一つ
お兄ちゃん。僕はお兄ちゃんが大好き。
だけどお兄ちゃんは、僕のことが好きじゃないみたいなんだ。
僕には八つ年上のお兄ちゃんがいる。
家は代々続く老舗和菓子屋なのだけど、お父さんの頃に、かなり経営が傾いてしまったんだ。それを継いだお兄ちゃんは、必死に立て直そうと努力している。
それを見ているから、僕はお兄ちゃんの力になりたかった。
大きくて逞しいお兄ちゃんの背中を、後ろからぎゅっと抱き締めたかった。
いつも何かに怯えているように見えて、震えているように見えて、それだのに一見すると間違えなく堂々とした姿なのだ。
そんなお兄ちゃんを支えるだとかは、烏滸がましい話になるけれど、駒の一つとしてでも利用してもらえたら僕は嬉しかったんだ。
それだけで、僕は満足だったんだ。
家のため、名前のため、お兄ちゃんのため。
全力でただ一生懸命に尽くす日々は、辛いけれど楽しい。
「お前は頑張り屋さんだな。これからも頑張っておくれよ。だけど私にはお前の体が何よりなのであるから、あくまで無理はするものじゃないからね」
堂々とした威厳のあるトップであるのに、気を利かせてくれる、どこまでも優しいお兄ちゃんがやはり僕は大好きだ。
ある日、僕はお兄ちゃんの秘密を知ってしまった。
「そんなに高く買ってくれるんですかっ! まぁ、嬉しいです。それと、若い世代も狙ってみたいと思いますので、新作の宣伝を少しばかりお願いできませんか?」
僕の知らないおじさんと会話をしてているようだった。
吐き気がする。
お兄ちゃんは、何をしているんだろう。
あのおじさんはだれだ。
経営方針が変わって、新しい客層が最近は得られている。
従来のお客様も失わないよう、天才的手腕を発揮し、お兄ちゃんは脅威の利益を叩き出しているようだった。
数字の上でしか知らなかったけれど、その裏に、このようなことがあったとは。
悪いことだとは思わない。
軽蔑するはずもない。
ただ一つ僕が思ったのは、これ以上お兄ちゃんが苦しむべきじゃないと、影の努力の美しさというものであった。
お兄ちゃん、大好きなお兄ちゃんを、どうしたら僕は守れるのだろう。
どれくらい僕が頑張ったら、お兄ちゃんが一人で苦しまなければならない、この状況を抜け出せるのだろう。
心配になるほどに表の努力を重ねていたお兄ちゃんであるが、裏にも努力をしていたとは、そしてそれを隠していることさえかっこよくて、哀しげだった。
お兄ちゃんの力になりたい、更に強く思った。
今度からはお兄ちゃんをもっと楽させてあげたい。
大好きだから、大切だから、そう思うに決まっていた。
僕には新製品開発もできないし、宣伝もできないし、営業だって経営だってできない。
何もできないけれど、できることで救いたかった。