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Act.7 Welcome to Hell!

「遅い~、ちゃんと並ばないで待ってたんだから」


 フードコートに入ると、待ちくたびれていた星羅が悪戯っぽく話しかけて来た。リースは平静を装い、女子トイレで何があったのかを詮索されないようにした。ただ、嬉良の邪悪な笑みが脳裏に焼き付いて離れない。


「ごめんごめん。ちょっとお父さんから電話が入っちゃって」

「あ、そうなんだ。そう言ってくれれっばよかったのに」

「リースちゃん、お父さんと仲いいものね」


 黙って頷く。事実、父親のことは大好きだ。しかし、自分を大金をはたいてアイドル養成所にいれてくれた父親に対して、申し訳ない気持ちがいっぱいだった。今自分は、目の前にいる少女たちの夢を壊そうとしている。父親はそんなことのために、自分を養成所をに入れたんじゃない。こんな自分を父親が見たら何と言うだろうか。そんな自責の念から、リースは無意識に父親を遠ざけるようになっていた。


「どうしたの? リース。難しい顔して」

「え? べ、別に何でもないよっ」

「ほんとに?」


 美那がずいと詰め寄る。美那が一歩近寄るとリースはのけ反ってちょうど一歩後ずさり。美那は透き通った琥珀色の瞳で眼力が強く、小柄な体躯に似合わないくらいの迫力がある。それは舞台の上では覇気というかオーラとなって効果的に働くのだが、リースにとってはそれが半ば恐怖にも映るのだった。


「まあま、早く食べに行こうよ。リースはここに来るのは初めて?」


 気まずさを感じ取ってか星羅が話題を移す。


「うん。昼はコンビニで、夜は家で食べることがほとんどだったから」

「じゃあ案内してあげるよ」


 美那はリースの手を引いて和食コーナーへ案内した。


「ここでお盆をとって並ぶの。 あ、おばちゃーん。鯖の味噌煮ひとつ。

 リースもいるよね?」

「あ、あたしはハンバーガーとかのほうが」

「それじゃ魚とってないじゃん。野菜も芋かレタスだけだし」

「ま、まあそうだけど」


 たじたじになるリースの袖を星羅が引っ張ってきた。


「ファーストフードコーナーなら向こうにあるよ、一緒に行こ」


 星羅はリースを連れてファーストフードコーナへ。ふたりを美那は、むすっとした顔で見送った。

 ファーストフードという名前のとおり、星羅とリースには注文してすぐに品ものが届いた。それを持って美那よりも一足先にふたりは席に着く。


「ごめん、ちょっと遅れたー」


 少し遅れて美那が、サバの味噌煮定食のトレイを持って席に着いた。


「やっぱり早いねー。作りおきだけど」

「それも含めて、あたしは好きだよ。野暮ったいというか泥臭いというか、まあ一言で言えばジャンキー?心が荒んでる時になると、自分と同じくらい荒んだ食べ物が恋しくなる」

「じゃあ今、荒んでるみたいになってんじゃんっ」


 星羅はリースの言葉の尻尾を掴んでけらけらと笑った。

 でも事実、荒んでいる。ここにいる間ずっと、自分は他人を裏切り続けている。


「ま、まあそういうんじゃなくても。ほら、時々無性にカップラーメンが食いたくなる時ってあるでしょ?」

「あ、それなんとなくわかる」


 けれど、星羅や美那と話していると少しだけ忘れられた。


「あ~、あたしも無性にどん兵衛が……」

「ど、どん兵衛はなんか違うかなぁ。なんというかそれは、もっと“いたわり”が欲しいときかな」


 割って入った美那に何気なく言葉を返す。

 

