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第一話

筆の乗るままにノリで書き始めた小説なので、展開は書きながら考えてます。

さらっと読んで、後味すっきりしていただけるように頑張ります。※文体軽め

 シレネの町は、蒼い海と明るい茶色で統一されたレンガ造りの家々が美しい港町だ。

 慣れ親しんだ石畳の坂道を上ると、屋根の尖った教会が町を見下ろす様に建っていた。

 息切れを整えようと、自分の黒髪を撫でつけながら少し立ち止まる。

 神父さん、いるといいけれど。

 この教会の神父さんに時折仕事を斡旋してもらう事があった。今日も彼から回してもらった仕事が完了したので、それを知らせに来たのだった。

 町外れの立地とシスターと神父の二人しかいない事情もあって、今はとても静かだった。此処が賑やかになるのは祈りの時間だけである。

 ふと視界の端に、見慣れない男性が歩いているのを見つけた。明るい茶色をした少し癖のある長髪で、年は二十代前半だろうか。見覚えのない風貌に客人だろうかと首を傾げた。

 彼は教会正面の扉へは進まず、建物の横を通って後ろへと進んでいく。

 教会の裏は海が一望できるとても見晴らしの良い場所だが、一方で天国に近い場所だとして崖から身投げをする者が時折いるらしかった。

 まさか、違うよね?

 しかし一度過ってしまった不吉な考えは拭えない。念の為に声だけかけておこうと、後を追った。

 男性は吸い込まれるような美しい海を前にして、崖のほんのすぐ傍に立ちただぼうっと目の前の景色を眺めていた。

 あと一歩足を進めれば下に落ちてしまうだろう。しかしただ景色を眺めているだけのようにも思え、判断がつかない。

「あのー……」

「ん?」

 声をかけると、緑色の目がこちらを向いた。少し吊り目の猫のような顔だが、背が高く体格が良いので、豹のような印象を受ける。

「観光客の方ですか?」

 ああそうなんだ。景色がいい場所だと聞いたから、少し寄ってみたんだよ。

 そんな言葉が聞けたなら、私は安心して直ぐにその場を離れただろう。

しかし男性は言葉を選ぶように少し間を開けてから、口の端を上げて笑みを作って言った。

「まあ、そんなところ」

 これは少し、怪しいかもしれない。それに笑みもなんとなくだが、とってつけたような嘘くささがあった。

 お人よしの神父さんにお世話になっている影響もあって、この人が身投げを考えているのだとしたら放っておくのは気が引ける。

 私は神父さんへの報告を後回しにし、自分の時間を少しだけこの人に使う事にした。

「この教会は四百年ぐらい前に建てられたものらしくって、時々貴方みたいに見に来られる方がいるんです。良かったら町を案内しますよ。名物のモチモチ焼きは食べました? フェスタの噴水も」

「へえー。なんとなく寄っただけだけど、当たりだったね。時間もあるし、お願いしちゃおうかな」

 時間稼ぎの説得に成功し、私は思わず顔を綻ばせてしまう。

 半日ぐらい気を紛らわせる事はできるだろう。その間に考え直してくれればいいのだけれど。

 彼は私の笑顔を不思議そうに眺めた後、面白そうに口角を上げた。それが彼の本心の顔のように思える。

「俺はヴァージル。アンタは?」

「カナって呼んで。じゃあ暫く、よろしくね! あ、敬語じゃなくてもいい?」

「気にしない」

 こうして私は半日間、ヴァージルと共に町を練り歩く事になったのだった。

 隣に立って歩いて気付くのは、ヴァージルがとても身長が高いという事だ。誰かに合わせて歩く事に慣れていないのか、その長い足でずんずんと前に進んで行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってくれる? ごめんね、足遅くって」

「あー、悪い」

 言えば素直に歩く速度を落としてくれた。

 並んで歩けば、彼の二の腕が目線の高さである。此処の人達は背が高い人が多いが、中でもヴァージルは少し目立つ高さだった。

 出会って直ぐは彼が自殺志願者ではないかと、そればかり気にしていたので気付かなかったが、落ち着いてよく見れば売れっ子役者と言われたら信じてしまいそうな美男子だった。

