
「え、と……うん」
笑顔一つ浮かべないヴァージルに、どうやら怒っているのだとカナは悟る。
ヴァージルは無言のまま、抱き上げたカナを地面に降ろす事もなく道を歩き出した。
カナは自分が勝手をした自覚があるので気まずく思いながらも、人前では恥ずかしいこの体勢を変えて欲しかった。
「自分で歩くよ?」
しかし返ってきたのは抗議するかのように強まった腕の力だけだった。
これは相当怒っているのだろうと思い、諦めてヴァージルに抱えられるままになる。
二人の後に付いて行こうとしたオズワルドだったが、ヴァージルは一瞬足を止めて彼に向かって言った。
「邪魔をするな」
ヴァージルの目に澱みを見たオズワルドは、その意味を正確に読みとった。
「はーい」
暫くは彼らに近づかない方が良いだろう。
オズワルドは大人しく地面に腰を下ろし、初めて手に入れた自由に四肢を伸ばす。
念願が叶って晴れやかな気分ではあったが、その為の手段となったカナには多少の申し訳なさを感じていた。
「あーあ、お礼ぐらいはしようと思ってたのに」
残念な気持ちを滲ませながら呟く。
ヴァージルのあの様子では、次に会った時に今の彼女はどれだけ保っているだろうか。
オズワルドは目を閉じ、これからの彼女の為に気休めの祈りを捧げた。




