第二十話
目を開けると牧草地に囲まれた道の上に立っていた。遠くにシレネの町並みが見えるので驚くほど遠距離に来た訳ではないようだった。
周囲に視線を向けてみると。色鮮やかな赤いリボンが細い木に結ばれている。
「目印ってこれよね」
木まで小走りで移動すれば、今度は少し先の石に同じリボンが巻かれて置いてあった。
そこまで移動すればまた別の場所に、といった具合で少しずつ町から離れて行く。
早く済ませないと。
ヴァージルが追ってきてオズワルドと顔を合わせれば、首輪を外すどころではなくなってしまうだろう。
焦る気持ちで足を動かすが、そんな私の目の前に突如として黒い鳥が邪魔するように降り立った。
「ギー!」
あまり可愛くない声を上げてまるで抗議するかのようである。正面に立ち塞がれて思わず立ち止まってしまった。
「ヴァージルの使い魔?」
そうだと言うかのように鳥は首を縦に振った。
「ごめん、ヴァージル。直ぐに終わらせるから心配しないで」
鳥を避けて先を進もうとすれば、今度は飛び上がって胸や顔に体当たりしてくる。
それでもこの使い魔はただの鳥だったようで、私の足を止めるには至らなかった。
早く行きたいのに、どうしても鳥のせいで歩みが遅くなってしまう。
次の目印である木に辿り着いた時、私の直ぐ脇を雷の一撃が真横に通り過ぎて行った。
バヂィィッ!
妨害をしていた使い魔は雷の直撃を受け、焦げて動かなくなる。
「良かった。無事に辿り着いたみたいだね」
声に振り向けば金髪碧眼の青年が立っていた。微笑みを浮かべる顔立ちは人に警戒心を抱かせない懐っこさがあった。
けれど今、ヴァージルの使い魔を倒したのは間違いなくこの青年である。私は使い魔の死骸を見ながら彼に尋ねた。
「殺したの?」
「そうだよ。別に構わないだろ? こんな鳥、ヴァージルにとっては何の痛手にもならないよ。そんな事より……僕がオズワルドだ。よろしくね」
私だって覚悟してこの場に来ているのだ。今更彼の言う通り、主題を忘れて時間を無駄にする訳にはいかない。
それでもオズワルドの印象は随分悪くなった。
にこにこと笑顔を浮かべて差し出された手を、少し躊躇した後に握り返す。そのまま握り合った手を子供のように上下に振られた。
「君が来てくれて良かった。じゃあ、早速だけどお願いできるかな」
私達に時間は無かった。オズワルドは近くの切り株に座って自分の首元を私に見せる。無防備な様子に、本当に彼も助けを求めているのだと思う事が出来た。
出会った瞬間殺されるかもと、全く考えなかった訳ではないからだ。
「分かった。動かないでね」
彼の首輪はヴァージルのしていた物よりもかなり鎖が太い。しかも留め具が溶接されていた。
これでは切断するしか方法がなさそうだ。
「一度外そうとあれこれしたのがバレてさ、こんな太いのをつけられたんだ」
過去の悪戯を自慢するようにオズワルドは言う。この悪辣な道具をどれだけ外したかったか考えると、さっきの使い魔への攻撃を流す事は出来ないものの、助けたい気持ちは強くなった。
ニッパーを当てて切ろうとしてみたが、頑丈過ぎて少し削れただけで終わった。糸鋸で地道に切っていくしかないだろう。
「動かないでね」
「はーい」
太い鎖を少しずつ削っていく。持ってきた糸鋸が大きくて彼の首に当たらないようにするのが大変だ。
家にあった道具がこれしかなかったのだから仕方ないが、こんな事ならもう少し道具を色々と取り揃えておくべきだったと後悔する。
「どう? もう切れそう?」
堪えきれない興奮を声に滲ませてオズワルドは聞いてくる。
「今半分」
「ちぇー」
少しずつ少しずつ、それでも確実に鎖を削っていく。そしてある程度の作業が進んだ所で、額に浮き出た汗を袖で拭った。
よし。これなら後はニッパーで切れるかも。
そう思って道具を変えようとすると、突然オズワルドに片手で強く突き放されて地面に転がった。
「痛ったあ……、何するのよ」
「残念。時間切れだ」
その瞬間、オズワルドに向かって突如として現れたザカライアが突進するのが見えた。
オズワルドは両手で魔力の盾を展開させて剣を受け止め、防御の姿勢のまま地面に土煙を上げながら何メートルも押されていく。
呆然とその二人の様子に目を奪われていると、誰かに後ろから抱き留められた。
「カナ」
「ヴァージル」
見上げた彼の顔は眉間に皺を寄せ不機嫌そうである。
けれど怒るのは後回しにする事にしたのか、腕を引いて私を立たせた後に背中を押して離れさせた。
「遠くへ行ってろ。アイツは灰燼のオズワルド。広範囲魔法の特異な魔術師だ。巻き込まれるぞ」
待ってと言ってももう無駄なのだろう。ヴァージルにそのつもりは無いようだったし、オズワルドも命令に逆らえない。
「……分かった」
私は結局何も出来ないまま彼等から離れるしかなかった。




