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第二話


 シレネの町から二十キロほど離れた森の中に、朽ちた廃屋が一軒建てられている。

 それは屋根も穴だらけで盗賊さえ利用しないような有様だったが、その床に隠された地下施設は地上の外観からは想像も出来ない程広く、また沢山の人間が住む気配がしていた。

 机上の食料品、壁にかけられた武器、魔術道具の明かり、干された衣服。

 けれど今それらを利用する筈の住人達は皆、自らの血の中に肉塊となって沈んでいた。

 普段からかび臭い淀んだ空気に血の匂いが混じり、ひどい悪臭となった地下施設の中を平然と歩く男がいた。ヴァージルである。

 カナに見せた表情からは想像も出来ないような鋭い眼光で、まだ唯一息のある黒服の男に悠々と近づいていく。

「裏切り者!」

 黒服の男はヴァージルに向かって絶叫する。けれどその片足は獣に食われたかのように欠けていて、逃げる事など出来ない有様である。

「裏切り? そういうのは、信頼があって初めて成立するもんだろ」

「ふ、ふざけるな! 魔天会に楯突いて生き延びられると思うなよ!」

「はは、今から死ぬお前には要らねぇ心配だな」

 一歩、また一歩と近づくヴァージルの影からは黒煙が炎のように噴き出していた。

 それを見た黒服の男はいよいよ顔色を失くし、不格好に這いずりながらなんとかヴァージルから距離を取ろうとする。

 けれど直ぐに壁に行きあたり、絶望を顔に表しながら目の前のヴァージルを見上げた。

「死ね」

 その言葉と共に黒煙から影のような黒豹が飛び出し、男の喉笛をかみ砕く。

 ヴァージルは力を失って脱力した死骸をつまらなそうに眺めた後、黒豹を影にしまった。

 もうこの地下施設に生きている者はヴァージルだけである。

 息をついた所でヴァージルは自分がこれから行くあても、やろうと思う目的も何もない事に気が付いた。

 どうしようかと悩んだ末に、頭に浮かんだ顔を頼る事にした。

「友達に会いに行くか」




 ドアベルの音がして店先の扉を見ると、半月ほど前に会ったヴァージルという男性が店に入ってくる所だった。

「よっ」

「ヴァージル、本当に来てくれたの! 嬉しい」

 以前に比べると、まるで霧が晴れたような笑顔である。きっと悩んでいた何かが解決したのだろう。

 こうして改めて彼を見ると見とれてしまうような美男子である。鍛えているのか均整の取れた体に、健康的で滑らかな肌。

 そして気まぐれを表す猫のような瞳が女性に向けば、ときめかない者はいないだろう。

 けれどカナとしては折角できた友人を大事にしたい思いの方が強く、浮つきそうになった感情を消すとお人よしの笑みを浮かべて歓迎した。

 ヴァージルは狭い店内に並べられた薬草の瓶を一瞥すると、品揃えに満足したのか口笛を軽く吹いた。

「アドモントの根、ユリーズの欠片、白金草……結構あるじゃん」

「全部毒薬系の材料じゃない。そんなマイナーな物より、こっちの医療系の物を見てよ」

 彼なりの冗談だろうと笑い飛ばし、さりげなくお勧めの品を指さした。

「ああ。悪い、それよりもさぁ……頼りたい事があるんだけど」

 ヴァージルは少し言いづらそうに頬をかく。人から頼られるのは好きだったので、とりあえず話を聞いてみようと先を促した。

「んー、何?」

「今俺さ、家も仕事も無いんだよね。こき使われてたから、辞めてやったの。

それは良いんだけど家族も友人もカナ以外にいなくてさー。ちょっと助けてくれない?」

 軽い口調で言われたが、内容は深刻だった。

 流石に気軽に引き受けるには重すぎて、暫くどうしようか迷う。ヴァージルとは友達だが、一回以前会っただけの男性でもある。

 ヴァージルは悩む私の顔を、薄ら笑いを浮かべて言葉を待っていた。

 多分、断ればあっさりと引いてくれるのだろう。

