第三話「魔女イリーナ―①」
ヴァルトブルグの森にひっそりとたたずむ屋敷。以前はクレアが暮らしていた屋敷。当時は幽霊屋敷のようになっていたが、現在はすっかり改装され外観もきれいになっている。
「久々に訪れたけど……ここもすっかり変わったね」
クレアは、戸惑いながらもあたりを見渡す。すると、あるところで視線が止まる。
「…………」
そこには、白い花が一輪咲いていた。まるで手向けの花のようで、いつくしむようにクレアは見つめている。
「どうしたの? クレア……」
「ん? ……いや…………」
何かに戸惑いながらも、ゆっくりとその花を指さす。
「ちょうど、あの辺だったんだ。私が、死んだの――――」
「あ…………」
そう、この場所は一度、二人が死んだ場所だ。クレアは花壇の近く……そして、すぐそこに見える森の中で、ヴァンは心臓を貫かれた。人間を殺していた吸血姫のクレアはともかくヴァンは、まだ幼い少年だったというのに。
「しかし……空き家になっていたとはいえ、四勇者の一人がこんな場所で暮らしているなんてね」
「……ただの偶然……じゃないだろうな。……そうなんだろ? イリーナさんよ」
何も気配のない場所を睨みつける。すると一陣の風が吹き荒れ、鼻をつく山百合の匂いが嗅覚を支配する。その風の先に一人の少女が現れる。
「よくわかったわね。さすがよ。ボウヤ」
現れたのはクレアより幼いんじゃないかと思うほどの少女。見た目12歳ほどの少女。だが、その割にどこか大人の雰囲気を漂わせていた。アメジストの瞳は濁りなく、吊り上がった目をしていた。髪は肩ほどの長さできれいなブロンドのウェーブだった。
「ボウヤ? ……って、どう見たって私より下じゃない」
フランは疑問を投げかけるが、それを無視して話を続ける。
「で? 四勇者様が、敵の残党を見つけて何もしなくていいのか?」
「ふふ……ここであなた達と戦ってもいいのだけれど、あなた達は私には殺せないわ。この先の運命が決まっているもの」
「まるで未来を知っているかのような口ぶりだな…………ガイウスを生かしたのも、それが理由か?」
はぐらかすと思いきや、思いのほか素直に頷いた。
「ええ……私はこの世界の終焉を知っている。ガイウスを生かしたのは、この先の未来に彼の役目があるからよ」
「はっ、神様のつもりかよ」
ゆっくりと首を横に振り、自嘲するように笑みをこぼす。
「私は神などではないわ。仮に神だとして、あなた達を生かしておく理由はあるのかしら? ……ただの負け犬のあなた達を……ね」
「っ‼」
クレアは腕を振り上げるが、それをヴァンの左手がつかんで止める。
「負け犬なのは事実だ。それを認めずに暴力に訴えるのは、遠吠えにも劣る」
「…………わかった」
クレアは拳を下ろすが、イリーナの挑発は終わらなかった。
「あら、ずいぶんお利巧なワンちゃんなのね。そのままご主人様に尻尾を振っていればご褒美くらいもらえるんじゃないかしら?」
さらに煽るが、ヴァンは動じない。あくまで自分の目的を優先する。
「そうかよ……。そんなことより、頼みがある」
「……大麻の事かしら?」
涼しい顔で話の核心をついてくる。思わず驚くフランとクレアだったが、ヴァンは変わらず険しい顔をしていた。
「ちっ……やっぱ知ってやがったか」
「ええ。知っていたわ」
「あの……イリーナさんは未来が見えるのですか?」
思わず、フランが聞いていた。するとイリーナは静かに首を横に振る。
「少し違うわ。私は未来の可能性を見ているだけよ。未来を見ているわけではないわ」
「未来の可能性……?」
「そう……私に未来を見る能力はない。未来は本質的に確定していないものよ。だから未来を見ることは不可能」
聞き捨てならないとばかりに、ヴァンが前に出る。
「確定していないというが、ガイウスが未来で役割があるとお前は言った。それはガイウスが未来で活躍することが確定していたのではないのか?」
すっと立ち上がると、イリーナは背を向けて肩にかかる髪をはらう。
「今のあなた達の器では、教えるわけにはいかないわ。今のあなた達では、言ったところで無意味だもの。――――いいえ。無価値……そう言った方が正しいかしら?」
「無価値かどうか……試してみるか?」
ヴァンは赤い刃を彼女の首筋に添えた。あと数ミリで血管を切り、吸血鬼の血により彼女は絶命するだろう。
だが、相変わらずイリーナは涼しい顔のまま、むしろあきれるようにため息をつく。
「はぁ……本当に無価値。いいえ、無能だわ。自分の弱点すら気付かず、力量差を知りつつもなお牙を向けるなんて愚の骨頂。身の程をわきまえている野犬のほうが、まだお利巧だわ。おまけに殺意もお粗末すぎて行動を読む気にもなれないわ」
「なにっ……」
クールなヴァンには似合わない焦りがにじみ出る。
その時――――。
「「「っ‼」」」
その場にいる全員が息を飲んだ。今まで感じたことのある殺気とは別次元のものだった。息苦しい。瞳だけで死んでしまいそうなほどのプレッシャー。ヴァンでなくても、その場にいる全員が息を飲んで、その事実を認識した。
「そうそう……そうしていればいいの」
――――この女には、束になっても勝てない。レベルが違いすぎる。




