第六話「赤翼の死神―①」
「クレアさんが……ヴァンの右腕ってそういうことだったの?」
右腕に宿るとかそういう次元じゃない。右腕そのものがクレアという存在。
血でできた不格好な右腕を見る限り、やはりそうとしか思えない。普通の存在とは違う。切り落とされた右肩より先から血液がとめどなくあふれる血が、先ほどより完全な腕を再現していた。
クレアの正体が血液だというのであれば、ヴァンの腕からあふれ出ている血液はすべて、クレアということだろう。
「クレア=アルカード…………なるほど、そういうことか」
ジルートは納得したようににやけるが、同時に冷や汗を一つ床に落とす。
「フランツェスカ……アルカードの血筋については、お前とて知っているだろう」
「アルカード家……確か古代から伝わる吸血鬼の血筋」
「血筋といっても、いくつも枝分かれしている。この血液はな、その中でも、こことは離れた異国イタリスに住み着いたヴァンピーロの一族の末裔だったものだ。だが、命を失い、その意志は血液となって残った」
その言葉を切り捨てるように、ヴァンの紅剣がジルートに切りかかる。だが喉元に届く前に、ジルートの剣がそれを阻む。
「勘違いしてんじゃねー。クレアは死んでねぇよ」
「そう思いたいのだろう? 死んでないと……貴様も、その液体もっ‼」
「っ‼ 俺達は生きているっ‼」
つば競り合いでお互いの剣が弾ける。後ろに飛ばされながら、さながら獣の如く的に切りかかる。
「いいや違うねっ‼ 貴様らは、ゾンビのようなものだろう?」
「違うっ‼」
「どこが違うっ‼ そのような体でっ‼」
ジルートにローキックを決めるが、びくともしない。それどころか、ジルートの蹴りのカウンターがヴァンの腹をえぐり、うめき声をあげる。だが、その力を利用してヴァンはジルートから距離をとる。
しかし、気が付いた時には敵がヴァンの後ろにいた。その右腕を盾に変化させて、その攻撃を防ぐ。だが防いだ時には、すでにジルートは後ろにいる。そんな信じられないほどのスピードで翻弄されていく。
「ふん……死神とやらも、こんなものか……」
「さぁな……もしかしたら、出し惜しみしてるかもしれねぇぞ?」
「ふふっ……そんな余裕があるのか?」
お互いに不敵な笑みを浮かべる。次の瞬間二人は消え、遅れてやってきた音とともに剣は火花を散らしながら現れる。雷鳴のような轟音は、音という嵐となってフランツェスカの体を突き抜ける。
「足では、私の方が勝っているようだな」
「……そのようだな。だが、腕力では俺が上」
「何が腕力は上だ……その力は吸血鬼のものだろう?」
「……何なら左手一本で戦ってやろうか? ちょうどいいハンデだ」
余裕を見せているが、フランツェスカにはヴァンの方が劣勢に見えた。確かにヴァンの力は異形の力で計り知れないが、少なくともここまで素早ければ、とてもじゃないが攻撃をあてることなどできない。
だが、ヴァンは何か秘めた力があるように感じる。というより、ここまで来て尚もジルートを見下しているようにすら感じる。
だが、その予感とは裏腹に、バックステップでジルートから大きく下がる。フランツェスカは、ヴァンを追いかけてその顔を覗き込む。
「ヴァン……どうするの?」
フランツェスカは現状に混乱しつつも、なんとか落ち着きを取り戻していく。
「逃げるぞ」
「逃げるっ⁈」
戦術を話すと思ってたフランツェスカにとっては、まさかの回答に戸惑った。
「ジルート……想像していたより強敵だ。それに、この姿あんまり持たねーんだよ」
確かに、さっきより少し顔色が悪かった。深緑色に染まりつつあるヴァンの顔は、確かに調子がいいと呼べる状態ではなかった。
「随分と余裕だな……そんなに簡単に逃げられると思うか?」
「――――知ってるか? 吸血鬼は空から人を襲うんだぜ?」
そう言うと、右腕の血が渦を作り、次第にそれを翼の形に変化させる。まるで天界から落とされた堕天使のような、真っ赤な大翼を…………。
ニッと笑うと、ヴァンはフランツェスカを右わきに抱えて、窓ガラスを割り空中に飛び立つ。
「なるほど……やはり奴の力は諸刃の剣。まさに、いびつな合成獣じゃないか…………」
後ろ姿を目で追うジルートを、物陰に身を潜めていた黒猫はじっと見つめていた。
「なぜ、追いかけないのですか?」
「私の足でもあれは追いつけません……それに、大丈夫。どうせここに戻ってくる。その時が……あの醜い死者どもの最後だ」




