第36話
鈍った男
サンドバッグに項垂れかかる陵司は荒い息を吐きながら目を瞑っていた。
(こりゃダメだ、意味なく殴ってもやっぱり意味がねえ。かと言ってジッともしてらんねえよな。)
そのまま一発サンドバッグをパスンと叩くが、その音は虚しく訓練室に響き陵司は悩みの渦に飲み込まれる。
(足りねえな、実力も身体も気持ちも足りねえ。このままじゃ他のやつの足手まといになっちまう。・・・いやっ、足りないというより俺前よりも弱くなってねえか?)
サンドバッグの前に立ち、先程まで折れていた肋骨を擦りながら陵司は考える。
(さっきの肘なんて前なら避けれてたはず。不調か?いやっ、多分だけどそんなんじゃねえ気がする。)
一人陵司はサンドバッグと向き合っていると訓練室の扉が開き、そこには少し驚いたような顔を見せる明香が立っていた。
「今日は早く帰れって言ったでしょ。そんな景気の悪い顔して。」
「・・・明香姉か。悪かったな、景気の悪そうな顔で。」
すると明香は陵司の叩いていたサンドバッグに、黒いローブを舞わせながら鋭いハイキックでサンドバッグを激しく揺らし、更に逆の足で陵司の頭部を狙ってきていた。
なんとかガードは間に合うが、勢いに負け訓練室の床に尻もちをつく陵司に明香が笑みを浮かべる。
「まださっきの事気にしてるの?」
「いやっ、それもあるんだけどなんつうか・・・。俺弱くなってねえかってな。」
陵司の言葉に少しだけ明香は考えるとあっさりとその言葉に答えていた。
「そうね。厳密に言えば違うかもしれないけど確かに弱くなってるわね。」
「マジか?やっぱりそうなのかよ。理由は分かるのか明香姉?」
すると右手を差し出し、陵司を立たせると少し真面目な表情を作りながら明香はいとも簡単に答える。
「弱くなってるわよ、それもアンタの一番良いところがね。最近さぼってるでしょ?」
「んっ?結構真面目にトレーニングやら訓練やらしてるつもりではいるんだけどな。足りないっつう事か?」
イマイチ納得いかないといった表情を浮かべる陵司に対し、すぐに明香は正解へと導く。
「足りないといえば足りていないわね。アンタ最近、昔からずっとやってた日課してないんじゃないの?」
「・・・たしかにやってねえな。それか。・・・ってそれかっ?」
訝しげな表情で陵司は考えるが、更に明香は裏付けを話す。
「肉体的には今の方が確かに鍛えられているわよ。だけど陵、アンタの売りは王と無駄とも言える程に重ねた模擬戦の数。写し鏡の王と戦う事によって己を知り、その経験がアンタの実になってたはずなのに、それをサボるのは感心しないわね。」
「うちの王にそんな効果あったのかよっ。たしかになんかそう言われるとそんな気がしてくるな。」
「あんないい訓練相手はそうはいないからね。」
笑顔を見せ、軽くサンドバッグを叩いた明香に陵司は礼と余計な一言を言ってしまう。
「ありがとな明香姉。やっぱり年の功ってのはホントにあるんだな。」
やはりその言葉はお気に召さなかったらしく、姉のような優しい笑みから魔女の微笑みにゆっくり変わっていく様子に陵司は思わず後退っていた。
「気付いたなら良かった。じゃあ王の前にアタシが相手してあげる。準備は出来てるわね。いえ、準備しなさい。」
「なっ、今は遠慮したい気分なんだがって聞いてもくれねえか、しゃーねえなっ!」
なんとか心に整理をつけた陵司は、怖い笑みを浮かべながら向かってくる明香を迎え撃つ姿勢を作る。
圧倒され、なんとかくっついていた肋骨は再び折れるが、それでもこれからのすべき事を理解した陵司は気持ちよく敗戦する。
再び治療を受け、そこから更に自らの特技で出した王将との模擬戦を飽きるほどに繰り返し、陵司は少しづつ鈍った勘を研ぎすませていくのであった。
とりあえず程々に更新です。
ちょっとだけ日常パート的なお話が続きます。




