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第三話「愉悦の炎―③」

「う……そ…………」

 その場所は先刻までフランツェスカがいた場所のすぐ近く。……アンナたちが済む家が猛火に包まれていた。

「いやぁ‼ アンナさんっ‼」

 家の中へ入ろうとするフランツェスカの肩を、背後から現れたヴァンがつかんで止める。

「二人はもう死んでる……この火事は、ただの証拠隠滅だ」

「何を言ってるんですかっ‼ どうしてそんなことわかるんですかっ‼」

「とっくに部屋の中は調べた。……アンナは首を斬られて即死。旦那も腹割かれて内臓が飛び出してた。もう助からねぇよ」

 ヴァンの手を振り払い、キッとにらみつける。

「だったらせめて……せめて二人の体だけでもっ‼」

「もう燃えてるに決まってんだろ……」

 冷酷に言い放つヴァンに“人の感情はないのか”と、強い嫌悪を抱きながらも、ヴァンの行動に視線を移す。何をしているのかと思えば、アンナが大切にしていた畑の麦を見ていた。

「……畑はまだ無事だな…………フランツェスカ。裏で手続きしておくから、今後は、お前がこの畑を使え」

「――――は?」

 悪魔のように冷酷な男の言葉に、悲憤(ひふん)が湧き上がってくる。その怒りは、ヴァンを信じてと言ったアンナの気持ちを踏みにじるような冷酷さに、次第に痛憤(つうふん)になり、憤怒(ふんぬ)へと変わっていく。

「アンナのようなヘマはするなよ。何なら二、三人労働者を雇っても構わな――――」

 ついに己の嚇怒(かくど)を抑えきれず、ヴァンの頬を叩いた。わなわなと震えてきつく歯を食いしばり、汚物を見るようなきつい目でヴァンをにらみつける。

 こんなことをすれば、奴隷である彼女は即刻殺されてもおかしくない。彼女はそれを承知の上で……死よりも、人としてのプライドを選んだ。

「……殺すなら好きにしなさいよ……あなたのような最低な男に従うくらいならっ‼ 苦しみ抜いて死ぬほうがはるかにマシよっ‼」

 そう言い放つと、フランツェスカは涙をこぼしながら、どこともなく駆け出した。

 その様子を眺めながら……ヴァンは叩かれた頬をそっと撫でた。

「……俺が最低なんて…………とっくに知ってるさ」




 *** *** ***




 夜はあけて、フランツェスカは流しきった涙をぬぐう。いつの間にか雨が降っていたようで、全身が濡れていて寒い。

 ここはどこだろうとあたりを見渡すと、森の中のようだ。うっすらと焦げた家と麦畑が見えることから、馬小屋に帰るに帰れなくなったフランツェスカは、アンナの畑の近くの森で泣き続けていたようだ。疲れで寝てしまうほど泣きじゃくったせいで、まだ目が熱く頭がガンガンとしてる。

 そんなフランツェスカの頭に、ふわりとタオルが被せられる。

「クレアさん……」

「とにかく拭いて……風邪ひくよ」

 確かに全身が凍り付くほど寒い。完全に服が雨水を吸ってしまってる。言葉に甘えて頭から吹き始める。

「…………ヴァンにとっては、仲間の死なんて、特に珍しくもないの」

「珍しくなくても、アンナさんは革命軍の仲間だったんでしょ……同胞が死んだのにあんな言い方…………」

「――――同胞なんて、もう何万人も死んだわ」

 その絶望的な言葉に、息を飲んで彼女のほうを見た。

 そうだったと、フランツェスカは思い出す。革命軍レヴォルの前身の組織は、当時反乱軍と呼ばれており、そして大戦で反乱軍は敗退している。反乱軍の規模は数万人と言われているが、ヴァンの知っている人間も、当然そこにはいただろう。