「この坂を下りて直ぐ右に行けば、美味しいモチモチ焼きの屋台があるの。そこのおじさんが良い人でね……」

 とりとめのない話をだらだらと話し続ける。ヴァージルは自分の事情を語りたがらないと思ったからだ。

 うるさく思われるかもしれないと危惧したものの、意外にも楽しそうに私の話に耳を傾けてくれた。

 こんな風に誰かに町を案内された事が無いのかもしれない。彼はまるで本当に只の観光客のように目を輝かせて、私の解説に聞き入っていた。

 やがて足も疲れ果て日が下がって来たので、最後の見せ場に人の少ない港へと連れていく。

 夕暮れに魔力式街灯に明かりが灯されると、波の水面に光が反射して幻想的な光景が広がった。

「此処で場所は最後かな。……楽しかった?」

「ああ。こういうの、初めてだった」

「良かった」

 穏やかに笑う彼を見て、今日の自分に出来る事はやりきれたと思った。

「あのさ、何て言えばいいのか……上手く言えないんだけど」

「ん?」

 もしも彼が本当に死を望んでいたのなら、考え直してくれただろうか。

 私の顔見知りには自殺した人はいなかったが、それでも遠い親戚にその結末を選んでしまった人はいた。

 話を聞いた時、もしも自分がその人の友達だったら何かが出来ただろうかと想像したものだ。

「悩んだり、困った事があったら言ってね。だってもう、友達じゃない?」

「トモダチ?」

 ヴァージルはまるで初めてその単語を聞いたかのようにぎこちなく繰り返し、きょとんとした顔で私を見た。

 それから数秒の後に意味が飲み込めたのか、子供の様に嬉しそうに笑う。

「いいな、それ。じゃあ、今日からカナは俺の友達って事で」

 そう言ってヴァージルが軽く片手をあげたので、意味を理解してタッチする。軽快な音が新しい友情を祝福した。

 『今日から』と言ったからには、もう死ぬ気はないだろう。元々、そんなつもりもなかったかもしれないが。

「そういや俺に付き合わせちまったけど、仕事は大丈夫なのか?」

「うん。今日は早く仕事が終わったから」

「へえ。何やってるの?」

「薬草店と、副業で解呪師もね。……とはいっても、解呪師の方は独学だから教会の神父さんが私向けって判断したのだけお手伝いしてる感じかな。今日は解呪師の仕事だったの」

 解呪師というのは、魔術がかかった道具から魔術を消す人の事だ。

 普通の解呪師ならばきちんと魔術を理解して解呪するのだろうが、私の場合特異体質を利用して強制的に魔術を切断するので、手に負えない魔術道具の方が多い。

 それでも愛が冷めて魔術をかけた結婚指輪を外したいといった小規模の依頼が一定数あるので、それなりの稼ぎになっている。

 自慢できる腕前ではないので余り胸を張って言えないのだが、私の職業を聞いたヴァージルは急に真剣な表情になった。

「解呪師……」

 もしかして何か手元に解呪したい道具でもあるのだろうか?

 急に黙り込んだ彼が心配になって顔を覗き込むと、何か思いついたのか猫のように笑って口を開いた。

「なあ。これ、取れる?」

 そういって首元の細い緑色の宝石のついたネックレスを指さした。

 改めてよく見てみると、ヴァージルは両手に八個の指輪を嵌め、青水晶のピアスをし、首にそのネックレスをつけている。

 単純におしゃれの為にそれらをつけているのかと思ったが、違うのだろうか。首を傾げたものの、 そういった魔術道具ならば幸いな事に得意分野だった。

「多分、大丈夫。やってみる?」

「ああ」

 私が取りやすいようにと屈んだ彼の後ろに回り、ネックレスの金具を探り当てる。ほんの少し指に力を込めれば、そのネックレスはまるで普通に取れて彼の首を開放した。

「すげ……」

 ヴァージルはこんなに簡単に取れるとは思っていなかったのか、目を見開いて何もなくなった首を手で確認する。

 呆然とした様子の彼に取ったばかりのネックレスを掲げて聞いた。

「これどうする?」

「あー、ちょっと頂戴」

 彼の差し出した手にそれを乗せると、ヴァージルは勢いよく海に向かって放り投げた。投げられたネックレスは美しい放物線を描いた後、海に消えて見えなくなる。

「いいの?」

「ああ。俺の好みじゃない。……もしかして、これも全部取れるか?」

 そう言って今度は親指以外の全てに指輪が嵌められた両手を見せて来た。

「任せて」

 私は差し出された彼の長い指から、結婚式の逆をするように一つずつ指輪を外していく。

 その後に彼の耳にあったピアスも依頼され、全てを外し終えるとやはり景気よく全て海に投げ込んでいた。

「ははっざまーみろ!」

 よく分からないが、とても気分が良さそうである。どういった経緯でそれらを嵌める事になったのかは分からないが、役に立てて嬉しかった。

「カナ。金はいくら渡せばいい?」

「友達だからタダでいいよ」

「そうか。友達って最高だな」

 まるで友達という存在が実在するのを初めて知ったかのような不思議な言い回しだが、あえて何も聞かない。

 私にとって大事な事はヴァージルがこんなにも喜んでくれた一点だけなのだから。

「私は西通りで薬草店してるから、気が向いたら遊びに来てね」

「分かった。絶対行く。色々ありがとな」

 こうして楽しい一日は終わり、新たな友情を手にした私達はそれぞれの道へと分かれたのだった。


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