「なんか、リースって感性が独特だよね?」

「そう?」

「なんだっけ。ジャンキーとか普段あんまり使わない言葉だし。あたし、あまり普段何も考えていないからさー」


 星羅はぽりぽりと頭をかきながら照れ臭げに自虐。それから言葉が出てこないとでも言いたげに、顎に手を添えて眉間に皺を寄せた。

 すると、美那がまさに星羅の言わんとしていたことを放った。


「リースは、アーティスティックなんだよ」

「それ、ほめてるの? それともいじってるの?」


 しかし、その昔中二病とからかわれたことのあるリースには、その表現が引っかかったようで。少し美那を責めてみる。


「い、いやいやいや。別に思ったことを言っただけだよ」


 とはいっても、半分はいたずらのようなものだ。

 こんなからかいの入った他愛もない会話はしばらくしたことがない。それは現実を忘れさせてくれるが、同時に現実の不条理さに色をも加える。


「どうしたの? リース。なんかあった?」


 美那の言葉に肩がびくんとはね上がった。


「え? な、なにが?」

「なんか悲しいっていうか。切ない顔してたから」


 美那は他人の表情や心情の変化に対して鋭いところがあるようだ。第六感が優れていると言ったところか。


「き、気のせいじゃないかな」


 もちろんリースは、自分では気のせいじゃないと分かっていた。今までの自分が置かれていた境遇を考えれば、表情を曇らさずにはいられない。しかし、勘の鋭い美那の前ではそれをなるべく出さないようにしよう。そう心の中で決めた。これから自分が星羅と美那を裏切っていくのはもちろん怖かったが、この瞬間に今ある関係が全て壊れることはもっと怖かった。


「もう、何。辛気臭いよ、リース。あと2日で、あたしたちは“晴れ舞台”なんだからさ」


 晴れ舞台。その言葉を発した星羅は喜びを噛み締め、美那は期待に胸を膨らませた。

 自分はその言葉に何を思うだろう。リースはぼんやりと考えた。ようやく自分はグループになじんできて、プロデューサーのムンクに自分が書いた曲も認めてもらえた。他でもない自己実現のために歌を歌う自分の姿。もし、それを父親に見せてあげることが出来たら。そんな叶いもしない空想に身を任せた。


*****


 エデンの中枢で嬉良は再び家康と面会をしていた。

 嬉良は家康と異常な頻度でふたりきりの密会を行っている。リースがザ・クルシエイダーズを離れてからは、さらにその頻度が増した。


「マスター。リースのことですが。ついにICに接触したようです。2日後に控えた大型公演でも舞台に上がるそうです」


 リースが管理音楽からの刺客としてICに加入したことが伝えられた。家康は着々と進んでいる計画の手筈に含み笑いを漏らす。


「それで、例の君のプレゼントは受け取ってもらえたのかい?」


 家康の質問に嬉良は首を横に振った。大げさにため息までついて見せ、半ば呆れたといった素振り。


「でも強要させるのは簡単です。どうやらあいつは、苦しみたいようですから」

「で? 今回は君からの呼び出しでもあるのだろう?」


 にやにやと目を細めて笑う家康。

 嬉良は猛禽のように鋭い瞳で敵意や憎悪をむき出しにしてくるが、家康はその真逆にあたり、瞳から表情がまったく読み取れない。記号的な笑みを浮かべて飄々としている。


「まさか、僕の地味な特技を発揮するときが来るとはね」

「他人の筆跡を再現できるなど常人の技じゃあありませんよ」

「“常人”ねぇ」


 嬉良が発した言葉をつかまえて家康は含み笑いを強める。

 玉座から立った家康は、その背後にある巨大な操作盤の前に立つ。タッチパネルを操作し、モニターに映し出したのは養成所の受講生たちの名簿だ。その中から辻井里依紗、リースの本名を探し出し、養成所に入る際の契約書や数々の提出書類を閲覧する。その数は数十件どころではない、数百件はあろうかというぐらいで、その中から筆跡の法則性を探し出した上に再現するというのだから、神業としか言いようがない。