「……神の子達の謡う聖戦……その歴史には“魔族が起こした大戦”とされているけど、そうじゃない」

「え……でも現に魔族は……」

「あの大戦は、そもそも現政権の差別の撤廃と、奴隷解放を訴えた民衆運動がきっかけなの」

 知らされている歴史とは全く違う話だった。魔族とそれに協力した裏切り者たちを倒すための戦い。それが神仔族(ジークぞく)の主張している歴史だ。

「確かに、魔族も味方にいるわ。現に私が吸血姫だしね。ただ吸血鬼や、悪魔、そのほかのモンスター達にも良心があり、人との友好を結びたいと考える人だっている」

 それも初耳だった。魔物やモンスターは悪の存在。人を蹂躙し、本能のままに殺しまくるどうしようもない悪党。それが常識だった。

「そもそも反乱軍は戦争なんて起こす気はなかったんだよ。だけど神の子と僕達は違う。そんな差別感情が、僕達の願いを否定し、戦争を生み出した」

 とても信じられない内容だった。

「僕達レヴォルは、そんな神の仔に反旗を翻し、敗北した者たちの残党……アンナさんの息子もまた、自由のために戦い……敗北し捕縛され、幼い息子まで奴隷に落ちた。ヴァンは彼らを助けようとしたけど、息子と父親は医学の進歩のためとかで解剖。内臓はほとんど見つかってないわ。母親の方は……窒息死。理由は……本来白奴隷のあなたなら、想像できるんじゃないのかな?」

 思わず吐き気がして口を押えた。自分がたどるかもしれなかった末路に鳥肌が立って、全身に虫唾が走る気分だった。

「……現在のレヴォルは、基本的に一般市民に紛れて生活している。この村はレヴォルの活動に積極的な人だけで作られてるから、そうそう簡単にバレることはない……アンナさんも、最後まで自分がレヴォルの人間であることを隠し通して死んだ」

「だったら……なんでアンナさんが死んで…………」

「納税のためのお金を、孤児達に使ってしまったのよ。レヴォルには孤児たちも多いからね。…………だから、見せしめのために殺された」

 “たったそれだけのため”に殺された。その言葉を聞いて怒りで震えた手が、あっさり収まったのは、奴らの下種さが、その程度ではないことを知っていたからだ。

「表向きはこういうことになってるわ……実際にはどうなってたのか……奴隷のあなたのほうが詳しいんじゃない?」

「…………殺したいから殺した」

 要するに、税金未納など建前。本音は人を斬りたかった。その刺激と快感が欲しかった。ただそれだけだ。

 …………犯罪はいけないことだと、法は守らなければならないと、あらゆる権力者が口をそろえる。だが、その権力者が法を守らないことは、フランツェスカもよく知るところだった。

 大体が奴隷省なんてものを公に認めている国など、もはや犯罪集団にすら等しい。

 そんな下種どもが作った国など……最初っから、まともなわけがなかった。

「ヴァンが革命軍に入った頃、もうちょっと素直に笑う人だった……。僕と会った時のヴァンは……むしろ無邪気に笑う純粋無垢な子供だった」

 今の無表情のヴァンを見ると、そんなこと信じられなかった。きっと生まれた時から冷徹な男だと思っていた。

「だけど……ヴァンも僕もまだ弱くて、前の大戦では誰も救えなかった。……目の前で何人も死んだ。次第にヴァンは感情を失った。……心では、叫びだしたいほどに泣いているのに、それを吐き出せず心の中にため込んでしまう。……それはきっと、泣くよりつらい」

「クレアさん……どうしてそこまでヴァンを信じられるの?」

 するとクレアは、にっこりと笑って答えた。




「……僕は、あの人の右腕だから」




 *** *** ***




「……昨日は言い過ぎました……ごめんなさい」

 剣を研いでいるヴァンの後ろ姿に向かって、頭を下げるフランツェスカ。だが、何も聞こえていないように無反応。

「……あ、あの…………」

 フランツェスカが控えめに声をかけると、ヴァンは仏頂面で答える。

「昨日指示は出したはずだ」

「へ?」

「今日から、お前に麦畑を任せているはずだ。……作業方法がわからないなら、クレアにメモを持たせてある。朝は早いから、さっさといけ」

 ……やっぱり、この男は冷酷なんじゃないかと改めて思った。

 だが……フランツェスカには不思議と、昨日とは少し違う印象があった。

「……私にあの畑任せるのって……私が、アンナおばあさんと仲良かったから?」

「……勝手な詮索はするな……早く作業に行け」

 もしかしたら、本当に不器用なだけなんじゃないか……そう思うと、彼を信じることができそうで、少しうれしかった。




 でもクレアの言葉が、どういう意味を持つのか……この時のフランツェスカは、よくわかっていないのだった――――。

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