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白竜の恋心  作者: ロビン
3/4

 私は油断していた。


 かみさまに言葉を貰ってから、全てが上手くいっていた。

 マスターとたくさん話ができた。

 マスターの笑顔を取り戻せた。

 マスターの好きなものをたくさん増やせた。

 マスターに告白できた。

 マスターにも好きだと言ってもらえた。

 だから、きっとこの先もずっと、マスターと私と笑って過ごせるのだと、疑うこともなく信じきっていた。


 油断、していたのだ。


 この世界はそんなに易しいものじゃない。

 そんなこと、知っていたはずなのに。

 私はすっかり忘れて、浮かれていた。



 ◆



 任務の内容によっては、時にはマスターと別々に行動しなければならないこともあった。

 マスターは単独でも優れた戦士であり、魔導士であった。

 今回の任務はとある王宮に囚われた人間に接触すること、らしい。

 私が囮として兵を引きつけてる間に、マスターが単身で王宮に潜入して任務を遂行することになった。

 いくら私が暴れても、マスター1人で潜入するなんて危険すぎる。

 だが、竜にとって竜使いの命令は絶対である。

 私は言葉を飲み込んで作戦どおりに暴れた。


 王宮は混乱した。

 私は野良竜を装い、建物の端っこを壊したり、空に向かってブレスを吐いたりした。

 単独行動しているマスターが城のどこにいるかわからない。

 直接的な被害があまり出ないように、でも城の兵たちを引きつけられるくらいに、飛び回った。

 そのうち城の兵たちがわらわらでてきて攻撃を始める。

 矢が射られ、砲弾を打ち込まれた。

 反射能力・身体能力共に優れている白竜の私でも、雨が降るように飛んでくるそれらを全て避けることはできない。矢がパチパチと、砲弾がズシンと体に当たる音がした。

 矢は硬い鱗が弾いてくれるが、砲弾は当たると少し痛い。

 それでもマスターのために1人でも多くの兵を引きつけたかった私には、少々の痛みなどなんでもないことだった。

 その時。


 ドオォォ。


 城の一角、私がいる位置から少し離れた場所で、爆発音がした。

 音がした方を見ると粉塵が舞い、煙が上がっている。

 爆発が起こるなんて、マスターの計画の中になかった。

 不測の事態が起こったのか、マスターの身に何かあったのか。

 悪い方へばかり思考がまわり、すぐにでもマスターの側にかけつけたい衝動に駆られる。

 でも、ダメだ。マスターの指示は絶対だ。

 私はマスターに指示された時間いっぱい暴れ回り、予定どおりの方角へと飛び去った。




「ハアッ、ハアッ、ハアッ……。」


「マスター!」


 数刻後、マスターと決めていた集合場所に急いで飛んだ。

 マスターは大木の幹に寄りかかり、荒く浅い呼吸を繰り返していた。

 臙脂色の服や手には血がべったりと付き、乾き始めていた。

 虚ろな眼をしてうつむいてたマスターは、私に気付くと顔を上げ、弱々しく無理矢理微笑んだ。


「やあ、怪我はないかい。」


「私は大丈夫です。マスター、すぐに治療を。」


「問題ないよ。ほとんどが返り血さ。」


「でも、腕に矢傷が……。手当てをさせてください。」


「……わかったよ。」


 治療が終わっても、マスターはしばらくそこから動かなかった。

 私も急かすことはせず、マスターの側に腰を下ろし、黙っていた。

 マスターは長い時間じっと自分の掌を見ていた。

 思いつめたような、呆然としたような、そんな表情だった。

 どれくらいの時間をそうしていただろうか。

 マスターがポツリとつぶやいた。


「今日もまた、生き残ってしまったな。」


 それは、悲しい言葉だった。


「たくさんの罪もない人を殺し、生き残ってしまった。」


「……マスター、大丈夫ですか。」


「傷は浅かっただろう。もう血も止まっている。」


「腕の傷のことじゃありません。あなたが、心配なんです。」


「フフ……。」


 マスターは泣きそうな顔で笑った。


「マスター?」


「初めて君が喋った時も、そうだった。

 君はいつも僕の心配ばかりしているね。」


「私はずっと、苦しんでいるマスターの力になりたかった。

