「D」の店
次に行ったツリーの町は職人街。ここにお目当ての「D」の店がある。ここもツリーが4本束になっていてとても広々とした街構え。その中央に、店が開いたり閉まったりする気まぐれな雑貨屋がある。ここは、冒険者から魔石などを買い取ったりする店なので、冒険者からすると、ずっと開いていてほしい店なのだがそうでない。そのため、近所に代行業者の店があるぐらい。ちょっと変わった店なのだ。
イスタールの町の入り口にある換金所は、ホーリー大穴の周りに住んでいる人族用。売値の半額で買い取ってくれる。つまり魔石の欠片の売値は、100デナール。普通外からの人だと、1/4の値段でしか買い取ってくれない。しかし、「D」は、冒険者支援をしているので35デナールで買い取ってくれる。代行業者は、これを30デナールで買い取って差額を儲けている。
今日は、店が開いている。これは、千載一遇のチャンスなのだ。
チリリン
「いらっしゃい。勇者様じゃないですか。お久しぶりです」
また店員が、じいちゃんを持ち上げて挨拶した。サイカがひそひそ言ってきた。
「ほら、また、勇者様って言われた」
「なんだろな」
確かに気になる。
「じいちゃん、勇者様なのか」
「みんな、そう、呼んどるじゃろ。じいちゃん、勇者に決まっとろうが」
「おっかしいな。それ、エルフしか言わないぞ」
「ワハハハハハ」
じいちゃん、笑ってごまかした。それで店員のエルフに聞いた。
「じいちゃん、勇者なのか」
「おや、この子は?」
「孫のオビトじゃ」
「イスタルに来てからずっとじいちゃんが、勇者様って言われるんだ」
「そりゃそうでしょう、マルタ島を救ってくださったのですから。あれは、本当に感動しました」
なんてこった。じいちゃんが勇者。すごすぎる。
「あの、大食い選手権は、今でも語り草ですよ。旅人のハイオークにマルタ島の1番を他国に持って行かれるところだったんですから」
「50年前の話じゃ」
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「じいちゃん、大食い選手権って?」
エルフ店員が語りだした。
「もう、50年前になりますかね。我々、寿命が長いものですから、つい昨日の事のようです。毎年マルタ島1位を決める大食い選手権をバザールでやっているのですが、あの時は、マルタ島の危機でしたよ。うちのバザールが主催しているのに、チャンピオンベルトが、他国に流出する危機でしたからね」
「わし、あの時、腹壊した」
「そこに勇者様が現れたんです。いやー凄かった。ハイオークが目を回したんですよ」
「最後にトンテキ出すからじゃ。共食いはきついわい」
「いやいや、当方の作戦勝ちということで、勇者様は、勝ったことだけ誇ればいいんです」
おれとサイカとカークは、二人の会話にあきれた。50年前だし、人族が、誰もじいちゃんの雄姿を語らないわけだ。人族には、伝説のような話だが、エルフには、鮮明な話なのだろう。勇者の話が、どうでもよくなって、店内を見て歩くことにした。
本がペラペラなら立ち読みしてやれと思っていたが、表題のカードが置いてあるだけ。向こうも商売だ。立ち読みは、させてもらえなかった。
「かーかーかー、あった風魔法。治癒の魔法は、6000デナールか。おれとサイカの小遣いを合わせてギリギリじゃないか。サイカ、どうする」
「もうちょっと見て回りたい。治癒魔法は教えてもらえるもん」
「細かいことも理解したほうがいいって」
「でもー」
「じゃあ、もうちょっと回ってみるか」
カークは、バックが両サイドについている鞍を見ている。とても今のおれたちが買えるような値段ではない。
サイカは、エルフのお兄さんがいるレジの下にあるショーウィンドウの前で、屈みこんだ。そして、屈みこんでしまって動かなくなった。そこには、スライムの完全な魔石が陳列されていたからだ。自分が持っている短剣のアイテムの穴にすっぽりハマる大きさだ。
「嬢ちゃん、見る目高いね。これは、青スライムの魔石だよ。弱いけど回復効果が有るんだ」
「私、これを装着できる短剣を持ってる」
