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第十一話


 町の郊外にあるその空き家は、長年買い手がつかなかったのかすっかり寂れてしまっている。

 誰も来ない恰好の場所だと利用する事にしたヴァージルは、埃塗れの伽藍洞の室内に腰を下ろして深く集中していた。

 町中に飛ばした使い魔と感覚を共有し、自分の追跡者を探そうとしているのだ。

 鳥や鼠の使い魔達のその数、実に十は優に超えていた。

 使い魔の契約とは即ち、精神と肉体の混濁に他ならない。

 一匹の犬に簡単な命令を利かせる程度の契約でも言葉を話せなくなる術者もいる中、その数と感覚を共有して尚且つ正気を保っていられるのは化け物と称して差し支えなかった。

 そして、それこそがヴァージルに『暴食』の二つ名が付いた所以でもあった。

 モンスターを下して使い魔の契約を結ぶ際、他の者なら自分への浸食を恐れて加減をする。

 けれどヴァージルは何も考えていないかのような無防備さで、強力な契約を結ぶのだ。

 常人であれば精神が混濁し、自分が使い魔であるのかそれとも術者であるのか分からなくなるような契約だった。

 そしてその全てに打ち勝ち、下した数多の使い魔達を自らの手足と同じような精度で使役する。

まるで存在の全てを『食らった』かのように。

 ヴァージルが自分の二つ名を知った時、悪い気はしなかった。

 実際に使い魔にして全てを征服した時、満腹感にも似た満たされた気持ちを感じるのだから。

 シレネの町の使い魔達をいくら動かしても、残念ながら探している二人組の情報が入ってこない。

 上手くいかない事に苛立ち、舌打ちした。

「チッ……。こりゃ、お付きが優秀だな」

 薬草店まで来た二人組の内の一人はヴァージルも良く知る人物である。

 元同僚、七刃の内の一人。『絶剣』のザカライア。

 彼は古今東西のあらゆる剣技を習得した剣の達人である。

 ヴァージルでさえも剣での勝負では相手にならない。

 一対一での近接戦において、七刃の内で最強と言っても良いだろう。

 そんな彼の最大の弱点。それは精神が崩壊しているという事だった。

 一目見るだけで相手の剣技を模倣できる天才であるものの、度重なる肉体改造により正気を手放している。

 だから彼を使用する時、必ず操縦士の役割のお付きが付けられているのだ。

 見つからないという事は、そのお付きが上手く身を隠す術を知っているのだろう。

 彼らを見つけて処理した後でなければ、安心してこの町を離れる事も出来ない。

 焦っても仕方ないと溜息を吐き、気分転換に観察の対象を変更した。

 鳥の視線になって見守るのは気落ちした様子で歩くカナである。

 彼女の姿に気分が落ち着くも、触れる事さえ出来ないもどかしさに気づく。

 額に手を当て、滑稽にさえ思える自分を笑った。

「……落ち込んでんのか」

 それならいいと、暗い喜びに胸を撫でおろす。

 自分が出て行った後で平然と日々を送る彼女の姿を見たら、恨まずにはいられなかっただろうから。

 この感情の名前は、果たして本当に友情で合っているのだろうか。

『恋人じゃないの?』

 共に過ごす間、幾度となく聞かれた質問である。その度にヴァージルは否定してきた。

 そんな軽々しいものである筈がない。

 この外見に魅せられて浅ましく寄ってくる女達が、ヴァージルに求める恋や愛などといった、吹けば飛びそうなものと一緒である筈が無かった。

 世の恋人共は夜毎相手を変え、神の前で誓った愛を裏切り、金だの立場だのと容易く別れていく。

 ああ、ほら、全く違う。

 生まれて初めてのこの心は、もっと特別なものに違いなかった。

 では本当にこれが友情なのかと言われれば、それも少し違う。

 けれど他に適切な言葉を知らないから、違和感を覚えながらもその言葉を使うしかなかっただけだった。

「何処に行くんだ?」

 彼女に視線を向け続けていると、どうやら教会に行くらしかった。この教会の神父と仲がいいので、きっと会いに行ったのだろう。

 鳥から教会内部に潜む鼠へと、視点を切り替えた。

 古い建物の為そこかしこに鼠が出入りできる穴があり、特に天井付近に潜ませていれば内部を一望できる。

 元々鼠が潜んでいた通気口から天井の梁へと移動させ、下を覗き込もうとした所で視界に入った人物に目を見開く。

「ザカライア……!」

 見つけた。しかも、最悪な場所で。

 もうすぐ、カナがこの教会に入ってしまう。ヴァージルを見つけ出すために、その場所で何かを仕掛けても不思議では無かった。

 ザカライアと鼠の視線がかち合った。

 剣技の化身である男は使い魔から感じる僅かな違和感に、短剣を即座に投擲してくる。

 急いで鼠と感覚共有の段階を下げれば、直後に命が絶たれたのが分かった。

「ふざけんなよ……!」

 何の為に、カナから離れたと思ってる。

 ヴァージルは奥歯を噛み締め、放たれた矢のようにその場から駆け出した。



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