 だからずっとかみさまにお願いをして、ようやく言葉をもらったんです。

 でも、なのに、結局マスターの苦しみを拭えない。変わってあげられない。」


「いいんだよ。そんなことで君が悩むことはない。僕には救われる権利なんてない。」


「そんなことありませんっ。」


「……。」


「そんなこと、あるはずがない。マスターはたくさんの権利を持っています。

 苦しみから救われる権利、笑う権利、そして幸せになる権利。」


「……君は本当にいい子だね。」


「茶化さないでくださいよ。」


「茶化してなんかいないよ。

 ありがとう。君がいてくれて本当に良かった。」



 マスター。

 どうか、いなくならないで。

 私はマスターがこの世界にただ居てくれるだけでいいんです。



 ◆



 その日の夜、私は夢を見た。


 マスターとの待ち合わせ場所に急いで飛んで行ったが、そこにマスターの姿はなかった。

 私はマスターを待った。

 やがて夜になり、朝になったが、マスターは来なかった。

 さらに何回か夜と昼を繰り返したが、マスターが来る気配はなかった。


 夢だからか、都合よく任務の日当日に時間が巻き戻る。


 あのとき、爆発が起きたとき、マスターは爆発に巻き込まれて傷を負い、動けなくなっていた。

 床に倒れこんだマスターを城の兵士が囲み、剣の刃先を向ける。

 マスターは絶望に顔を歪めて、何かをつぶやいた。


 何をつぶやいたのだろう。聞こえない。

 私は注意深く耳を澄ませ、マスターの口元を見た。


 マスターはつぶやいた。


 それは、私の名前だった。

 マスターは、絶体絶命の状況で、私を呼んだのだった。


 城の兵士が剣を振りかぶる。


 やめてっ。マスターを殺さないでっ。





 言葉にならない悲鳴を上げて、私は飛び起きた。


 周りを見渡せば、隣に寝袋にくるまって眠るマスターがいた。


「夢か……。」


 そう、ただの夢だ。マスターはちゃんと待ち合わせ場所に来てくれた。

 マスターが死ぬわけない。

 なのに、なぜこんなにも不安なのだろう。

 呼吸が安定せず、心がぎゅっと押しつぶされそうになる。


 あのとき、爆発が起きたとき、私はマスターの計画どおりに敵をひきつけ、待ち合わせ場所に向かった。

 今回は、確かにそれでよかった。それで上手くいったのだ。


 しかし、もし爆発が起きたときにマスターが重傷を負っていたら、どうだったろう。


 マスターは兵士に囲まれ、殺されていた。

 私が駆けつければ、助けられたかもしれなかった。

 私の行動は、本当に正しかったのだろうか。

 マスターの身ににもし何かがあれば、マスターの指示通り動いても意味がない。

 マスターがいなければ、この世界など何も意味がないのだ。



 ◆



 次の任務は戦争の仕事だった。

 強力な魔導士をたくさん抱えた国と、産業が発展した国との戦争だった。

 産業が発展した国は、その豊かな財力で竜使いを雇い、隣国と戦争することにしたのだ。

 私とマスターは、戦場の最前列に派遣された。


「ほら、草原の向こうに見えるのが向こうの軍隊だよ。」


「はい……。」


「魔術を多用してくるから、気を付けて。君なら多少当たっても大丈夫だと思うけど、なるべく避けてね。」


「はい……。」


「あと今回は僕たち以外の竜使いも参加するから、合流したらおしゃべりは禁止だよ。」


「はい……。」


「……。この任務が終わったら、はちみつプリンを食べに行こうか。」


「はい……。」


「……。」


 私はあれからずっと不安を抱えていた。

 どうすればマスターを護れるか、そればかりを考えていた。


 ポンポン。

 急に首のあたりを優しく叩かれる感触があり見下ろすと、マスターが困ったような笑顔で私を見上げていた。


「どうしたの。珍しいね、君に元気がないだなんて。」


「マスター。」


 優しいマスターの顔を見て、私は泣きたくなった。


「マスター、私がもし、マスターの指示に背いたら、どうしますか。」


「そんなことはありえないと思うけど。」


 マスターはそれでも私の顔を見て、続けた。


「そうだね。もしそんなことが起こったら、はちみつプリン1回おあずけ、かな。」


 そう言ってマスターは笑った。