そう言って、店員に、初めて一層に入ったときにもらった短剣を見せた。
「おお、これこれ。ここの穴に装着するんだよ。ちょっと貸してみな。今確かめてあげるから」
店員の言う通り、スライムの魔石がすっぽりハマる。サイカはこれが欲しくて仕方なくなった。でも、値段が、20000デナール。とても手が出る品じゃない。スライムの魔石の欠片を400個集めないと買えない値段。気が遠くなる値段だ。
「オビト、これ欲しい」
「無茶言うな2万デナールだぞ」
「でしたら、自分で、ゲットしてみてはいかがですか」
「はあ?」
「ほら、そこの棚に、スライムの完全な魔石の取り出し方っていう冊子があるでしょう。あれは6000デナールでいいですよ。勇者様のお孫様なのですから、おまけです」
「オビト、止めとけ。やり方が分かっても実行できんと意味ないぞ。じいちゃん、それ、出来んかった」
「じいちゃん、やり方知っているのか」
「もう忘れた。とにかくできんかった」
「そう言えば、50年前に買われましたよね。駄目でしたか」
「それ、なんじゃったかのう。詐欺に遭った気分じゃったぞ」
「それは心外です。ここに、出来た証拠があるじゃないですか」
「それは、分かるんじゃが」
「オビト、『スライムの完全な魔石の取り出し方』の本、欲しい」
「バカ、今の話を聞いていなかったのか。やり方が分かっても出来なかったら意味ないんだ」
「勇者様の坊ちゃんでしたら出来ますよ」
また、根拠のないことを!こいつは、子供の敵だ。
「ねえ、これ欲しい」
「無理だって」
「オビトならできるって言われた」
「当然、そんな貴重なものが手に入るのでしたら、うちで、1個6000デナールで買い取らせていただきます。本の元などすぐ取り返せますよ」
こ、こいつは、子供の敵だ。
「か、買った」
やっちゃったーーー!!!
「はい、毎度ありー」
チン!
今まで努力したお金が、ここで、全部吹っ飛んだ。
「代わりに、ホーリーノバ大穴の成り立ちをお話しましょう」
「天使族が、ホーリーで恐竜をやっつけたからできたんだろ」
「それは切っ掛けにすぎません。下の層に行くほど、大型の強い魔物がいます。それはなぜか分かります?」
「地下に恐竜がいっぱい埋まっているからだろ」
「それで、答えの半分です。じゃあ、そんな大型魔物の食料は、何処から来るのでしょう。それは、上層階から降りてくるのです。魔石を持った魔物は、リニュリオンするのです。魔力を恐竜たちに返して、より強力な魔物を復活させる。それがリニュリオンです」
「それ、やばくないか」
「スライムたちは、二層に降りて、二層のより強い魔物に食われます。二層は、三層の。三層は、四層の魔物にと食物連鎖するのです」
参った。こりゃ、下の層に行くほど魔物がとんでもなく強くなるぞ
「ところで、人種の限界層を知っていますか」
「なんだその、限界層って」
「人種は、だいたい、第四層で死にます。これを超えるのはとても大変。そのため、四層には、人種のゾンビやスケルトンやグールがたくさんいます。ここを突破するカギが、癒しの波動を出している青スライムの魔石なのです。一番弱い魔物が、人種の限界を突破するカギということです」
こりゃ、この本を攻略しないと、四層より先には、進めませんよと言っているようなものじゃないか。たぶん、ここで、この魔石を買っただけじゃダメなんだ。大人が、2万デナールで、スライムの魔石を買えないわけがない。
「お兄ちゃん、ありがとう。初めて買ったのがこれでよかった」
「毎度あり」
「お前も買わされたか」
じいちゃんが、がっかりしている。でも、サイカの目はキラキラだ。めっちゃ、おれに期待している。取り合えずサイカと二人で、店を出たところで、この本を読もうと思う。おれは、もうオシテ文字が読める。
オレらが、意気揚々とがっかりしているじいちゃんを連れて「D」の店を出た後、此処の店主が店に顔を出した。それは、頭のでかいエルダードワーフ。
「親方、あの本を子供に勧めて良かったんですか」
「バカやろう人種だぞ。子供の時に修練を始めんと、合成魔法なんかできるか。あれで良かったんだよ」
親方は腕組みして、おれたちを見送った。