「それで? リースの筆跡を真似てどうするんだい?」

「あのコは、父親に男手ひとつで育てられたファザコンなんです。ここでひとつ、親孝行させてあげようと思ってねぇ」


 リースの筆跡で、彼女の父親――――辻井恵介――――のもとに手紙が届いたのは、その翌日のことだった。


“お父さんへ。今日、コンサートがあります。ずっと見せたかった晴れ舞台です。必ず見に来てください”


 簡潔な内容の手紙だった。コンサート会場の住所も書いてあり、チケットまで添えてある。開演時間はその日の午後7時。地上にあるライブハウスで行われるという。

 恵介はその手紙を疑わなかった。急いで車を走らせ、指定された会場へ。

 小規模のこじんまりとしたところだ。若手から中堅のアーティストが、オールスタンディングで公演するような場所。入り口は外から見た限りでは、倉庫のようであり、漏れ聞こえている大音量の音楽さえなければライブ会場とは分からない。

 入り口を入ると係員がチケットを切った。帽子を深々とかぶってなぜだか人相を隠している。


「もう、始まっております。早く会場にどうぞ」


 係員は機械的な返事を発した。奥に進むと係員はそっと入り口のドアを閉めた。そして、大音量で流れていた音楽が、電源ごと落されたようにヒューンという音が混じってフェードアウトした。

 会場は静寂に包まれる。おまけに足元をぼんやりと照らす灯り以外は落とされており、周りの様子がよく分らない。舞台でさえも真っ暗だ。

 気味が悪くなった。なにかのサプライズだろうか。だが、そんな平和な匂いではない。

 恵介は怖くなり、自分が入ってきたドアのノブに手をかけた。だが回らない。鍵がかけられている。

 そのとき、突如として舞台にスポットライトが当てられた。マイクスタンドを持ったひとりの少女が現れる。だが彼女の姿は、明らかに自分の娘リースではなかった。


「今日は、友見坂嬉良ともみさか きらのコンサートに来ていただき、誠にありがとうございます」


 嬉良はマイクスタンドを持って、舞台を降りた。恵介のところに歩み寄りだした。つかつかと鼓膜に貼りつくようなヒールの足音。彼女は帽子を深々とかぶり、俯いて人相を隠しながらも攻撃的な気配を放っている。

 恵介は圧倒されて後ずさり。もう一度ドアノブに手をかけるも、やはり回らない。


「逃げれないよ」


 わざとじらすように、ゆっくりゆっくりと嬉良は近づいてくる。

 会場全体を走り回り、あらゆるドアのノブを回そうとするが、全て鍵がかかっており、開かない。おまけにそのどれもが防火扉のごとく分厚く重たい鉄製の扉だ。蹴破るなんてとてもできない。


「無駄だよ。このままここでずっと逃げ続ける?」


 恵介は、嬉良の顔をじっと睨みつけた。体を鍛えてないとはいえ、あくまでも男だ。自分を脅し立てているのは小娘、そう言い聞かせたが、それも虚しい結果となった。

 彼女は、一丁の拳銃をスカートのポケットから取り出した。やけに手つきが慣れている。拳銃を取り出してから引き金に手をかけるまでの速度が、明らかに玄人染みていた。少女らしい恐れや躊躇は一切ない。


「おとなしくつかまりなさい。男のくせに人質として生かしてもらえるだけ、ありがたいと思いなさい」

「なぜ、こんなことをする? リースはどこだ!?」

「だまれっ!」


 長い手足を活かして彼女は一気に距離を詰めた。その華奢な腕は、皮膚の下に隠していた強靭な筋肉を隆起させて、恵介の首筋を羽交い絞めにし、彼が男の腕力を使う前に銃口を額に突きつけて制止した。


「あんたみたいな父親がいるだけで、あいつはあたしより恵まれてるんだよっ。

 痛いんだよっ! あたしの気持ちも知らないで、自分が恵まれてることをひけらかしている奴を見てると、あたしからキレイな体を奪った忌々しい傷が痛いんだよ!」


 引き金が引かれ、銃声が会場に反響した。


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