 この人はそうだった。私が指示に従っても背いても、きっとなんでも許してくれるのだ。


「マスター、私がマスターを護りますからっ。」


「急にどうしたの。」


 それでもマスターは、少し前の任務を思い出したのか、それ以上追及せずに首を撫でてくれた。


「さあ、他の竜使いが来たようだ。おしゃべりは一時中断だよ。」


「は…(あ、しゃべったらダメだった。)。」


「はい、よくできました。」






 任務は予想よりずっと困難を極めた。

 もちろん竜の圧倒的な力は魔導士にも有効で、戦況は自分たちの陣営が有利な状況ではあった。

 しかし、魔導士の魔術と洗練された連携戦術を前に、攻めきれずにいた。


 私はマスターを乗せたまま他の竜と一緒に空を舞う。

 炎のブレスを吐きかけるも、向こうの魔導士が対炎バリアを展開し、あまり効果がない。


「竜を狙うな。竜使いを狙え。」


 かすかに向こうの魔導士たちの指揮官が叫ぶ声を聞いた。

 私は嫌な予感がしてすぐさま上空に旋回した。

 その直後、先程まで隣にいた緑色の竜と竜使いが巨大な炎に包まれた。


「うわああああああっっ…。」


 緑竜は少しダメージはあるが、大丈夫だろう。しかし、巨大な炎に竜と一緒に包まれた竜使いは瞬時に消し炭になる。

 マスターと同じ臙脂色の制服に身を包んだ人間が、炎の中でもだえ苦しむ様子を見て、ぞっとした。


 巨大な炎の魔術は次々と飛んでくる。

 さらに別の赤竜と竜使いが炎に包まれた。


 私はとっさにマスターを振り落とそうとした。炎を避けきれなかったら、マスターが死んでしまう。

 しかしマスターは手綱をぐっと握りしめて引っ張った。


「ダメだよ。」


 それでも次々炎が飛来する。このままでは全てを避けきれない。


「僕の言う通りにして。まず2時の方角に高度を下げて飛ぶんだ。君の最高速度でね。」


 マスターの落ち着いた声により少し冷静さを取り戻した私は、マスターの指示通りに地面すれすれに飛んだ。

 私を追いかけるように炎が飛んできて、草原を燃やす。

 雨が少ない乾燥した地域であったため、草原はたちまち燃え上がった。

 魔導士軍隊と私たちの間に炎と煙の壁ができ、相手が見えなくなる。つまりそれは、相手からもこちらが見えていないということだ。


「敵の背後に回り込むよ。戦争というのはね、頭を取った方が勝ちなんだ。」


 炎の攻撃が弱まった隙に私たちは敵の陣営になだれ込んだ。

 他の竜使いも私たちに追随し、敵を引き付けてくれている。


「あの陣営に指揮官がいるな。あの陣営に高度すれすれで飛んでくれるかい。」


 マスターが指した少し小高い丘にある陣営に向かって飛んだ。陣営の上空までくるとマスターは急に私から飛び降り、剣を抜いた。

 魔導士たちは突如飛来した戦士に対応できず、右往左往している。マスターは魔導士たちが呪文の詠唱を行う暇を与えず、尋常じゃない速さでなぎ倒して行った。

 ほんの数分で指揮官とおぼしき人物を打ち倒し、陣営を破壊した。


 マスターは強い。

 私の心配は杞憂だった。

 マスターの指示に従っていれば、なんの心配もいらないのだ。


 私はぐるっと旋回して、マスターを迎えに行くために破壊された陣営がある丘へと向かった。

 丘の上でマスターが私に手を振っている。

 よかった。無事だ。


 そのときだった。


 マスターの背後で何かが光った。

 頭から血を流している魔導士が、マスターを睨みつけて魔法を打ち出すところだった。

 魔導士の掌が光っている。呪文の詠唱もすでに終わっている。

 私が今からブレスを吹いても間に合わない。

 マスターはまだ気付いていない。

 魔導士は指揮官の陣営に配備されるくらいの使い手。強力な魔法を放つのだろう。

 先ほど炎に包まれた竜使いの姿が脳裏に蘇る。



 私は、叫んだ。



「マスター、後ろっ。危ないっ―――――」




『決して他の人間の前で、話さないこと』

 この日、私は生まれて初めてマスターの言いつけを破った。

 それが、どのような災いを呼び寄せるか、何も知りもせずに。




 終わりのときは、もうすぐそこまで近づいていた。






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