 私は人を見る目に自信がある訳ではないが、ヴァージルからは不思議とそんな淡白さを感じた。

 けど断ってしまえば、頼れる人がいないというのも真実だろう。でなければ、縁の薄いカナを訪ねてくるはずがない。

 何よりもかつて自分もこの薬草店の店主だった老婆に引き取ってもらった経緯もあり、散々迷った末にヴァージルを受け入れる決断をした。

「いいよ」

「え。ほんと?」

 向こうも本当に私が受けてくれるとは思っていなかったのか、驚いた顔をする。それに笑って、腹をくくった。

「うん。暫く私の店の手伝いしてくれる? 部屋も余ってるから、そこに住みなよ」

「俺が言うのもなんだけど、何で?」

「友達だから。あ、変な事したらたたき出すから!」

 指先を突き付けて一応念を押しておくと、ヴァージルは何が嬉しいのか子供の様に笑って頷く。

「分かった。あー、やっぱ友達って最高」

「言っておくけど、友達だからって誰にでもする事じゃないんだからね。その特別さを噛み締めなさい」

「ははっ、分かった。俺にはカナしか友達いないからさぁ」

 そう言われてしまうと、無下に扱うのも可哀想に思えてくる。

「じゃあ、案内するから付いて来て」

 私はヴァージルを店の二階の生活区域へと案内した。台所と部屋が二つ。一つは物置になっているので、上手く片付ければ寝る場所ぐらいはスペースが出来るだろう。

「狭くてごめんね。片付けるからちょっと待ってて。ベッド作らなきゃ」

「要らない。悪いし」

「要らないってそのまま床で寝るつもり?」

「ああ」

 平然ととんでもない事を言ってのけるヴァージルを思わずまじまじと見てしまった。

 何処の世界にベッドなしで構わないという人間がいるのだろう。

 私は彼が今までどうやって暮らして来たか何も知らない事を改めて認識する。

「もしかして、変だった?」

「うん。相当変」

「そっかー、じゃあ買ってくるわ」

 ヴァージルはきまり悪そうな顔をして、そのまま外に出て行こうとする。

「ちょっと待って。お金はある?」

「ああ。一応それぐらいはある」

「それなら、一緒に生活用品も買いに行こう。なんだか一人で行かせるのが不安になってきたから」

「助かる」

 ヴァージルも自覚があるのか、へらりと笑って言った。

 変わった人だとは思っていたが、これはいよいよ変人である。

 一体今までどうやって生きて来たのかが物凄く気になったが、下手に彼を傷つけたくもないので根性で聞くのを堪えた。

「その分、色々手伝ってもらうからね。薬草採取とか付いて来てもらおうかな」

「護衛なら得意」

 それはとても助かる。時折森まで自分で季節の薬草を採取しに行くのだが、強いモンスターがいる奥には行けないのだ。

 護衛を雇うには利益が出なくなってしまうので、泣く泣く群生地を諦めて危険の少ない場所で地道に採取している。

「それ嬉しい。モンスター討伐はどれぐらいまでお願いできる? 追い払ってくれるだけでもいいんだけど」

「エンシェントドラゴンとか以外なら」

 どうやらヴァージルは冗談を時々混ぜてくる人のようだ。エンシェントドラゴンなんて国一つ滅びるような災害である。魔境と呼ばれるような僻地に生息している生きる伝説だった。

「そんなの出る訳ないじゃない。ゴブリンとか、狼とかよ」

「なら、寝てても倒せる」

 どうやら腕には自信があるようだった。それなら私にも彼を養うメリットが十分ある。

「今度お願いね、ありがとう」

「何でお礼言うんだ? 俺の方が助けてもらってるだろ」

「私も助けてもらうから。私がヴァージルを助けて、ヴァージルが私を助ける。

……それって最高でしょ?」

 彼の口調を真似して言えば、ヴァージルは満面の笑みを浮かべてこう言った。

「ああ。……最高」



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